陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

小説『マリア様がみてる──レイニーブルー──』

2018-07-16 | 感想・二次創作──マリア様がみてる

誰かのこころが泣いていたとしたら、太陽と雨傘とどちらになりたいですか?
あるいはどちらになってほしいですか? なんだか詩的めいた陳腐な言い方ですが。太陽になるというのは美しき熱があるように思えて、どこから遠くから突き放しているようにも見える。近づきすぎると逆に、度外れな元気と陽気さとで相手を打ちのめしそうな気もするから。あなたといっしょに雨の冷たさをしのぎましょうという傘は等身大の優しさではあるけれど、他者の心の圏内にするりと入り込むのはかなり勇気を要します。いっそ、強引に傘だけ握らせて、ずぶ濡れになりながらさっさと歩いて行ってしまう? ひとつだけ言えるのは、傷ついている仔猫にさしのべた手を引っかかれたとしても大丈夫であるぐらいのタフさが救い手にはあることです。

雨の日だから読んでみたい格別な本というのがなくて(注:この記事を書いたのは6月です)、思いついたのは『マリア様がみてる──レイニーブルー』。
今年生誕20周年を迎えたコバルト文庫の人気小説第十弾。この巻はですね、ぜひとも次巻の『パラソルをさして』と併せてお読みください。たっぷりと時間をとって、飲み心地のいいお茶を添えて。さもないと、どしゃぶりの中、雨避けのないバス停で独り降ろされた気分になります。いくら傘があっても、立ち尽くしたまま、いつ来るかわからない、蜘蛛糸のような希望にすがって同じ場所で待ち続けるのはしんどいでしょう。

この巻は例によって、二年生になった福沢祐巳、島津由乃、藤堂志摩子のお話。
そこは、先輩が後輩を導くために姉妹(スール)の契りを交わすという清らかな伝統のある、私立リリアン女学園高等部。この三人は、紅薔薇、黄薔薇、白薔薇という生徒会「山百合会」所属の特別なスールたちの片割れ。

「ロザリオの滴」
前巻『チェリーブロッサム』からの白薔薇ストーリー。
白薔薇さまこと藤堂志摩子が親しみを寄せる新入生の二条乃梨子。
山百合会の次代が欲しい事情もあってか、乃梨子をさっさと「妹」に迎えろとせっつかれ、仕方なく連れてきた志摩子。しかし、志摩子はなんだか落ち着かない。そのうえ、乃梨子が上級生の紅薔薇さまこと小笠原祥子と口論になっていたたまれなくなってしまい…。乃梨子はずいぶん芯の通った妹で彼女が主人公の次世代シリーズも見たかったけれど、しっかりしすぎて話が成り立たないのかも。それにしても、白薔薇組はなんかあると樹下に佇む傾向がありますが、木がパワースポット?

「黄薔薇注意報」
いとこで家もお隣同士の、由乃と、黄薔薇さまこと支倉令。
シリーズ第二巻の『黄薔薇革命』からこのかた、このコンビが揉めないことはない。また、こいつらか!と呆れて笑いたくなるが、定期的に訪れる台風のようなもの。病弱設定の由乃が剣道部入部で、メンタル豆腐な令とイザコザあっていつのまにか仲直り。腐れ縁のせいか、後を引きづらいのがいいですね。このふたりの親世代の話が『ステップ』なんですが、正直、母親よりも娘のほうがよほどしっかりしていますよね…。

「レイニーブルー」
祥子さまとのデートの約束を破られ、ドタキャンされ、挙句はいけ好かない第三の女(爆)登場でやきもきさせられ、ダークサイドに落ちかける祐巳が哀れです。
前二者の白薔薇、黄薔薇姉妹がうまく行ってるのに、紅薔薇さんちがもう血みどろハートブレイク。でも、真相を知ってから読み直すと、仕事が手一杯で帰りが遅いだけの亭主が会社の後輩と浮気してんじゃないかと疑ってしまう人妻の妄想癖(爆)みたいで、ちょっと笑ってしまいます。

説明不足の祥子さまも悪いのだけど、というか祥子さまはいつもミステリアスすぎてこんなことばっかなのだけど、祐巳も愛されているという自信がないから、みずからどん底へダイブしてしまう。ちいさな約束でも守って、守れないときは誠心誠意謝罪して埋め合わせする、ということをしないと人間関係はあっけなく壊れてしまうということを教えてくれるエピソード。

でも、できそうにもない約束をうかつに取り付けてしまうことの危うさをも物語っています。
祐巳が精神安定剤欲しさに、毎週延ばしでいいから約束を下さい、と迫る場面があって、祥子さまがそれをやんわりと嗜めるわけです。何気ない台詞だけど、どうせ貴女は約束を破るでしょうけれど、形だけでも貴女との関係を続けたいから、私を満足させてくださいね、という祐巳の傲慢な一方的な愛され願望が露呈してしまうわけです。祥子さまは事情を告げたかったのかもしれないけれど、これで口を閉ざされてしまう。

盗まれた傘のワンシーンがあとから追いかけてきて絶望的に叫ぶシーンに胸が張り裂けそうになり、また「祐巳はもう疲れてしまったのだ。好きな人を疑いながら生きる生活に」という静かな諦めの言葉が、道を塞ぐ倒木のように落ちてくる。それを持ち上げる気力すら湧いてこない。

もちろん、この思い込みの激しい主人公に救い主は現れます。
この続きは次巻にて。


【小説『マリア様がみてる』 レヴュー一覧】
かなりおふざけで書いた過去レヴューが多いので要注意。




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