陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

映画「わが命つきるとも」

2010-09-15 | 映画──社会派・青春・恋愛
人間、最後まで信念を貫くのが大事と言われる。が、いっぽうで時には周囲にあわせて柔軟に対応するのも必要だとも諭されます。
十六世紀の大英帝国、神をもしのぐ国王の絶対王政の時代。信仰心篤いあまりに法を曲げることを厭い、処刑台に消えたその男は果たして正しかったのでしょうか。

1966年のアメリカ映画「わが命つきるとも」(原題:A Man for All Seasons)は、『ユートピア』で著名な思想家トマス・モアの権力に抗した強靭な人生を、往年の名優を揃え、すばらしい舞台セットで蘇らせた史劇大作。

英国チューダー王朝。国王ヘンリー八世は、現皇后を離縁し若く美しいアン・ブーリンと結婚しようと目論んでいた。
その理由が王妃との間に世継ぎの男子が生まれないというもの。日本の大河ドラマでもよく争点になっている話ですが、単に女性を産む機械扱いしているだけでなく、当時としては嫡子がいないことは後継者争いを生むので、大臣たちも死活問題。議会の誰もが王になびくなかで、信仰心篤く人望もあるトマス・モア卿だけは同意しない。

王妃との離縁にはローマ教皇クレメンス7世の許しが必要ですが、大法官に就いたトマス卿は国王の懇願にも関わらず、取り合おうとしません。業を煮やした国王は、ローマ教会から独立した、英国国教教会を設立して自国の宗教の最高権威となり、自分の再婚に都合よく法律を変えてしまいます。
職を辞したトマス・モアはあえて沈黙を守りましたが、王の意向を無視したかどで捕らえられ、死刑を宣告されてしまう。

トマス・モアのかたくなまでの主義の主張は、家族を路頭に迷わせもするので、妻からは恨みごとを買ってしまう始末。
懇意にしていた親友にも、官職に目がくらんだ部下にも裏切りの証言をされるあたりはなんとも悲劇的なのですが、ローマ教会への不満も当時の人には合っただけに英国民にとってはかつてのローマ帝国の属国のような扱いを受けるのが解せなかったせいもあるのでは。

近代という時代が、政治と宗教の分離であり、神よりも人の理性にうったえる啓蒙主義哲学の隆盛によって生じたとするならば、神に固執するトマスは古い時代の人であったということもできます。

しかし、トマス・モアを死におとしめた顔ぶれはその後不幸な目に。
欧州随一の知性を断頭台に送ってまで得た花嫁アン王妃には王女しか生まれなかったため処刑させたという、冷酷な国王ヘンリー八世。その後、六人目の妻まで貰い受けますが、王子がさずからず梅毒で死亡。
王の寵愛からトマスを失脚させた政治家クロムウェルは、やがて失脚し、皮肉なことにかつての政敵とおなじく斬首。
トマス・モアが結婚を反対したアン王妃は、あのエリザベス一世を生む。エリザベスは、父王の絶対王政を押し進め、ゆるぎない繁栄を大英帝国にもたらすことになります。

監督はフレッド・ジンネマン。
主演は、トマス・モアに、本作でアカデミー主演男優賞受賞のポール・スコフィールド。
ヘンリー八世を演じたロバート・ショウは、ハンス・ホルバイン(関連記事「トリックアート」)の肖像画の国王に生き写しですね。
ウルジー枢機卿役は、「市民ケーン」のオーソン・ウェルズ。

トマス・モアを処刑しなければ、英国の絶対王政は進まず、女王エリザベス一世も誕生することはなく、したがってその後、英国が世界の覇権を握ることもなかったかもしれません。時代が彼のような潔白な宗教者を必要としなかった。それでも、やはり、権力に屈することなく清き理想を抱いた人は現れてほしいと思ってしまうのです。

【関連記事】
「Greensleeves ─愛しい人よ、あなたは間違っている─」(〇八年二月一日)
(〇九年八月十二日)

わが命つきるとも(1966) - goo 映画


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