博物館のない大学での学内実習
学芸員養成における博物館実習のうち、学内実習については、文部科学省が平成21年に出した『博物館実習ガイドライン』で「博物館における館園実習の事前・事後指導と他の科目の補足を兼ねて、学内の実習施設等において資料の取り扱いや収集、保管、展示、整理、分類等の方法、調査研究の手法等について学ぶことを目的とする」とされている(ガイドラインP.3)。このうち、特に「資料を実際に取り扱う「実務実習」」(同p.4)については、単位・時間数を「2単位相当以上とし、延べ60時間から90時間程度以上」、実習施設について「学内の附属博物館等を活用することが望ましい」とされている。
ところが学芸員養成を実際に担う大学の全て(特に大規模都市圏にない大学)が大学博物館を設置している訳ではなく、また比較的歴史の浅い所ではコレクションそのものが希薄なので、授業で身近に取り扱える資料も限定されている。一つの解決策として大学の所在する地元自治体等のミュージアムと連携する事によって状況を改善し、学習活動に支障を生じさせない運営をはかる方法があるが、大学からの依存は地域博物館へ負担を生じさせる結果につながってしまうので、そうした問題を出来るだけ回避する必要がある。
九州保健福祉大学では平成21年度に学芸員養成課程を開設し、翌々年から博物館実習を開講した。本課程では設置されている学科の特徴を主体とする一方で、現代的なニーズに基づく地域社会に根付いた博物館活動・教育を視野に入れている事から、一方では動物園・生物学系を主体とした学習、もう一方では地域性の強い資料の取り扱いが行える技術の獲得を目指している。そうした事から県内動物園・市内歴史系博物館から非常勤講師を招聘して博物館資料論と博物館展示論を開講し、また関連科目として学科・学部の専門性を踏まえた科目や他の資格課程での実習を踏まえているので、博物館資料の取り扱いに関連する学習活動をこれによって補っている。
だが本来取り扱える資料を手元に持って行うべきであると考えている博物館(学内)実習のうち、実務実習においてはこうした資料の蓄積がない。そこで本実習では地域社会の諸問題解決を課題として据え、学生による企画展示の実施を実務実習の中心的な内容としている。この内容は平成24年度の実習生から開始し、同年度は地域社会の記憶を喚起する事で世代間のコミュニケーションの活性化や介護・認知症予防、若年層の地域社会に対する知識の蓄積を目的とした企画、翌25年度には工業都市として繁栄してきた地域社会における環境保全をテーマとした企画を実施した。
課題解決型の学内実習への取り組み
課題解決型学習・プロジェクト型学習等は能動的学修(アクティブ・ラーニング)の手法であり、近年は中等・高等教育の中に積極的に取り入れられている。問題を中心に据え、その解決を図る目的のもとに学修活動を展開する過程を体験する事で現実社会での問題解決のイメージづくりができる学修者の育成と、深い定着がはかられる学習効果の高さが、こうした学習が求められている背景にある(中山2013)。
衰退の進む地方において顕在している様々な課題の解決が試みられているが、ミュージアムもまた、そうした一役を担う場であり、さらにミュージアムでの様々な機能と作業は能動的な学修と親和性が高い。そして学芸員養成の諸科目において実務そのものを学習する学内実習は、この課題解決を目的としたシミュレーションに適応しやすい。こうした能動的な学修活動においてはPBL教育が近年、中等・高等教育において推進されているが、これらの動向を踏まえながら授業設計を行っている(註。
具体的には地域社会における課題を実習生自らが発見し、PDCAサイクルをベースとして組み立てられた毎回の授業を通じて、企画展のテーマ設定→資料調査→展示物作成・広報活動・教育普及活動の企画化→企画の実施→評価という一連の流れを理解していく。
初回イントロダクションにおけるアイスブレイクとして 「企画展のアイデアをトレーニングしてみる」というテーマで問題の提示とグループセッションを行い、次の段階で本格的な課題設定と企画テーマの確定に入っていく。この間に実習生は自らが学修活動で得た事象と次回に目標とする課題を記述しておく。一種のポートフォリオの役目を持つこの記載は実習初期段階においては抽象的な反省点の羅列と曖昧な目標を掲げるにすぎないのだが、回を増していくと次第に内容が具体化していく傾向にある。地域社会の課題を取り上げ、これを企画テーマとして集約していく間に自己学習とグループセッションを繰り返すが、合意形成の手法としては単純なディスカッションではなく、コミュニティデザインの手法としてまちづくり活動で実施されているワークショップ手法を取り入れている。
