陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

Greensleeves ─愛しい人よ、あなたは間違っている─

2011-09-05 | 芸術・文化・科学・歴史


この音楽がはじめて耳に届いたのは、もう十年近くまえになる。
四畳半の狭い寮室の大半を、勉学に勤しめといわんばかりの角ばった机と大仰な固いベッドが占めていた。置き場に困って奥の衣裳棚のうえにおいたブラウン管が、日中画面を輝かせることはほとんどといってなかった。その日はどれも授業が休講で一日じゅう空いていたが、こんなとき時間つぶしに利用する図書館はあいにくと休館日。私はすげなく自室にこもることを選び、なにげなく、テレビのスィッチをいれた。なにか、すこしでも、なにかの情報をしいれておきたくて。たとえそれが、一時間も経てば頭のそとへ流れていってしまうようなものであっても。

わずか五分ほどの映像。緑いろの小鳥がはばたいて、番(つが)いの待つ枝にわたり、羽休める。ただそれだけのアニメーションだった。映像じたいには興味を惹かれはしなかったけれども、その音楽がいやに耳に残った。リズムは単調ですらあった。けれどはげしく揺さぶられるものが、たしかにあった。ひじょうに哀愁をただよわせる旋律。どうしてだかわからないけれど、涙誘うような音調で、胸がしぼられていくような心地がした。一つひとつの音符がみえて、そのすき間に感情がうめこまれてゆくような気がしていた。要するに、私はそのリズムにこころを委ねていた。このメロディは、ふとした拍子に、しかもたいてい独りでいるときに頭のなかでかってにリフレインしていた。


ここ最近、夜七時台のラジオで音楽鑑賞を楽しみにしているのであるが、一週間ほどまえに思いがけずこのメロディを耳にした。音楽にめっぽう疎い私は、その名すら知らなかった。

「Greensleeves」── イングランド最古の民謡。
「グリーン」という言葉からは、小学校の音楽室でまだ少女らしく喉奮わせた「グリーン、グリーン」というさわやかな唱歌が連想される。ないしはグリーン運動というエコロジカルなイメージ。「イ」の長母音が連なって舌触りのよい単語をふたつくみあわせた、なんとも耳にこころよいその題名からは、若葉萌えだす初夏の整然たる英国庭園が脳裏に浮かぶ。そのなにがしか郷愁的な響きからも、田園風景を舞台とした吟遊詩人の口ずさむ牧歌だと当たりをつけていた。
よくよく調べてみれば、十六世紀後半に生まれひろく口伝えになったこの歌は、一説には愛おおき君主ヘンリー八世が、のちに二番目の妻となるアン・ブーリンに求婚を拒まれたがためのあてつけの贈り歌なのだと言われている。(ただし文学史上は王の崩御後の詩方式で書かれたものであるため疑わしいとされている)「緑の袖」というのは、草葉の陰での睦みあいをほのめかす。かの国では「緑」は身をひさぐ女を意味する。日本の和歌でも袖は恋愛表現のメタファーとして機能するのであるから、さしづめ、ピンクの袖先というところか。

歌詞を読むかぎりでは、肌にまとわりつく濡れた衣の未練がましさが、言葉の端々にうかがい知られて、いくばくかげんなりしたものだ。さりながら、その旋律に覚えた切なさ、寂しさは、いまだもって浅くはならず。耳に重ねるごとに、はじめて聴いたにしてはどこか懐かしい思いが、じわじわと湧きあがってくるのである。出だしから二度ほどおなじ主題をくりかえしたあと、高く舞いあがるようになんどか転調するが、けっきょく音の闇に引きずられるように沈んでいく終わりかた。なるたけ遠くにとおくにと両の足を拡げながら、いつまでたっても中心を変えられはせずに廻りつづけるコンパスのような、いたってもの悲しい円舞曲に思われる。この不条理なくりかえしが、いまや聴き癖になってしまった。トーンがはねあがる、あの部分が好きなのだ。転調部は歌詞では「Greensleves、緑の袖、私の貴婦人よ」という呼びかけにあたり、求愛の声がまさしく空まわりしてゆくという音物語なのである。

