「合鍵屋さんを呼んで、鍵をなくしたからと嘘ついて、つくってもらったとか?」
「ノンノン。そんなちゃちな真似はしないよ」
「いや、サトーさんなら必ずしそうだけどな」
テーブルに頬杖をついていた聖は、ガクっと肩を落とす。まるでいたずらな小さな木こりに、斧で倒されたみたいだ。
少々、古すぎるギャグの驚きかただ。時おり、大学の講義室で前に座った居眠り学生が、頬杖をついたまま横に倒れこんでいるのを見かけては忍び笑いを洩らしたくはなるけれど、あてつけにわざと驚いたそのしぐさは、えてして冷めた笑いしかもたらさないものだ。日によっては無口でクールなときもあれば、堰を切ったようにおどけてしまうコメディエンヌぶりを発揮する聖ならではのパフォーマンス。
聖は笑ってごまかしていたが、どうみてもそのにったりした笑顔から困っているという感じはうけなかった。
「ひどいなぁ、景さんってば」
「ということは。やっぱり正攻法で大家さん経由か」
「正解っ!」
ぱちん、と指を鳴らした聖は、まるでクイズショウで億万ドルを手にした回答者を称えるおだて上手な司会者のように、大げさに喜んでみせる。
「どうせ、ドアの前で濡れた仔猫みたいに瞳をうるませて、うずくまっていたんでしょ? で、弓子さんが見かねて、中に通してくれたんだ」
「すごいな、景さんは。ぴったんこだよ」
誉められてもまったく嬉しくない。そうするように手配したのは、他ならぬこの自分だから。
一箇月ぐらい前、景が大家の池上弓子に家賃を渡しにいったときのこと。自室のドアの前にフードをかぶってうずくまっている人影があったと、報告をうけていた。遠巻きに覗いたので顔は確かめられなかったが、女性のようだったという。しかし、最近はぶっそうで近親者を装った強盗も多いから、大家さんは警戒して近づかなかった。景の親しい友人ならば、合鍵でも渡しているだろうと思ったからだった。
その話を聞いた景は、その人物が、もしリリアン女子大か女学園の関係者ならば無断で入室させても構わないと伝えてあったのだ。
景は一箇月前の訪れ客が、あの佐藤聖ではないか、とうすうす勘づいてはいた。
しかし、キャンパスで見かける聖は、ふだんとなんら変わることがない様子。気になってはいたが、わざわざ探りをいれるような真似はすまい、とこころに決めていた。この友人は、こころの奥を言い当てられるのを極度に嫌うたちで、それは景とておなじだったのだから。
だから、景が「どうして、ここにいるの?」と訊ねた理由は、他にある。入室ルートをではなく、訪問理由を知りたかったのだ。
しかし、その理由を重ねて言問いかけはしなかった。
その答えは、すでにラウンジテーブルの上にすっかり用意されていたのだから。