延岡というまちをアーカイブ化していくには。

延岡というまちについての記憶を考えていく。

再建築不可-古いたてものが消えていく-。

2014-10-26 18:07:33 | まちづくり
地域文化遺産シンポジウム『再建築不可-古いたてものが消えていく-』を開催します。

日時:11/3(月・祝)13:30~16:30

場所:宮崎県延岡市、延岡総合文化センター

講演:後藤治先生(工学院大学建築学部教授)

パネルディスカッション:後藤治氏・柴睦巳氏(柴設計)・岡本武憲氏(日南市教育委員会)・今岡武久氏(文化財建造物保存技術協会)の各氏。 コーディネーター山内利秋(九州保健福祉大学)。

司会:柴田志摩子氏(宮崎県建築士会延岡支部女性委員会・延岡景観倶楽部)

また、11/2に延岡市内の歴史的建造物のモニターツアーも実施。
主催:伝統的建造物の保存と活用をする会・宮崎県建築士会延岡支部
共催:延岡建築設計事務所会
後援:宮崎県教育委員会・延岡市教育委員会・宮崎県建築士会



モニターツアー
11/2(日)
ひむか世間遺産に認定された歴史的建築を巡る、モニターツアーを実施します。
コースは昼の部(延岡市内各所の歴史的建築ツアー)・夜の部(ライトアップされた市内各所の歴史的建築ツアー)
いずれもマイクロバスで周回します。参加無料、定員40名。

昼の部:10:00(集合・出発)延岡市民協働まちづくりセンター駐車場-昼食:延岡水郷鮎やな(食事代各自負担)-17:00帰着(予定)
夜の部:18:00(集合・出発)延岡市民協働まちづくりセンター駐車場-20:00帰着(予定)

参加希望の方は氏名(及びふりがな)・住所・電話番号、どちらの部に参加かを明記の上、FAXかメールでお申し込み下さい。
FAX:0982-35-4771
メール:kenchikushikai_nobeoka@ybb.ne.jp

お問い合わせ先・宮崎県建築士会延岡支部 TEL 0982-35-3900(火曜日休み)


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文化の行く末。

2014-10-01 03:32:07 | まちづくり
一見「オシャレ」にみえる文化が結局はパッケージングされたものであった時の残念さというのがあります。

都会で作成された機能をそのまま一般化して地方にも移出するというのはこれまで郊外型のショッピングセンターや、様々なロードサイド店がやってきた手法です。批判されつつ、「それでもいいや色んな店が入っているし」、という事で色んな所で妥協された小東京が再生産されてきました。

例えば図書館や博物館という文化の領域は一見それとは違うものに見えます。けど実際は本来市民自らが獲得していくべき知識や文化そのものが、おきまりの"コンビニエンス"な"カルチュア"として定食化されてしまっています。これでは文化そのものも小東京と化してしまいます。

多様性が失われた先にあるのは、生物の進化が指し示す様にその弱さです。同じものは、一つが生きていけなくなった際に全てがダメになる。変化した環境に適応出来ないからです。

延岡の場合、それが駅にありました。かつて乗降客が多かった駅と、その周辺の中心市街地。商業地としては役割を終えつつあるこの空間を、言ってみれば公民館的な市民の活動拠点、「新たな公共空間」にしていこうというこの考え方そのものはとてもいい。市民参加型として、色んな人が色んな活動を数年間行ってきました。活動をまとめていくべき商店街も市民団体も問題点が多いのは確かです。このままでは頓挫してしまう状況にはあったでしょう。

しかしながら、それが最終的にはお定まりの企業が、お定まりの方法を持って取り仕切る方向になりそうです。賛否両論も含め話題の自治体に向かい、どうして伊万里市や小布施町を目指さないのか、飯田市のように生涯学習の中から地域の課題を見出し、それを解決していくという自立した市民を生み出す方向性に向かわないのか。そんな事は、一研究者としてこれまでの参与観察を踏まえて、考えていく必要性があると思っております。


