受話器を置こうとしたその下向きの状態から、思い出したように急き立てた声が洩れた。
『ああ、それから。お嬢ちゃんのお友だちのママかお姉さんでお肌のトラブルがある人いない?』
「お友だちで?」
『そうそう。お知り合いに綺麗な人が増えると、お嬢ちゃんも嬉しいでしょ?』
「それはそうだけど」
『もし紹介してくれたら、お嬢ちゃんのママの分、値引きしてあげる』
電話機の側にあった手書きのアドレス帳をめくった。
筆頭にあるのは、海鳴市の高町の実家。桃子ママも美由希お姉さん(本人のたっての希望によって、おばさんとは呼ばせないようだ)もいるけど、いくらなんでも地球じゃ遠すぎる。だとしたら二番目は…。あっ、でも。フェイトママはお化粧品とかにはうるさいんだっけ。そういや、なのはママにいろいろ買ってきてあげてるの、フェイトママだったし。
というわけで、頭の中がめまぐるしく回っていたヴィヴィオの目に留まったのは、三番目の知り合いのアドレス。
あそこのお家だったら、いいかな。お年頃のお姉さんが四人、ううん、ちっこい曹長も含めたら五人。きっと誰か一人ぐらい気に入ってつかってくれるだろう。
ヴィヴィオが八神はやて宅の住所と電話番号を告げると、へい、ありがとよ、これで用なしィとばかり、手早く電話はぷっつり切れた。ずいぶん、お急ぎのお姉さんだ。女はある年から化ける、ということを幼い少女は知らない。
室内は急に、しぃん、と静まり返った。
物わびしさがまた、ひとひたと居留守の幼女を襲っている。でも、今はすこしだけ胸に晴れやかなものが残っている。がんばって働くママのために、いいものを贈ることができる。わたしはきっといいコトをした。小さな誇らしさが少女にはじめて宿ったのだった。
電話を切ってからこのかた、ヴィヴィオは所在無くアドレス帳をめくっていた。
機動六課のメンバーの名前は、だいたい知っている。なのはママの実家はもちろん、フェイトママの実家のハラオウンさん家のリンディさんや、クロノ提督夫妻のことも教えてもらった。
アドレス帳に載っている人はなのはママのだいじな人たちばかり。その人たちから電話があったら、ちょっとお話うかがってメモをとって、なのはママに伝えなきゃいけない。
就学前プログラムを終えたヴィヴィオは、退屈しのぎに独りでに、そんな課題を自分に課していた。
このアドレス帳は十年来使い込んであるものらしく、古い付き合いの名前は後ろのほうに載せてあった。子どもらしい字で、「アリサちゃん(アリサ・バニングス)」と書かれてあるのが目についた。前に聞いたことがある。フェイトママやはやて部隊長とおなじ、なのはママとは小学生時代からのお友だち。
ヴィヴィオは、受話器をとって、「アリサちゃん」の横に並ぶ数字の羅列をそのままに、プッシュボタンを押していった。ぴ・ぽ・ぱ。
次元を超えての通話は遠距離もいいところで。つながるのはかなりの時間を要したが、すでに何時間も無聊をかこっていたヴィヴィオには気にならない。管理外世界への通信は一般のご家庭用回線を使用すると、とんでもない通信料がかかってしまうことなど、もちろんこの無垢な少女が知る由もなく。
受話器の向こうで通話音が途切れ、やっとこさ人間の声がした。
【目次】魔法少女リリカルなのは二次創作小説「高町家のアフターレッスン」