デジタル日記

あらゆることに興味を持って身辺雑記をデジタル配信

10月29日雲の上から

2007-11-05 20:31:17 | 雑記
飛行機に乗ると中国、朝鮮と思われる山々が見え飽きない眺めである。
今地図上のどこか、興味がある。中国の新聞を見る。
必ず中国要人の動向が載っており、又金儲けの情報にも中国人は敏感
ではないだろうか。
明時代の花瓶が2千7百万元(約4億3,200万円位か)であることが新聞に
記されている。この花瓶
がいかに優れているか、いかに芸術的価値が高いか、いかに感動を与え
るかについては、多分書いてないであろう。彼らはいかに高くオークシ
ョンで値がついたことに関心があるのである。
中国人のエネルギーとその特徴に興味を払わなければならない。

この旅は得ることが多く、家内が云うほど高くついたとは思っていない。

10月29日瀋陽・桃仙空港

2007-11-05 20:17:18 | 雑記
バスは一路、瀋陽桃仙空港に向かう。
良い旅行だったと思う。

空港内では、殆ど金を使い果たし、最後のチョコを2個買った
ら後硬貨の2~3元位しかない。新潟では空港の駐車料金が、
3,200円なので、後の日本円が5千円が残っている計算である。
規定の旅行代金払い込み以外に、私は、5万円と約8千円の現金と更に
5万円の現金とカードを持って行った。残りの5万円は手付かずで、
カードも使わなかったので自分ではまあまあと思っている。
海外の美術館では大体今まで、2~3万の美術書籍を買うのが癖に
なっているので、多少本を買ったのは自然という所か。

写真は飛行機に乗るところ

10月29日朝

2007-11-05 20:03:23 | 雑記
朝飯は、7時45分位から、やはり好きなオムレツと果物の
ジュースを飲む。良いホテルは、
オムレツ、パン、コーヒー、紅茶、
ジュース類、ベーコンなどがうまいと私は決め込んでいる。
日本人も2割位いると思われるが、やはりこの国の人、華僑
、台湾などの中国人が多いのであろう。働いている女性も
日本語はわからない人が多く、中国語とenglishである。
アメリカ、ヨーロッパ系が少ないと感じた。
お粥や麺もうまそうに食べてる日本人がいたが、私はワンパターン
だった。

昨日パーティーのあった4Fビジネスルームでインターネットを
いじる。yashoo!JAPANより入り、日本の国情から離れすぎてしまった
カバーにと、
日経新聞ネット版、yahooのニュースと新潟日報ネット版を見た。
今時間は8時30分なので日本では9時半になる。8時15分頃に
は日本の株価は26日のままだったが、中国8時45分頃に漸く
日本時間29日AM9時15分頃の株価が少しづつ見えてきた。
新潟日報を開き、新潟市の新和証券が本店移転の記事を見た。
日本に手紙を出した、切手代は、7.3元だったか。
27日朝頼んで出した時は、9元だったのに。(アジアでは大抵日本の80円
切手の封筒が40円位で海外から日本に出せる筈である)
ホテルを去る時に写真を撮った。いいホテルだったと思う。

10月28日夜

2007-11-05 19:42:35 | 雑記
夜になり、更に騒ぐ気持ちはなくなっていた。
明日は最後だと思うと残念であるが、何か整理整頓
をしなければと、私のような無精な人間も考えるのである。
墨をすり最後は手紙を書く準備をした。

写真はパーティーの最後部分

10月28日夕べ 日中交歓の夕べ

2007-11-05 19:34:50 | 雑記
「2007年中国・瀋陽日中友好青少年駅伝祝賀出宴」
いよいよこの旅行のハイライト新潟県、市の役人、遼寧省や瀋陽市の皆さんと
交歓するパーティーは、このマリオットHOTEL4Fの貴賓室で行われた。
まずどぎもを抜く、可愛らしい少女と少年の歌と踊りが披露される。
それは元気で、それは素敵なものである。
冨士計器の伊藤社長の日本側の紹介。スピーチがあり、
中国側要人のスピーチもあった。
歓迎の歌の一つに
『俺についてこい』があり、この歌は私の好きな歌で植木等の歌らしく
金のない奴ア 俺んとこに来い
俺もないけど 心配するな
見ろよ青い空あ 赤い雲を
そのうち何とかなるだろう

