歌舞伎見物のお供

歌舞伎、文楽の諸作品の解説です。これ読んで見に行けば、どなたでも混乱なく見られる、はず、です。

「積恋雪関戸」つもるこい ゆきのせきのと

2008年02月09日 | 歌舞伎
古いお芝居です。初演が天明四年(1784)です。
舞踏劇であるということもあり、台本や演出の大きな改変もなかったようです。
長いお話の前後関係を無視してここだけ出すので内容はちょっとわかりにくいですよ。
まあ細かい事は気にせず、その場その場の動きや絵面を単純に楽しむというのもアリかなとは思いますが、
一応基本設定とストーリーも書きます。

時代
平安初期です。
一応衣装も王朝風ですが、お姫様や後半出てくる遊女の衣装は時代設定無視です。気にしてはいけません。
仁明天皇が死んだ直後です。
この時代は天皇親政から藤原摂関家による摂政政治への第一次過渡期にあたり、
政情があまり安定していませんでした。
仁明帝の死後もなかなか派手に後継者争いが起こりました。そんな時代です。

「良峯宗貞(よしみねの むねさだ)」
立ち位置は主人公ですが、あまり目立ちません・
僧正遍照(そうじょう へんじょう)と言った方が有名です。六歌仙のひとりです。
百人一首の

 天つ風  雲の通い路  吹き閉じよ  乙女の姿  しばしとどめむ
 あまつかぜ くものかよいじ ふきとじよ おとめのすがた しばしとどめむ

の歌で有名です。 

このかたは仁明帝にたいへんかわいがられ、その死後の政争にまきこまれるのを嫌って出家します。
ここまで史実です。

お芝居ではまだ出家しておらず、
都のそば、逢坂山にあった関所(当時はまだ廃止になっていなかった)の、関守の関兵衛のおうちで
死んだ帝を偲びながらさびしく暮らしています。
後のほうを見ると旧天皇勢力派として命をねらわれているという設定がわかります。
まあ全体に設定はアバウトです。

「関守関兵衛(せきもり せきべえ)」
逢坂の関の関守です。大柄でスケールの大きい男です。ただものではない雰囲気があります。

「小野小町姫(おのの こまちひめ)」
あの「小野小町」と思っていただいていいです。
「宗貞」の恋人という設定です。史実との整合性は気にしてはいけません。

舞台は関兵衛の家です。雪の中のわび住まいです。
庭の大きな桜の木は「小町桜」と呼ばれています。雪の中なのに満開です。不思議な眺めですがきれいです。

ここに、小町姫が宗貞に会いにやって来ます。
関所を通りたいという小町姫と関兵衛とのおもしろいやりとりがあり、ふたりはそれに合わせて踊ります。
小町姫が宗貞に気付きます。かけよるふたり。
関兵衛が「ふたりのなれそめを聞かせろ」といい、ふたりは常磐津の唄にあわせて踊ります。

唄の文句が本来聞き取れることが前提の舞台ですから、普通に見たらあまり意味はわかりません。
キレイだなというかんじで眺めてください。
なれそめに感動した関兵衛がふたりの仲を取り持とうと手を取ります。ここも踊り仕立てです。
動いているうちに関兵衛が袖から「割符(わりふ)」と「勘合の印(かんごうの いん)」を落とします。

「割符(わりふ)」というのは、お互いが仲間かどうか確認するために使うアイテムです。
紙や木札に字などを書いてパカっと割って、片方ずつ持っています。勘合貿易に使ったアレです。
「勘合の印(かんごうの いん)」というのは、「割符」を作るためのハンコです。
「割符」を持っているということは、関兵衛はなにか「ヒミツのたくらみに荷担している」ということです。
しかも、割符を作るための「勘合の印」まで持っているのですからその首謀者ということになります。
油断できません。

落とした割符は小町姫がゲットしました。「勘合の印」は関兵衛がなんとか取り返し、
関兵衛はごまかして愉快に踊ります。
ふたりも一緒に踊ります。にぎやかなかんじです。
関兵衛はそのまま奥に引っ込みます。

ここに突然、鷹が飛んできます。
割符にしろ鷹にしろ、歌舞伎でストーリーを進めるためのお約束アイテムですので、
「なぜここで急に?」とか思わず、そんなもんだと思って見て下さい。