ドキュメントとアートとアーカイブ。

2014-06-12 06:24:00 | まちづくり
特定の場所で写真サークルの展示を毎年続けて開催していて気付いたのは、土地の人々は作品の一つが市内の何処かで撮影されたものだとわかると全ての作品をドキュメント、すなわちある時空間を記録したモノとして読み取ろうとする点である。なんとか作品から時間や場所を捨て去ろうとしても、読み手はもはやそれを許してくれなくなっている。

そうなってしまうといくら面白い切り取り方をした写真を展示してみても、読み手は自分の土地への関与の経験から写真の価値を決定してしまうのである。これに対し、こうした固定化を完全には否定せず、少し違う次元にシフトさせていくという試みは結構あるだろう。全国で行われている『美少女図鑑』なんかはそうした特定の土地での価値の読み替えをやろうとしてるのが分かりやすいのだけど、さらに、古い建造物をある『聖地』としてみたてたコスプレ撮影会などというのは、この土地の価値読み替えを先鋭化したものだろう。

ドキュメントとアートの境界線を狙ってみても土地の人はどうしても「これはどこ?」という方向性に傾いてしまうのがよくわかったのが今年。写真展で小さな小さな写真を配置してその位置関係をわかるようなわからないような感じにしてみたら、人々は全体の雰囲気ではなく細部を読もうとしていた様子。

昨年の博物館実習での企画展示において、市内だがどこを撮影したものなのかを曖昧にしたまま写真を展示する事で、それがまち全体について考える事なんだという事を認識してもらおうとした展示を学生が行ったのだが、客のクレームで学生が個々の写真に場所を示すキャプションを付けてしまったのがとても残念だった。本当はそこから来場者と対話する事の必要性に気付いて欲しかったのだが。 こういうのは事前にどこまでその意図を指示するべきかしないべきか。その判断は難しいものだなと思った。

ある画家が描いた作品を読み取る時に、最初は単に作品としての素晴らしさに感情の抑揚をおぼえるものだけど、その作家の来歴を知れば知る程技法だとか制作した場所だとかに拘るようになってしまうのは、全てが善とだけ考えるべきではないのかもしれない。 そしてその側面からのみ考えてみると、アーカイブは必要ではないのかもしれない。


昭和館にて。

2014-06-03 07:01:28 | まちづくり

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はじめて九段下の昭和館へ行く。まもなく取り壊される事になってしまった九段会館のすぐ隣にある。ここは昭和の、特に戦中戦後の暮らしをテーマとした施設として設立した所である。もう開館してしばらく経つが、今まで見学した事はなかった。来場者にはお年寄りも子供連れも、様々な年齢層が訪れている。館としては戦中戦後を苦労された方々に対する展示と、この記憶を子供達にも伝えていこうとする展示の間で苦労しているように感じた。

軽度の認知症らしい高齢者を、娘さんか息子の嫁さんらしい人が連れて来館していた。娘さん(便宜的にそう言っておく)は展示資料について「これは何?」「疎開先はどこだっけ?」とお婆さんに発話を促していた。博物館における回想法的手法の展開が広く行われるようになったが、特別な企画ではなくてこうして普通に昔を観る事を行えるのはとてもいい。

いくつかのコーナーの後、戦時中の暮らしをテーマにした簡単なゲームになっているCGが映し出された大きめのモニターの前に二人は座った。一次資料、さらには写真や映像といった様々な媒体をみた後であった。ところがお婆さんはなかなか画面の方をみてくれない様子。コントローラーがあるが操作はしておらず、下の方を向いて別のものに気をとられたりしている。娘さんはなんとかお婆さんに画面をみてもらおうと、注力していた。その時どこからか小学生の男の子がやって来て二人が座っているモニターに付随しているコントローラーを手にとって、二人をよそに操作しはじめてしまった。

