デジタル日記

あらゆることに興味を持って身辺雑記をデジタル配信

長谷部昇個展

2011-05-05 15:39:46 | 雑記
5月3日PM5時より長谷部先生のオープニングパーティーと
思いきや、長谷部夫人が交通事故で急死ということで、先生は
見えず、我々がわいわい飲む事になった。
会場一杯の作品は圧巻で、会場とマッチして成功の展覧会と確信す。
私ごときがい云うのは変だが「長谷部はここにきて力をつけ見られ
るようになったと言うべきではないか」ご覧頂いてそのモノトーンの
紙切れ画は、砂のなかにいるようで、且つ宙を舞うような砂漠の
空間であり、ぺッぺッと思わずつばを吐きそうに思うが、はいても
はいても、その砂の苦味は口に残り、いつまでもいつまでも心に
残るのである。
酒が進んだ頃、私は何か喋ることになった。序で(長く)佐藤和行氏が
お話をされた。佐藤(縄文人)は、作家であり、何回も協同展をやった
作家同士であるから当然だし皆も納得する。小生は少し恐縮した。

終わって最後、2次会にも行った。
柴野、霜田、マツシマ(だったと思う)、私の4名だったと思う。
こんな展覧会後の酒は久しぶりである。
夜柴野さん宅に泊めていただいた。
翌朝、奥様の言われるには私のいびきがひどかったそうである。
忘れられない柏崎の夜になった。

5月3日(祝日)ピエロ句会

2011-05-05 15:15:13 | 雑記
今月のピエロ句会は、柏崎のサンブン(産業文化会館内)というレストランで
行われた。長谷部昇先生の個展が游文舎で開かれるので、そのオープニングに
も参加するということで、柏崎でく句会が開かれた。

(小生の事前の句)
五月三日は祝日なのか国旗見ゆ
七回忌桜になっても未だ決まらず
(小生の拙作)
七回忌桜過ぎても未だ決めず
鯉幟ダランと下がって風を待つ
爪先が喰い込む負う嫗(おうな)のマッサージ
(秀句メモ)
チューリップ愛は奪う物注ぐ物
5千年黄砂の語る歴史かな
七回忌春は静かに散るがよし
黄砂降る只今死すビンラディン
水仙を亡き母に供える七回忌
あたたかさ日差しいっぱい犬ふぐり
母の日や娘(こ)より絵手紙届きけり
七回忌亡父来ており花吹雪
春霞まず確認したる非常口
初蝶や手帳に記す句会の日

私は大して誉められる作句はできなかった。
しかしメンバーは良いので腐らずにこの会は
続けさせて頂きたい。


川崎 大矢紀先生、大矢十四彦先生

2011-05-05 14:55:35 | 雑記
4月19日(火)午前川崎市の大矢紀先生
    訪問 山崎実行委員長、駒形副委員長、高橋委員
汽車の時間を間違えさんざんな目にあった。
私はやっと大宮で、山崎さんに合流。さんざん起こられても文句が無い所。
大矢先生は、小田急線の柿生(かけふ)という駅で居り訪問する。、川崎市麻生区というより新宿から大分西という感じである。
おおらかで包容力のある大矢先生には一気に魅力を感じる。
次いで午前11時大矢十四彦先生訪問。前記3名。と云うのは、二人の先生は
極く近くに住んでおられ、大矢 鞆音(ともね)先生の自宅も十四彦先生の隣である。
十四彦先生はいくらか偏屈で、芸術家らしい雰囲気である。
奥様と栃木県益子の陶芸家、寺本守氏の釜を訪ね、ご夫婦で作品作りを楽しんだ由。ご自宅には、寺本氏の作品があった。又T.S.という一世を風靡した画家も
当時から、工房にアシスタントがいて、その方の作品も作家作品として世に出ている。
工房作品の難しさを語られた。
私は、東京都市谷に住んだ事があり、その作品を飾る画廊とは、多少知っていた
ので話には興味があった。
終わって、大矢紀先生に来て頂き、小田急線「新百合ヶ丘」近くのお寿司屋さんで
ご馳走になった。
私はこのような機会に参加でき光栄である。