とある。日本では青い空と白い雲であるが
中国では、青い空と赤い雲である

食事も素晴らしく満足のいくものだった。
→もっと食べたいと思ったが、時間切れ
特に新潟勢の新潟県副知事、新潟市副市長などあまり会わない
方々にも名刺交換できて良かったと思う。
日本側が、中国側に答礼感謝の花束を贈り、両方で記念撮影をする
とう素晴らしいフィナーレだったと思う。
短時間、冨士計器の伊藤社長と話せて良かった。
5時半から8時半位実質は2時間位であるが、さっと引くあたりは、
中国人のトップクラスになると違う物だなあと思った。
良い旅行に参加させて頂いたと思った。

写真は前半部分。子どもたちの中でスピーチする伊藤社長



10月28日午後博物館再訪

2007-11-05 06:15:15 | 雑記
昼食後バスは買い物に向かうが、私は張さんにお願いして、
タクシーを掴まえてもらい、
一人昨日の遼寧省博物館に向かった。
まず売店で双生児の女性。昨日説明をしていた劉桂杖(女性・
太って小柄だがとてもファイトのある方である)さんもいた。
「昨日、云われた斉白石の画集を探しておきました」と売店
の人。斉白石だけでなく呉昌硬(正しくは最後の字は石偏に頁)
など著名な作家がそろっている。
結局3巻11,000円(日本円)でこのセットを買ってしまった。
丹青巨匠斉白石の展覧会を見ていたら、男性の売店の主がやって
きて、カタコトの日本語で「先ほどは失礼しました。3巻セット
でなく6巻セットです。」とのこと確認してひもで縛ってもらい、
後で取りに来ることにした。
白石は蝦(えび)や蟹の作品も多い。彼が得意としていたと思われる。
菊や芙蓉など植物や風景も多い。今回の作品で、水牛がのんびり
水に浸っている遠景がなんともゆったりして好きな作品である。
芸術家の価値は作品の値段によって決まると云っても良いだろう。
白石は、毛沢東と同じ湖南の人であり、同郷であり、友人であると
一般に言われ、それぞれが、そのことを否定しない関係にあった。
台湾でも白石の作品は多く、日本にもフアンは多い。これはアメ
リカにも評価する層があり、この世界的潮流が彼の第一人者の地位
を得ているのである。ある時期に白石は日本人と会うことを嫌い、
抗日戦が激しい時は、日本人と決して会わなかった。この人民の側
についたことが、この判断がとても優れているのである。
彼の蝦がモゾモゾと画面に湧き出る図は民衆がわきあがるような気
がして何故か元気になる作品である。

拝見(展覧会場から売店に移り)が終わり、昨日説明した劉さんより
年配の男性がいた。名刺は同じ博物館 研究員の王軍さんで、「先ほどの
女性の上司ですか?」と聞いたら「もちろんです」。さすがに流暢な
日本語で、私は始めて中国でじっくり話ができる方に会えたのである。
王軍さんに、いろいろ教えて頂く。
丹青とは、
青は空、天という意味。
丹(赤)は、地であり
丹青で天地という意味で天下万般。という意味で
斉白石に与えられた「丹青巨匠」「芸術宗匠」
古今東西の第一人者の芸術家 とでも翻訳すれば良いのか。
先ほどの店のオーナーがお茶ご馳走してくれた。
この博物館の前身は、東北博物館と呼び戦後いち早く作られ、その開館
を喜び斉白石が沢山の作品を寄贈されたこともわかった。
王軍さんは3階も見せてやれということで、私は、劉さんに案内され、
刺繍作品の鶴や風景の作品を特に見せていただいた。これはすべて
販売用である。後4階には、もっと古い金属遺跡があるようである。
私はもうパスをした。
1階には売店以外に、美術館付属の販売コーナーがあり(あった!)、
2冊位に画集をかった。
もう予定の5時にホテルにもどるべくタクシーを拾わなくてはならな
かった。