お婆さんはもちろん娘さんも何も言わないで、小学生の操作を黙っていた。そのうちに小学生の親御さんが少し離れた所からその様子を見て、「今他の人がやってるから次にしなよ」との声。だがしかし子供は「(この人達)何もやってないよ」と反論した。親がさらに二人の状況を理解して、もう一度子供に「順番守りなさい」といいつつコントローラーから子供を引き離した。すぐさま娘さんはお婆さんを連れて座席を立ってしまった。

子供の親は下手に叱りつける事をせず、子供の理解範囲で状況を認識させようとした事はプロセスとしては悪くないだろう。また、このゲームは恐らくは子供向けにつくられたものであり、実際子供の参加を促すように工夫されていた様子である。

だが、かと言って認知症のお婆さんになんとか発話を促そうとして子供用のゲームの前で座席を占有していた感じになってしまったお二人が大人気ない訳ではもちろん、ない。こういった状況を整理出来るのは館職員やボランティアの役割なんだろうけど、たまたまなのか、受付の方以外にそうした人を見かけなかった。

認知症のお婆さんと孫のコミュニケーションが上手くとれていてQOL的にもいいという状況がツイートされていたが、恐らくそこにはその関係を理解している別の大人(下で言うAさんの娘でありお孫さんの親である存在)が存在しているからだと思う。親族以外で認知症者と子供をつなげる人材となると、少し専門性を有する技術が必要になってくるのではないかと、考えている。

satomi inoue
@satomiot
「認知症一人暮らしのAさん。冷蔵庫は賞味期限切れ食品で満杯。娘が捨てると「勝手なことするな!」と激怒。ある日、孫が「料理教えて」と遊びに来た。「あく抜きってどうやるの?」「これもう古いから捨てるね」Aさん自慢の煮物ができる頃には冷蔵庫もきれいに。尊重と尊敬。お孫さんに脱帽。#認知症」

https://twitter.com/satomiot/status/472916058085408768


こうした場面を垣間見ると、介護・福祉の分野とミュージアムとを結ぶプログラムを検討していかねばならないと切に思うのであった。


ところで昭和館の展示で個人的に気に入ったのは常設入り口にある戦地から夫が妻に宛てて送った手紙と、戦争未亡人の苦労を扱ったコーナーの映像展示のある映像。手紙の方は奥さんを想うご主人の暖かさが伝わってきた。終戦直後、夫が戦死して厳しい生活の中子供を育てている未亡人の映像で「生活は苦しいがなんとか、子供を立派にしたい」と答えていた母親の凛とした姿に涙が浮かんだ。息子さん達は今どうしているだろうか。



高鍋町、旧吉田家住宅のオープンハウス。

2014-04-10 13:55:24 | まちづくり
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旧高鍋藩の武家屋敷群は、高鍋町の旧市街地にその面影を色濃くのこしています。その中で旧吉田家住宅は高鍋藩中級武士の家系の住宅で、江戸後期のものです。

この家の出身の吉田貞吉は住友系の四国電力で活躍し、水力・火力発電事業で名を知られた方です。現在はお孫さんのブヴィエ・津上友子さん(フランス在住)が所有・管理されています。

現在、この吉田邸をリノベーションし、活用していこうという活動が行われています。多くの方に旧吉田家住宅や津上さんの建物に対する想いを知って頂くという事から、オープンハウスが開催されるとの事です。