日英併記歌詞とメロディはこちら
(以下、いちぶを改訳している)

   愛しの人よ、あなたは間違っている
   私を無碍にもお棄てなさるとは
   私はあなたを、もうずっと愛していて
   お側にいるのが喜びでありましたのに

ではじまり

   そして私がいのち果てる前に
   もういちど愛をくださることを
   …(中略)…
   いまでも私はあなたのほんとうの恋人なのですから
   もういちど私のところへ来て、愛してください


でおわる。

だが、イギリス王朝随一のエリートといわれたヘンリー八世、女の気を引くためとはいえ、ここまで女々しいのであったのだろうか?
あくまで素人の憶測の域をでないのであるが。この「Greensleeves」、ヘンリー八世作といわれながらも、その実、不遇の細君の心情を意趣返しにこめたものではないかと考えてみる。
ローマ・カトリック教会を敵に回し国難を招いてまでも最初の王妃を離縁、みずから欲するところ貫いたイングランド王。宗教権威よりも一個人としての情愛がまさるというわけだ。その抜きさしならぬ熱愛をうけいれて、うら若き乙女アンは妃となり王女エリザベスを生む。が、国王もまた専横君主にすぎなかった。哀れなるかなアン王妃、王子を望んで別の恋人に愛を移した王により、むごたらしくも叛逆・姦通などの身に覚えのない罪の衣をかぶせられ、斬首に処せられるのである。
もし、「Greensleeves」が国王夫妻の愛の逸話にもとづくのだとしたら、この歌がとよもす哀切な叫び、あたかも時ながれての冷酷王の裏切りをうらむ王妃の呪詛のようにさえ聞こえはしまいか。エリザベス王朝時代に多く詩が添えられて歌われた「Greensleeves」。その由来に一縷の信憑性をおくならば、市井に流布する父母の馴れ初め恋歌を女王エリザベス一世は、はたしてどのような心持ちで聴いていたのであろう。緑の小袖とは、娼婦におとしめられた母王妃の衣裳なのである。そして、生涯未婚をつらぬき、「王妃」でなく「国王」として君臨した彼女は、きっと恐れていたに違いない。自分が母とおなじように緑の衣裳を着せられて処刑台に送られるのを…。いま名歌とほめそやされるこの民謡と国王の色恋沙汰とが結ばれたのも、忌まわしき英国王室の罪科を忘れないという庶民の、あるいは死者の、そしてその恨みの遺伝子をうけついだ者の企みではないかと私には思われる。
第三節にこう歌われるように。

   ああ、愛しの人よ、あなたはその心に
   抑えられぬ空虚をいだいてしまうでしょうね
   私はかってながらもはかりごとをせねばなりませんの
   あなたの不実をお咎めするために


この音楽はまた十九世紀の英国詩人によって「みつかい歌いて」と題された歌詞を附され、クリスマスキャロルとしても親しまれている。


またご多分にもれず、おおくの現代音楽家の手によって編曲がなされている。
ところで、情報を求めてネットサーフィンをしていたら、某動画サイトにてこんなすてきなヴァリエーション動画を拾った。大竹佑季「眠る孔雀」としてアレンジされている。彼女は、現在「Snow*」名義で活躍中、今年一月から放映中のアニメ『シゴフミ』のED「chain」を歌っている。

Otake Yuki - Greensleeves



(ちなみに、この動画が公式PVなのか、投稿者のコラージュなのか不明)

愛らしい幼いふたりの動作をともなって、独り言めいたような唄いぶり。原詩にあった粘りや熱さが、そして深読みしたところの暗い怨念は、透明感のある女性ヴォーカルにくるめられている。夏の精力にみちた草木のにじませる汗のように、袖先に染み込んでしまうほど怨念めいた恋わずらいは、そこには感じられない。それは、淡雪のように六花の花びらをほどきながら、ちらちらと舞い落ちて、ひと肌の衣服にすぅーっと吸いこまれてゆく初想い。雪は冬のふかい雨ほどにからだを重くはさせず、人身に触れるいたづらにしても、素肌のてのひらを指さき大の冷たさでちくりとやって桜いろの跡を残すようなご愛嬌。現代文化お得意の甘さで絡められた緑の袖の想い出は、なんどでも着てしまいたくなるものなのかもしれない。