鷹の足には手紙代わりの着物の袖が結び付けられています。
そこには血で「二子乗舟(にし じょうしゅう)」と書かれています。
セリフで「にしじょうしゅう」と言われてもわかりませんが、中国故事がもとネタです。
弟が兄の身代わりに死んだエピソードを指します。 

これは宗貞の弟の「安貞(やすさだ)」の袖です。弟は宗貞の身替わりになって謀反派に殺されたのです。 
悲しむ宗貞。

さらにとつせん鶏の鳴き声がします。
これもお約束の一種なので受け入れて見続けてください。
ニワトリは血の汚れに反応して鳴くのです。「菅原伝授手習鑑」の「道明寺」にも出てきます。
袖に付いた血に反応して鶏が鳴いたのです。

とはいえ、鳴き声がするのにニワトリの姿が見えません。
変だと思って声のする場所を掘ってみたら、鏡が出てきます。
見ても鏡かどうかわからないかもしれませんが、鏡です。ついていってください。

これは、大伴家の家宝「八声の鏡(やこえのかがみ)」ではありませんか!!
大伴氏は政権争いの中で謀反をたくらんでいる一派ですよ。 何でこんなところに大伴の宝が隠してあるのか!!

さらに、
話せば長いのですが、しかもセリフで言うので聞き取りにくいですが、
小町姫も、来る途中に「割符」を手に入れました。何の割り符かはわかりません。
宗貞の仲間の「小野篁(おのの たかむら)」が賊(説明ナシ)から奪い取って小町姫に渡したのです。
この割り符と、さっき見た関兵衛の割り符がぴったり合うみたいなのです。
アヤシすぎです関兵衛。

宗貞は事情を小野篁に伝えて捕り手をよこせと言って、小町姫を都に帰します。
小町姫は退場します。

宗貞は弟の袖を、自分の琴の中に隠します。わび住まいに琴を持っているあたりが宮廷人らしいミヤビさですよ。
宗貞も退場して前半終わりです。
以降小町姫と宗貞はもう出ません。

前半は、まだ3人とも表面的には和気藹々と踊っていますので、そのおおらかな感じをお楽しみください。
謀反にかかわるストーリー部分は
なんとなく陰謀の証拠がそろっていくんだなーというかんじでご覧になればいいかと思います。


夜になります。
関兵衛がまた登場します。ひとり酒盛りしています。ここの酔っぱらいぶりも見せ場のひとつです。
ここまでは関兵衛、強そうだけど無骨な、気のいい田舎のおっさんキャラクターです。

さて、酒を飲む杯に、星が映ります。斧の刃に映るという型もあるように記憶しています。
当時は陰陽道(おんようどう)が盛んだったので星の位置でいろいろ占います。

今回見えた星の配置は、
「樹齢300年の桜の木を切って、護摩木(ごまぎ)にして祈れば望みがかなう」
を意味します。ずいぶん具体的です。
「護摩(ごま)」というのは仏教で祈祷をするときに火を炊いて行う儀式です。かなり呪術めいています。
桜の木を薪にして儀式をして祈れば望みがかなう、ということです。

喜んだ関兵衛は桜の木を切る前に斧の切れ味をためそうと、横にあった琴をまっぷたつにします。乱暴な。
琴の中からさっきの血の付いた袖が出てきます。
さらに関兵衛の持っていた「勘合の印」が、何故か飛び出して桜の木の中に入ってしまいますよ。
怪しすぎる桜を切ろうとした関兵衛は、木の妖力で気を失います。

太鼓がドロドロ鳴ってイッキに不思議な事が起こるので、何が起きたかわからないうちに話が進んでしまいますが、
だいたい以上のようなかんじです。

関兵衛が目を覚ますと、そこには美女が。
傾城(高級遊女)の「墨染(すみぞめ)」と名乗り、「こなさんに会いにきたわいなあ」と言います。
喜ぶ関兵衛。
アルカイックな古歌舞伎ですので、「そこは怪しもうよ」とか言ってはいけません。

墨染は「しゅもくまち」から来たと言います。「撞木町」です。京の都にあった遊郭です。
正しくは「戎町」というン町なのですが、町の形がT字型で、お寺の鐘とかを叩く「撞木」に似ているのでこう呼ばれます。
わざわざ遊郭にお寺用語を当てるあたりが京都らしくてエグいです。