■ 企画内容
□ オープンハウス(身近な歴史的建造物の保存・活用について一緒に考えてみませんか)
□ アンテナショップ(衣食住ギャラリーショップ安[久米商店内・高鍋町内]店主黒木由香さんの出店) 
□ ライブハウス(津軽三味線 篠笛 草笛など 予定)
□ カフェ(抹茶とお菓子)
□ ギャラリー(地域の住まいづくりパネル展   建築家-柴睦巳の取組み)
■ 入場無料
■ 日時:2014年4月12日(土)13時30分~16時30分 
2014年4月13日(日)10時00分~16時30分 (ライブハウス・カフェは13日の午後のみ)
■ 場 所旧吉田家   (住所:高鍋町北高鍋824)
■ 関わる人ブヴィエ・津上友子(フランス在住、フランス・スイスで日本語・日本文学教師)
黒木由香(安心な食べ物、安心な人間関係、安心な自然環境、安心な経済をめざす素敵な方)
久保昌也(旧吉田家改修に関わり高鍋町内の歴史的町並みの成り立ちに詳しい東京在住の建築家)
田中隆吉(前高鍋町美術館長)
柴 睦巳(諸塚村産直住宅に取組む建築家)
■ 連絡先 柴設計 m_shiba@pop07.odn.ne.jp 0985-32-0866  ※当日連絡先 柴090-2080-2642


 「oh03.pdf」をダウンロード




合意形成と妥協のもたらすもの。

2013-12-14 05:48:50 | まちづくり
合意形成と妥協のデザインが中途半端になる可能性についてふと考える。

コミュニティ内部には様々な条件にある人が混在しているのが普通である。それは学校のような比較的均質にみえる場合でも同様である。そのような人的条件においてなんらかのプロダクトに関して合意形成していく場合、たとえプロセスを共有したとしても中間的な妥協点に落ち着いてしまう場合がほとんどである。特にファシリテーターにプロダクティブな力量が伴っていない時はそれに陥りやすい。

この事を回避する方法として、仲裁者として外部の特化した専門家が入ってきた場合がある。それがハード部分であるならば、メンバーはしぶしぶではあるが納得してしまう事も多い。すなわち、カタチにする力量をそこで見せ付けられるからである。ところがこれは、ソフト部分の場合には特有の困難さがあるのも確かである。すなわちソフト部分の場合、今日の合意形成においては共同体のメンバーに広く間口を広げている事もあって、本来はハード部分と同様一定の知識レベルが要求されるべきソフト部分のデザインの複雑さが、一見誰でも出来そうに見えてしまうからである。

そうした問題から、極めてタイトな組み合わせの上に成り立つソフト部分のデザインの構造体に対して、知識を持たない参加者でも安易に意見をするようになってしまう。議論の構成員の背景が近いならばまだいいのだが、前述したように様々な人材が集まるのが普通である。

そうすると結局、意見の多様性を一見受け入れているようにみえながらも、まちづくりの合意形成は議論にいつも参加出来る人の意見が通りやすくなってしまう。そうすると会社員のような日中の共同体構成員ではない人々等はマイノリティに陥り勝ちであり、場合によっては彼らがあるプロダクトに対する批判者となってしまう恐れがある。議論に参加してない人は共同体への参加に関心がないかというとそんな事はない。

彼らはマイノリティ化しても、一定の同人層として異なったレイヤーで活動したり、同じ空間であってもパラレルに行動していけるのならばいい。例えば特定の趣味層や特定の時間帯・地縁をのこしながらの電子空間内での活動がそれにあたる。だがそれは、たとえ希薄であっても同じ嗜好を共有出来る人々の員数が一定程度存在しないと成り立たないものでもある。都会であればそれは可能であろう。都会は地縁が希薄な代わりにそうした別の共同体を形成できる。ところが地方だとそうした同人層を形成するだけの人口がいないという問題点がある。

これは感覚なのだが、同人層と地縁層のどちらが強いかというと、人口30万~40万人クラスが境界線なのではないか。同人層が強ければマイノリティが活動出来るだけのコミュニティ成員数を形成出来る。ところが地縁層の方が強い場合はそうは行かない。先述した、議論に毎回参加出来る人々の力が強くなり勝ちになってしまうからだ。この問題をどう回避していけばいいのか?



