陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

月村了衛の小説『水戸黄門 天下の副編集長』

2016-09-27 | 読書論・出版・本と雑誌の感想
最近、小説を読むといったら、もっぱら歴史物かSFあたりかに絞られるんですが、まあそれといいますのも、おそらく現代は時代劇そのものが貴重になっておりまして。子どもの頃は、週に一回、二回は、暴れん坊将軍がいたり、大岡裁きがあったり、桜吹雪の刺青を見せるお奉行さまがいたり、銭を投げ飛ばす岡っ引きがいたり、三匹の浪人が斬ったり、昼行灯の婿殿が巷の悪人を一掃していたりしたものです。で、そういう一話完結型の時代劇を見ますと、もうお約束のオンパレードなんだけど溜飲が下がったわけです。危ない橋は渡りますが、主人公はそこそこの歴史上の人物や役職だったりしますから、安定感があります。

で、本日ご紹介する歴史小説は『水戸黄門 天下の副編集長』。
水戸黄門こと徳川光圀公といいましたらば、歴史の教科書にも出てくる、あの『大日本史』の編著者として有名。で、このタイトルから察するに、あの御老公が諸国行脚して日本国の隅々まで探索を重ね、部下たちともども健筆をふるった、そんな学術的香りのしそうな一大プロジェクトの苦労話かと想起されますでしょ? 実際、光圀公は全国を旅などしていないのですが、まあ、ドラマではそうなっていますよね。この小説は、そのドラマ『水戸黄門』を痛快にパロディにしたものです。藤沢周平とか池波正太郎とか、まあよくありがちな剣豪ものとか、江戸の人情ものとか、武士の魂とか、そういった崇高なモノは一切求めてはいけないシロモノです。


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水戸藩が誇る学術機関・彰考館の総裁である安積澹泊覚兵衛は、国史編纂作業が遅々として進まぬことに頭を悩ませていた。そんな折、徳川光圀公の鶴のひと声で、佐々介三郎宗淳とともにお伴をして諸国漫遊の旅に出ることに。その目的は、原稿の執筆を依頼した全国の学者どもから直に取り立てにいくため。経費削減のため、書物問屋の隠居とその奉公人の町人姿に身をやつした超低予算旅行。

まず、あのドラマの設定を、編集者一行という立場に置き換えて、いっこうに原稿を書こうとしない遅筆家たちを懲らしめ…いやもとい、原稿の催促をしにいくわけですが、黄門様ドラマをご存じの方なら大爆笑のしかけがオンパレード。世のお父さん方のアイドル・由美かおる演ずるくの一の入浴シーンだとか、凄味ある面貌のある風車のあの助っ人の登場とか、悪代官とか博徒の親分とかおなじみの設定オンパレード。原稿を書かない執筆者どもと彼らをかどわかす一味と出くわして、ひと悶着。しかし、ドラマと違うといいますか、この軟派野郎の介さん、学究肌の覚さん、両者武芸の心得まったくあらずですから、悪党どもと刃を交えることなど思いもよらず。とんでもない騒動に巻き込まれていきますが、もっぱら良識派の覚さんは傍観者でツッコミ役、介さんがボケ役です。現代の出版事情の裏側ともみえる諧謔もあって、笑えます。ちなみに、うっかり八兵衛役はいませんが、独特のキョーレツなキャラは登場します。

光圀の行動は、さしずめ副編集長というよりも、出版社の社長が直々に作家のもとへお出ましになったぐらいの衝撃があるわけですが、まあ執筆者も揃いもそろって癖があるような顔触れで、書き手の皆さんからしたら、深く頷くこと請け合いでしょう(笑)。お金を貰ってるふつうの仕事だったら、納期遅れただけでクライアントからそりゃもう大目玉のはずですが、作家さんの遅れても大丈夫の無神経さには感心しますよね、いや、しちゃいけないのですが。

国史編纂を阻む宿敵ともいうべきは、真田幸村の血を引く姫君一味。終始ドラバタ展開でテンポが早いので、ストレスなく読めますね。

なお、作者は『機龍警察』シリーズで有名な月村了衛氏。
どこかで見かけた名前だと思ってましたら、そうそうアニメ「少女革命ウテナ」の脚本家。若葉のエピソードとか、わりあい印象的な回の担当。そして、実は「神無月の巫女」の原作者とアニメ監督が手がけた「円盤皇女ワるきゅーレ」のシリーズ構成も手がけています。温泉のシーンがやたらと多いのはそのせいなのか…(笑)。現在は脚本家は辞めているらしいですが。ハードボイルド小説が持ち味の著者の、新境地を開いたコメディ歴史劇。これはぜひともシリーズ化を所望します。



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