【参考サイト】
二木紘三のうた物語 「グリーンスリーブス」 〇七年九月四日
作詞家の門馬直衛、岩谷時子、両氏の日本語詞を紹介している。男性の断ちがたい恋情をつづった門馬作にくらべ、岩谷版では春先の光り咲いて緑ひらいてゆく自然を幸せに謳いあげたところに注目されたい。どちらも「なつかしい」という形容詞を用いているのは、やはりこの楽音に懐旧の情をもよおす趣きがあるのだろう。自作のmp3の音がいたく美しい。試聴すべし。





LP-R500の詳細はこちら思い出の一曲

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6 Comments

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こんばんは。 (悠人)
2008-01-31 21:25:28
いつもよく調べられた読み応えのある記事をありがとうございます。
今日の記事は言葉使いがとても詩的で…なんか映像と音楽の紹介も…英国王室の深い考察も…興味深かったです。
ありがとうございました。
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すばらしい (鉄腕アマノ)
2008-02-02 00:01:23
 深い調査と繊細な文に読み入りました。
 青春時代、フォーク全盛のころ日本では広く知られていったよようです。
 でもその前にエリザベステーラーの少女時代に出演した、戦前の映画「緑園の天使」のBGMでも使われていて固定フアンはいたようですね。またクリスマスキャロルとして教会でも歌われてたようです。
 学生時代、グリークラブにいたので(これでもテナーでしたが)合唱で歌った思い出があります。
 旋律には短調と長調のがあって、長調の編曲の方で歌いました。日本では短調の方がよく紹介されるとのことでした。
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ようこそ。 (万葉樹)
2008-02-02 08:21:22
ごきげんよう、悠人様。拙所へお越しくださいましてありがとうございます。
なお、最初にアップした直後に拝読してくださったと思われますが、いくつか表現に不備があり、その後なんどか推敲をかさねております。
あまり凝った表現に走りすぎると、論理のわかりやすさがなくなってしまうので注意のしどころですね。

>映像と音楽の紹介も…英国王室の深い考察も…興味深かったです。

音楽の評論は書いたことがありませんので、音楽の紹介のしかたとしては正しいのかわかりませんが。英国文学はむかし英国美術について書いたことがありましたので、その延長線上。とはいえ、ここでの知見はおよそネットで調べたらわかる程度のものです。
「Greensleves」が無念の王妃の叫びではないかという主張は、仮説にすぎず、かなり強引なものではありますけれど。論の運びに無理があるとは申せ、あえてそれを押しとおしたのは、ひとえにこの美しい旋律に附された、湿っぽい恋歌の意味を知ってしまったがため。お金も豪奢な衣裳もなんでも贈り物をしたのに振り向いてくれないのだねと嘆く王の声、その彼が呼びかける「グリーンスリーブス」という言葉のいかがわしい原意。それとアン王妃の末期とを思うとき、記事に引用した部分の言葉がいやがおうにも彼女の悲鳴に聞こえてならなかったわけです。それゆえ、あえて女性言葉にして載せてみました。歴史に名だたる英雄、その栄光が幾千幾万の涙と血とを吸って輝くものであるか。
ヘンリー八世が厭った王女エリザベスこそが、彼の布いた絶対王政を盤石揺るぎなきものとし、その後二〇世紀に米国に追い抜かれるまでは、産業文化ともにイニシアティヴを握る大英帝国を築きあげたのは、なんとも皮肉なものです。

裏事情の真偽はともかく。この歌のすばらしさ、なんともいえないですね。
あと、私は俳句については門外漢です。長々と文章書く癖があるものですから、極度に削ぎ落とされた表現というのはむずかしく。高校の同級生に俳人として活躍している方がいますけれども。どこかから綺麗な言葉を借りてきてていよく飾ったようないやらしさがなく、ほんとうに感性というもので詠んでいるのでびっくりですね。制約された文字に凝縮された感情を託す才能は、いくら本を読んでも身につかないのかもしれないと思う私です。