戦争と、その前後の時代をテーマとしたワークショップを開催した。

2013-11-30 18:09:09 | まちづくり
11月27日に延岡展示室で、戦争体験をテーマとしたワークショップを実施した。
集まって頂いた方々は終戦当時延岡小学校の5年生だった同級生の方々で、皆さんは今でも交流がある。以前から博物館資料を活用した回想法的手法の研究活動にもご協力して頂いている。

皆さんは先ごろ、戦争に関する自らの記憶をまとめた記録集を出されたのだが、それを契機に一度集まる機会はもてないものか、という話が出ていた。そこで、僕自身も空襲のあった延岡と、その前後の人々の様子を実際伺いたかった事もあって、ワークショップというかたちで皆さんにいらして頂いた。

丁度、ここには様々な過去の写真や地図といった資料もある。その中で皆さんの記憶を辿っていける事はなによりだと思った。

実際に様々な興味深いお話を伺えたと同時に、参加された皆さんが将来に対して伝えていく役割意識を強く持ったという感想もあって満足いく結果となったと思う。

内容については今後まとめていく事を考えたいが、例えば空襲の際に火災旋風が発生していた等、これまで知られていなかった証言あり、それが具体的に地図に落とせたのは重要であった。


写真は延岡空襲当時実際に使用された防空頭巾を手に取りながら、その記憶を語って頂いている所。
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延岡市立図書館企画、写真展"なつかしい延岡の風景"。

2013-11-19 14:29:24 | まちづくり
11月19日より12月6日の間、延岡市立図書館にて、写真展『なつかしい延岡の風景<どこコレ?ノベオカ>』を開催しています(主催:延岡市立図書館、共催:九州保健福祉大学山内研、協力:延岡市内藤記念館)。

延岡市制80周年記念の一環という事で、特に内藤記念館所蔵の郷土史家小嶋政一郎氏の撮った昭和30年代後半から40年代前半の延岡のまちなみカラー写真を展示しています。

今年9月に2020年の東京オリンピック開催が決定致しましたが、昭和39(1964)年の東京オリンピックの興奮を伝えるべく、聖火リレーが延岡にやってきた当時の写真と新聞記事(市立図書館所蔵)も展示しています。

また、「この写真知ってる!」という方は、会場に付箋紙と筆記用具を用意しております。書き込んで該当する写真タイトル下に貼り付けて下さい。内容によっては期間中に展示に反映させる他、今後のまちづくり活動に活用していきます。

先ほど見に行った所、早速見学者の姿が。付箋で見学者の記憶も書かれていた。



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なぞのターザンおじさん。

2013-11-17 11:41:09 | まちづくり
昔の新聞記事は今とリテラシーが異なるのか、面白い文章が多い。
地方新聞なんかは特に。

下記は昭和39年9月9日の夕刊デイリーより。
宮崎から出発した東京オリンピックの聖火関連の記事をみていて発見。

見出しにつられて内容はまだ読んでない(笑)
どなたか詳細ご存知でしょうか?
Tarzan


古い写真を比較する。

2013-11-17 08:04:49 | まちづくり
全く異なったところから出てきた写真に関連性を見出す事がたまにあって、それが同じ土地で、しかもパブリックスペースの場合だと色々と重なってくる。

国防婦人会というのは戦時中にあった女性の団体で、軍人の援助や貯蓄の奨励・生活刷新などの活動を行った。割烹着にたすきがけの姿はドラマなどでおなじみだが、そうしたファッションはアピールを含めた協働の作業の場合に行われるものであったと考えるべきであろう。

さて、昭和10年代の写真からそうした様相が伺える。
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写真左上は昭和17年頃の岡富小学校講堂での記念写真で、写真の隠れた部分に慰問の物資が置かれている。こうした事から国防婦人会による作業時の記念写真だと以前から考えていた。これはかつて自宅が写真店を営んでいた方から提供を受けたものである。

右は昭和50年頃、戦前からあった、岡富小学校木造校舎が解体される前に市民が撮影したもの。これ以外にも左の講堂の写真もある。

そして左下はまさしく、国防婦人会の方々が作業を行っている様子である。右の写真と比べると照明の形態が異なっているのがわかる。これは延岡市図書館が所有している写真(複写)である。