関兵衛の所望で墨染は、遊郭の様子を踊って語ります。ここが後半の見せ場です。
チナミに内容は、遊郭のお座敷で遊ぶ様子ではなく、
従業員の監視の目を盗んで遊女の着物の陰にかくれて遊女の部屋に忍び込む、
いわゆる「間夫(まぶ、ヒミツの恋人)」の様子です。
しかもケンカして飛び出して、いかん煙草入れを忘れたどうしようとかいう内容です。
遊郭の様子には違いないですが、なぜそこ?という気もします。楽しいですが。

喜んで一緒に踊る関兵衛の袖からさきほどの血染めの袖が落ちます。
いろいろ落とす男ですが歌舞伎のお約束(略)。
袖を見て突然泣き出す墨染。

墨染は、この袖の持ち主、宗貞の弟、安貞の恋人だったのです。
さらに、じつはこの墨染じたいが実体ではなく、庭に咲いている小町桜の精なのです。 
傾城墨染はべつに実体として別の場所に存在していて、気持ちが桜の精になって現れた、ということだと思います。

「謀反派の首謀者、大伴黒主に恋人を殺された、悲しい情けない」と嘆き、
自分が正体を明かしたので関兵衛にも正体を明かせと言います。

関兵衛こそが、謀反の好機を窺って逢坂の関に隠れている、大伴黒主本人だったのです。ラスボス登場。

ここで「ぶっかえり」という手法で両方の衣装がバっと変わります。
歌舞伎では衣装がその役柄をあらわすので、「実は違う人物だった」という展開のときは、
こうやって「引き抜き」や「ぶっかえり」という手法で一瞬にして衣装を変化させるのです。

ただの無骨なおっさんだった関兵衛が、国家転覆の野望を持つ恐ろしい怪物に変化する、
その雰囲気の切り替わりもみどころです。
同様に遊女だった墨染も、人外の、大きな妖力を持ったモノノケに変化しますから
その変わりっぷりも見せ場になります。

墨染はだいたいの場合は前半の小町姫と同じ役者さんがやります。
なので三人格を演じ分けすことになるので大変です。

墨染の精と大伴黒主は雪の中、お互いにらみ合います。

おわりです。

長いものがたりの一部ですのでとくにオチはありません。これも歌舞伎ではよくある事ですので、
「この先こうなるんだろうなー」とか思いながら余韻を楽しんでください。

基本、大体のストーリーを押さえないとさすがに意味不明ですが、細かく筋を追う必要はありませんので、
ちょっとくらいわからなくてもなんとなく絵面を楽しむお芝居ということでオッケーだと思います。


以下、内容と関係ないのですが、このお芝居によくくっついてくるウンチクに、
傾城墨染の踊りの唄の文句に、「木野暮で薄鈍(きやぼでうすどん)」というところがあります。
ここの振り付けが、意味を無視して、音だけに沿って、
「木」「矢」「棒(他の表現もあるけど自粛)」「臼」「どん(戸を叩く動作)」のゼスチュアをするのです。
これを、振り付け師は無学で唄の文句の意味がわからなかったからこういうことをしたんだ、
というのを目にすることがあるのですが、

「木野暮」も「薄鈍」もべつに難しい言葉じゃないのでじっさいは「学」は必要ないのです。

この文句自体が、天明期の遊郭で流行った、ヤボな田舎のお侍をバカにした表現だったのです。
「見た目も中味もダサくて女心がわからなくて、ニブくて空気読めない」 ってかんじです。うわーやだ。

まだまだお侍の力が強い時代ですからこんな事をお芝居でおおっぴらに言ったらよくて上演禁止、
下手すりゃ首が飛びます。
なので、わざと全然関係ない振りをつけて「そんな意味のこと言っていませんよー」とごまかしたのです。
そこまで危険を冒しまで言いたかったのかこの台詞(笑)と言う気もしますが、
おもしろければなんでもやるのはエンタメの基本ですよね!!

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1 コメント

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納得!しました (ぱるまま)
2011-12-11 00:59:48
たった今、平成中村座を見てきました。

この演目、予習していかなかったのでワケワカメ。。。

わかりすぎます。ありがとうございました!!
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