「アイドルが煙草なんか吸ったら、マズいんじゃないの?」
「人前では吸わないわ。ヘビースモーカーじゃないし。タバコ吸ってると落ち着くのよ。食欲もおさえられるしね」
さっき、瓶を差し出した時点でわかってたくせに。なぜ、わざわざそれを言うかな。
あんたは、あたしの親か兄弟か、先生サマかい。そんなシケた顔されちゃたまんない。こっちはハイな気分に浸かってんのにさ。そういや、姫宮千歌音にも喫煙はなじられたっけ…。
自分でも気づかなかったけれど、タバコが指のあいだで震えていた。
ひょっとしたら地震でもあったんじゃないかと疑ったほど。だけど、何も震えていはいない。ベランダの柵も同じ高さで、排水溝も動いちゃいない。街も、空も、隣のレーコの眼鏡もそのまんま。揺らいでいるのは、いっつもあたしだけだった。下っているのは、あたしだけなんだ。視界が水っぽくなってかすんでしまう。
あたしは指先を振ってタバコの灰を空き瓶に落としながら、悪態を吐いたふうにベランダの柵に背を預けていた。
レーコの顔の側まで、くねくねした煙が流れていた。吸わない人間には耐えられないっていう、ニコチンの苦にがしい臭いに巻かれながら、レーコは瞬きすらしなかった。でも、その目の端にうっすらと涙が滲んでいた。それはあたしが洩らした涙とは違っていただろう。
「なんで、あたしが喫煙者ってわかったの?」
「傘さして歩いていた時、髪の毛からタバコの匂いがね。ほんのりと」
そこで言いおいてから、歯茎を見せるように笑ったけど、見映えのしない歯並びを見せつけられてうんざした。そのあとの言葉にはもっとげんなりした。それは自分に、だ。
「それに歯がすこし黄色い」
「……なっ!」
あわてて、コンパクトを取り出して、歯を剥き出しにして確認する。
たしかにちょっと汚れたかも。今朝も起き抜けにタバコ吸ったばかりだったし。小さなミラーに映るあたしの頬に、レーコが顔を寄せてきた。
「ホワイトかけたら治るか」
「んなもん、塗れるか。バカ言わないでよ」
「はは、ヘンな顔。いまのそれ、描きたい」
そろそろと身をかがめたように、あたしの顔を覗きこんでくる。
「なっ?! かってに見るな。あたしの顔を生で拝むのは、高くつくんだから」
コンパクトを閉じて、ポケットに仕舞った。
ちょっと乱暴に閉じたからうっかりパウダーが崩れたかもしれない。でも、それを惜しむように確認する様をレーコに知られたくないって思った。
どうして、ふいにそんなふうに思ってしまったのだか、わからない。
はじめて出会ったはずの相手なのに、あたしの靴のサイズから首筋に振りかけるお気に入りの香水の種類までありとあらゆることを承知してるんだと言わんばかりで、薄気味悪い笑みを浮かべたこのオンナに、自分の弱みを知られてはなるもんか、という気がしたのだ。この感情は断じて友情ではない。
【目次】神無月の巫女二次創作小説「ミス・レイン・レイン」