田山花袋は、関東大震災で最も被害が大きかった被服廠横を通り、回向院で真っ黒に焼けた地蔵菩薩を見てこのように書いている。
私は安政の地震の時をくり返した。その時にも矢張この川のために遮られて、無数の焼死者を出したのではないか。今日と少しも違わない阿鼻叫喚の状態を呈したのではないか。否、そのために、その霊を慰めるために此処にこの回向院が出来たのではないか。この仏像が出来たのではないか。どうしてこう人間は忘れっぽいのだろう?どうしてこう人間はじき大胆になるのだろう?その時のことを考えて、火除地が残されて置かれてあったのに......。それなのに、いつ誰がそれを元のような人家にしてしまったのか。遁(のが)れる路(みち)もないような市街地にしてしまったのか。私はこんなことを思いながら、長い間じっとそこに立尽していた。
『東京震災記』
私は安政の地震の時をくり返した。その時にも矢張この川のために遮られて、無数の焼死者を出したのではないか。今日と少しも違わない阿鼻叫喚の状態を呈したのではないか。否、そのために、その霊を慰めるために此処にこの回向院が出来たのではないか。この仏像が出来たのではないか。どうしてこう人間は忘れっぽいのだろう?どうしてこう人間はじき大胆になるのだろう?その時のことを考えて、火除地が残されて置かれてあったのに......。それなのに、いつ誰がそれを元のような人家にしてしまったのか。遁(のが)れる路(みち)もないような市街地にしてしまったのか。私はこんなことを思いながら、長い間じっとそこに立尽していた。
『東京震災記』
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