写真は斉白石の蟹の絵















10月28日本渓水道

2007-11-04 13:04:23 | 雑記
本渓水道につく。発音は ベンシーフートン。ベンシーフェートン
に近いか。バスが降りてから、近くの物売りから白酒(パイチュウ)を
飲む。これが又うまい。35度とあるが飲み易い。15元だったか。
歩いて、水道の入り口に行く。

写真はその内部入り口付近の絵である。

ここで一組12人乗せるボートに乗って鍾乳洞を行き来する。洞窟の
突き当たりまで、15分位か。20分位か。またぐるりと廻り、戻る。
常時行き返り10台位のボートが通り、すれすれに行き交う様は面白い。
水しぶきは殆どかからないし、寒いには寒いが予定内である。
暗い洞窟であるが、サーチライトを充分において観光しやすくしてある。
その色が、赤や青、など異様な紫などを使って岩肌の色合いを面白く
させる。怪獣やファンタジー映画などの場所には絶好と思う。
『大したことはない』位に思う気持ちが見る前にはあったが、これだけの
水道は日本には勿論ないし、これも25年前に発見されたものとある。
中国の大きさ。奥深さを感じる。
帰り道バスまでの屋台の干しぶどうや、果物の実を干した物を食べ食べ
バスに乗った。
晩秋の中国を充分に楽しんだ思いである。



10月28日本渓水道に行く

2007-11-04 12:49:06 | 雑記
バスに乗り、一路アジアで1、2の鍾乳洞と言われる
本渓に向かう。バスの中で、張さんが話してくれた。
中国では、省の下が、市です。市の中で区があります。
車両は、遼A 瀋陽市
    遼B 大連市
    遼C 撫順市
    遼D 鞍山市
    遼E 本渓市
    遼F 丹東市
と話してくれた。それで直ぐにわかります。バスで2時
間位であろうか。それでも愉快にバス旅行を楽しむ。道
行く人は、ろばのような馬に荷車をつけて走っている人
がいる。人々の姿は、赤銅色で、店は食堂か建設小屋か、
解体屋に見える。新潟県魚沼のより郡部にいくと、企業が
あるのは、建設業と思える地域があるが、まあそんな気持ち
がした。
写真は本渓水道の入り口


10月27日夜・久しぶりにインターネット

2007-11-04 12:31:44 | 雑記
マリオットHOTELは、各部屋にインターネットのケーブルが
あるために、パソコンを持ってきて試すべきだった。ホテルフロ
ントに聞き、4Fのビジネスルームに行ってみた、奥のパソコン
を貸して貰い、自分の関係するMYNETのサイト、
MYNET/PLAZAのサイトも見れたが、自分が中国式のパ
ソコンを扱えない、英文の小文字すら打てない。やっとYAHO
O!の日本語版を開き、
(www.yahoo.co.jp を私は記憶していたのである。良かった。)
そこで幾つかのサイトを開いた。しかしMYNETの社員同士の
パスワードを忘れ、ここで書き込みができない。これができれば、
社員に離れても指示ができる例になるのだが、残念。
このパソコンにヤフージャパンのサイトをお気に入りに入れて
次に見易くする。25分で15元だったと思う。
3台のPCがあり、プリンターも幾つかあり設備は上々である。
PCは中国製、プリンターはHPと思う。幾つかあり、コピー機
はリコーのOEM機だと思った。
やっとパソコン触った。しかし自分に来たメールを離れた所でも
見る(転送メールというのか)、この常識的な所さえも自分は、
よくできなく、メール発信もしなかったのでは恥ずかしい、次回
はメール発信位にまでいくべきだ。


10月27日夜・朝鮮の店に行く

2007-11-04 12:12:31 | 雑記
『喜び組』
バスガイドの張(ちょうさん=重要、男)が昼から云っていた
「北朝鮮が直に国で経営しています」「女性はきれいで、歌や踊りを
します」「チップは駄目ですが、花束を買いそれをプレゼントします」
少し疲れているからよそう。と思っていたが、皆について行きたく
なった。素晴らしい踊り、歌もうまい。立派で感激。大学を出ている
女性だけである。彼女らは給料は貰えない。国(北朝鮮)に帰る時に
貰える。と張さん曰く。
英語は流暢なきれいな発音で、日本語は難しい。
写真も嫌がらず。一人¥3,000-(日本円)なら日本人の感覚では
安いと思う。感激。更に感激である。