実習生は企画テーマを確定した後、企画・展示、広報、教育普及の各班に作業を分担するが、企画内容の資料調査については全員で行い、また班単位の作業進行中では各班の相互評価を実施する事で、実習生個々人が企画の全体像を見失わない様に心がけている。
市中心部に所在する展示スペースを有する「まちづくりセンター」で開催する企画展示では、実習生は来場者から様々な反応を得、発生する大小のトラブルにいかに対処していくかを学修していく。企画終了後には実務実習の最後として事後の点検・評価を行う。この点検・評価では来場者からの感想を確認した後、各作業班単位で自己評価を行い、さらにこれを別の班の人員が評価するという相互手法を採っている。これによって実習生が自分自身で獲得した学習内容を再発見・確認していけるように促している。
過去2ヵ年度間に行った課題解決型の学内実習からは問題点も確認された。例えば1)資料調査による知識の共有や相互評価の実施によって回避しようとしたものの、班単位での分業化による実習生の知識の断片化を防げてはおらず、さらに系統的な学習に比べて実習生への均質な学習効果が不明瞭な点、2)課題抽出から企画化-展示の実施-評価までを行うには半期セメスターでは短く、知識基盤形成が不完全なまま企画を実施しなければならないので、来場者に対して不完全な情報を提供する事になる点等がそれである。
註:医療分野において発展したProblem Based Learningや工学分野におけるProject Based LearningはいずれもPBLと略され、ある課題に対して少人数で解決していく点でとその過程で見られる学習のプロセスや効果が共通している。前者では学習のプロセスが明確に定義され、後者では学習は個別の実践に委ねられている(湯浅他2011)。
参考文献
中山留美子2013「アクティブ・ラーナーを育てる能動的学修の推進におけるPBL教育の意義と導入の工夫」『21世紀教育フォーラム』第8号 弘前大学
湯浅且敏、大島純、大島律子2011「PBLデザインの特徴とその効果の検討」『静岡大学情報学研究』16 静岡大学
※平成26年度日本博物館学会での発表要旨。
学芸員養成における博物館実習のうち、学内実習については、文部科学省が平成21年に出した『博物館実習ガイドライン』で「博物館における館園実習の事前・事後指導と他の科目の補足を兼ねて、学内の実習施設等において資料の取り扱いや収集、保管、展示、整理、分類等の方法、調査研究の手法等について学ぶことを目的とする」とされている(ガイドラインP.3)。このうち、特に「資料を実際に取り扱う「実務実習」」(同p.4)については、単位・時間数を「2単位相当以上とし、延べ60時間から90時間程度以上」、実習施設について「学内の附属博物館等を活用することが望ましい」とされている。
ところが学芸員養成を実際に担う大学の全て(特に大規模都市圏にない大学)が大学博物館を設置している訳ではなく、また比較的歴史の浅い所ではコレクションそのものが希薄なので、授業で身近に取り扱える資料も限定されている。一つの解決策として大学の所在する地元自治体等のミュージアムと連携する事によって状況を改善し、学習活動に支障を生じさせない運営をはかる方法があるが、大学からの依存は地域博物館へ負担を生じさせる結果につながってしまうので、そうした問題を出来るだけ回避する必要がある。
九州保健福祉大学では平成21年度に学芸員養成課程を開設し、翌々年から博物館実習を開講した。本課程では設置されている学科の特徴を主体とする一方で、現代的なニーズに基づく地域社会に根付いた博物館活動・教育を視野に入れている事から、一方では動物園・生物学系を主体とした学習、もう一方では地域性の強い資料の取り扱いが行える技術の獲得を目指している。そうした事から県内動物園・市内歴史系博物館から非常勤講師を招聘して博物館資料論と博物館展示論を開講し、また関連科目として学科・学部の専門性を踏まえた科目や他の資格課程での実習を踏まえているので、博物館資料の取り扱いに関連する学習活動をこれによって補っている。
だが本来取り扱える資料を手元に持って行うべきであると考えている博物館(学内)実習のうち、実務実習においてはこうした資料の蓄積がない。そこで本実習では地域社会の諸問題解決を課題として据え、学生による企画展示の実施を実務実習の中心的な内容としている。この内容は平成24年度の実習生から開始し、同年度は地域社会の記憶を喚起する事で世代間のコミュニケーションの活性化や介護・認知症予防、若年層の地域社会に対する知識の蓄積を目的とした企画、翌25年度には工業都市として繁栄してきた地域社会における環境保全をテーマとした企画を実施した。