では、コメントありがとうございました。

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ありがとうございます。 (万葉樹)
2008-02-02 08:27:08
ごきげんよう。鉄腕アマノ様。いつも楽しいギャグで笑わせていただいております。こちらの与り知らぬ、この民謡の日本での受容のいきさつについても、ご教授くださりありがとうございます。

>でもその前にエリザベステーラーの少女時代に出演した、戦前の映画「緑園の天使」のBGMでも使われていて固定フアンはいたようですね。

残念ながら映画にあまり詳しくはありませんので。ネットで検索すると、いろいろなカヴァー曲があるようですね。ただいちばん私のこころにヒットしたのは、大竹嬢の編曲でした。にしても、やはりエリザベスつながりなのですね(笑)

>学生時代、グリークラブにいたので(これでもテナーでしたが)合唱で歌った思い出があります。

はじめて聞きました。グリークラブとは、イギリス発祥の男声合唱団のことなのですね。ほんらいは口頭伝承の民謡で、そもそも決まった楽譜というものがないとされているので、いくらでもアレンジ可能なのかもしれませんね。

>旋律には短調と長調のがあって、長調の編曲の方で歌いました。日本では短調の方がよく紹介されるとのことでした。

物悲しい感じのする短調のほうが日本人のセンチメンタリズムに寄り添い、耳になじんで歌いやすいのでしょうね。おそらく、最初に耳にしたのも、短調ではなかったかと。
参考意見をいただいて、論ふかめることができ、とても嬉しく思います。
では、コメントありがとうございました。

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はじめまして  (からくさ)
2008-02-28 14:08:43
管理人さん、はじめまして。
いつもこっそり覗かせていただいてます。
自分にとって管理人さんのブログは今でも神無月のときからもらった感動を思い出させてくれるサイトの中の一つで、非常にありがたいと思います。本来カキコするつもりはなかったのですが、
なんと、管理人さんの今回の紹介は、小学生のときに一度きりどっかで聞いて、物凄くお気に入りだった曲で、あのときは曲の詳細について知らないまま記憶のそこに置いてきました。
なんとなく管理人さんの紹介に惹かれて、もしかして…って思ったら本当に懐かしい旋律が響き始めて思わず泣きそうになってしまった。
この旋律は小さい頃の自分にとってインパクトが強烈すぎて、あんまりの悲しみにいつまでも忘れられませんでした。
思わず収獲に感謝感激です。


日本語めちゃくちゃで乱文失礼でした。
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はじめまして! (万葉樹)
2008-02-28 19:22:25
ごきげんよう。からくさ様。神無月つながりでのご訪問者様は大歓迎な管理人です。
うちはまともな神無月語りというより、コミカルなネタが多いのですのが、喜んでいただけましたら幸いです。基本、拙所は私の人生でこころに残ったものをつづる日記帳ブログでして、神無月もそのひとつに過ぎないですが。とはいえ、それがあったればこそ存続しているブログですので、今後とも不定期ですがなにかしら書いていきます。

>もしかして…って思ったら本当に懐かしい旋律が響き始めて思わず泣きそうになってしまった。
この旋律は小さい頃の自分にとってインパクトが強烈すぎて、あんまりの悲しみにいつまでも忘れられませんでした。

たぶん、そういうことってよくあるんでしょうね。ちいさなころには、記憶がたしかにもてなくて。それがなにか、どこから来たのか認識できてはいないけれども、とにかく体験したことだけはおぼえている。
このグリーンスリーブスだけではなくて、日常なにげなく耳にしているメロディには、深い意味あいがふくまれていたりするのかもしれませんね。日本の童謡もおめでたそうにみえて、じつは悲しい曲だったりするそうですし。

あと、もうしわけございませんが。いただいたコメント中の顔文字は、勝手ながらカットさせていただきました。ご了承くださいませ。
では、コメントありがとうございました。

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