延岡というまちをアーカイブ化していくには。

延岡というまちについての記憶を考えていく。

城下町、飫肥にて回想法を使って景観資源を検討する。 part.01

2009-12-07 10:58:08 | まちづくり

大きく蛇行した酒谷川沿いの街割りは、ここが出来た江戸初頭から殆んど変化がないという。重要伝統的建造物群である日南市飫肥地区を舞台に、景観資源の再検討を目指して回想法を活用した資源調査を行った。

延岡で同じ事を行ってきた際には、吉田初三郎・小嶋政一郎等の昭和20~40年代の一括した写真コレクションがあり、同時期の商工業・住宅地図まで存在するという好条件があったが、今回の飫肥では、まだそこまで適した資料が出てきていない。写真について、メインは大正からせいぜい昭和初期、地図については江戸期から戦前、なんとか都市計画図については揃えたものの基本的に屋号や名称が入っていないので、アララ、という状態だった。

そういった不安を残しながらも、今回は県土木事務所のI上さんがいらっしゃり、また、僕の片腕たるうちの若い衆も連れていくし、何よりも日南市の行政担当の方々が地域の歴史資源についてよく理解されているから、なんとかなるだろうといういささかの楽観があって当地に臨んだのであった。

最初に僕の紹介を、市の職員の方が行う。あー、回想法ってコトバ、この時点ではまだ言わないでほしいって事にしたんっすけど....。

まあ、その後とりあえず、延岡での事例を参考としながら"写真と地図をみて語ってみましょう"という説明を行う。

毎回そうだが、最初はいつも皆さん戸惑うもの。自己紹介とかはアイスブレイクのためにワークショップなんかでは必須だが、ここでは省く。名札も付けない。とりあえず切っ掛けとなる会話の糸口は"これ写真に写っている建物って、どこですか?"という極めて無知な、ヨソモノが道を尋ねる感覚からはじめる。で、必ず話を続ける。

大抵、その場所は周辺にこんなのがあったという話になるので、"それどんな感じですか?"と聞いてみる。パターンがあるので、必ず話がつながる(と、いうかあっちこっちに拡げていく)ようにするのが肝要。ただし、とんちんかんな話の飛び方にならないように注意する。

会話のベースは自分が観光地に行って場所を聞いてみたり、飲み屋で常連客から会話を引き出したりする時のスタイル。そんな時、最初っから自分の名前なんか名乗らない。名前はむしろ打ち解けてから名乗るもの。

高齢者にとって"当たり前"の事は、若者にとっては"未知"の事が多い。高齢者に"自分は若い人達に対してまだまだ色々な事を教えてあげる必要があるんだ"、という意識を強くもってもらう事がここでは重要。

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