課題解決型の学内実習への取り組み
課題解決型学習・プロジェクト型学習等は能動的学修(アクティブ・ラーニング)の手法であり、近年は中等・高等教育の中に積極的に取り入れられている。問題を中心に据え、その解決を図る目的のもとに学修活動を展開する過程を体験する事で現実社会での問題解決のイメージづくりができる学修者の育成と、深い定着がはかられる学習効果の高さが、こうした学習が求められている背景にある(中山2013)。
衰退の進む地方において顕在している様々な課題の解決が試みられているが、ミュージアムもまた、そうした一役を担う場であり、さらにミュージアムでの様々な機能と作業は能動的な学修と親和性が高い。そして学芸員養成の諸科目において実務そのものを学習する学内実習は、この課題解決を目的としたシミュレーションに適応しやすい。こうした能動的な学修活動においてはPBL教育が近年、中等・高等教育において推進されているが、これらの動向を踏まえながら授業設計を行っている(註。
具体的には地域社会における課題を実習生自らが発見し、PDCAサイクルをベースとして組み立てられた毎回の授業を通じて、企画展のテーマ設定→資料調査→展示物作成・広報活動・教育普及活動の企画化→企画の実施→評価という一連の流れを理解していく。
初回イントロダクションにおけるアイスブレイクとして 「企画展のアイデアをトレーニングしてみる」というテーマで問題の提示とグループセッションを行い、次の段階で本格的な課題設定と企画テーマの確定に入っていく。この間に実習生は自らが学修活動で得た事象と次回に目標とする課題を記述しておく。一種のポートフォリオの役目を持つこの記載は実習初期段階においては抽象的な反省点の羅列と曖昧な目標を掲げるにすぎないのだが、回を増していくと次第に内容が具体化していく傾向にある。地域社会の課題を取り上げ、これを企画テーマとして集約していく間に自己学習とグループセッションを繰り返すが、合意形成の手法としては単純なディスカッションではなく、コミュニティデザインの手法としてまちづくり活動で実施されているワークショップ手法を取り入れている。
実習生は企画テーマを確定した後、企画・展示、広報、教育普及の各班に作業を分担するが、企画内容の資料調査については全員で行い、また班単位の作業進行中では各班の相互評価を実施する事で、実習生個々人が企画の全体像を見失わない様に心がけている。
市中心部に所在する展示スペースを有する「まちづくりセンター」で開催する企画展示では、実習生は来場者から様々な反応を得、発生する大小のトラブルにいかに対処していくかを学修していく。企画終了後には実務実習の最後として事後の点検・評価を行う。この点検・評価では来場者からの感想を確認した後、各作業班単位で自己評価を行い、さらにこれを別の班の人員が評価するという相互手法を採っている。これによって実習生が自分自身で獲得した学習内容を再発見・確認していけるように促している。
過去2ヵ年度間に行った課題解決型の学内実習からは問題点も確認された。例えば1)資料調査による知識の共有や相互評価の実施によって回避しようとしたものの、班単位での分業化による実習生の知識の断片化を防げてはおらず、さらに系統的な学習に比べて実習生への均質な学習効果が不明瞭な点、2)課題抽出から企画化-展示の実施-評価までを行うには半期セメスターでは短く、知識基盤形成が不完全なまま企画を実施しなければならないので、来場者に対して不完全な情報を提供する事になる点等がそれである。
註:医療分野において発展したProblem Based Learningや工学分野におけるProject Based LearningはいずれもPBLと略され、ある課題に対して少人数で解決していく点でとその過程で見られる学習のプロセスや効果が共通している。前者では学習のプロセスが明確に定義され、後者では学習は個別の実践に委ねられている(湯浅他2011)。
参考文献
中山留美子2013「アクティブ・ラーナーを育てる能動的学修の推進におけるPBL教育の意義と導入の工夫」『21世紀教育フォーラム』第8号 弘前大学
湯浅且敏、大島純、大島律子2011「PBLデザインの特徴とその効果の検討」『静岡大学情報学研究』16 静岡大学
※平成26年度日本博物館学会での発表要旨。