ここからわかるのは、岡富小学校の校舎で国防婦人会による作業が実際に行われていた点、そしてそうした歴史の痕跡が昭和50年頃まではのこっていたという事である。


戦前コーナー。

2013-11-02 14:29:04 | まちづくり

昭和7年の延岡市街図を中心にWW2戦前から戦中をイメージした展示を制作している。地図を展示する薄手のアクリル板で丁度いいサイズがなく、2枚の板を真ん中で合わせている。もう一枚の写真は防空頭巾とリュックサックで、当然こちらも戦時中のものである。



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今日来られた方とお話していて興味深い点が一つ。それは"懐かしい"の範疇が変化しつつある事。すなわち僕が5・6年前にこうした活動を実験的に開始した際に、前期から後期に入っていく高齢者が懐かしいと感じる範囲は戦時中から昭和30年代だった。ところが今回、山下新店街のアーケードが出来る昭和30年前後の写真を展示しても、それを懐かしいと感じる人よりも"昔はこういう事があったんだ"という感想をもらす人が増えている。戦時中などなおさらだ。



かわって、入ってきたのは昭和40年代初頭。この時代を懐かしいと感じている世代が増えている様子がある。前の時代は懐かしいから歴史の世界に入っていきかけているのかもしれない。





岡本一平のカルタ。

2013-10-26 17:50:42 | まちづくり
市立図書館でみつけた昭和初期の新聞記事に明治製菓の広告があって、それが見開きを使ったカルタになっていた。どうやら切り抜いて遊べるものらしい。

もちろん貴重なものなので切り抜くわけにはいかないので複写してみたのだが、よくよくみたら"岡本一平"の作品であった。あの岡本太郎画伯の父、漫画家として一世を風靡した人物だ。

切り抜いて、着色して延岡展示室の畳の上に並べている。
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今日、来て頂いたご家族。

2013-10-25 16:54:10 | まちづくり
昨日、地元夕刊紙に延岡展示室の事が掲載されてからの反応があって、職場に3件もの電話があったとの事。
で、会場の方は本日は閉めていて、展示替えをしていたのだけれども、わざわざ来場されたお客さんがいらした。

"懐かしいねえ!!"と第一声。何度も見返すようにご主人と二人寄り添いながら展示を観られている。
動物園の写真の所。青いゾウの滑り台の写真で、語りかけるように、"この滑り台の上で息子が仮面ライダーの変身、やってたのよ"と。

実はその息子さんも一緒に、いらしていたのだった。

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延岡展示室、11月の日程。

2013-10-25 10:15:33 | まちづくり
延岡展示室、11月のオープン日程は下記の通り。

11/1・2・3・4・6・7・8・10・12・13・15・16・20・22・25・27・29・30

時間は10時~15時。

展示は細かく変化していく。展示制作を行っている時もご覧になって頂きたいと思う。皆さんと対話しながら、つくっていきたいと考えている。

天井から吊るした写真。
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下は、湿気で曲がってしまっている所。
温湿度管理の出来るミュージアムと違って、空き店舗を活用するとこの辺がなかなか苦労している。


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展示活動を行っています。

2013-10-25 06:29:15 | まちづくり
これまで研究の関係からほとんど宣伝してこなかったのですが、延岡市内を中心に刊行されている夕刊紙に早々と出てしまったので、ここでも紹介します。

延岡市栄町2-12、和田ビル1F(かつてパープルという靴屋さんでした)の空き店舗をお借りして、小規模な展示活動を行っています。

延岡展示室と名付けております。詳細についてはwebの方をごらん頂きたいのですが、延岡のまちなかに関する主に近代後半期に関わる内容をテーマとしています。

実は一般に向けてオープンするのは11月で考えております。毎日あいているわけではないのですが開期日程はちかじかお知らせします。土日もなるべく公開する事にします。

現在急いで展示変えをおこなっていますが、台風のおかげで雨が強くて...。

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