聖クレメンス(30~101年頃) ローマ司教、殉教者
「コリントの信徒への手紙」
さて、昔の人々の手本を離れて、私たちにごく近しい勇士たちのことに移り、私たちの時代の立派な手本を取り出してみましょう。最も偉大で最も正しい柱であった人たちは、ねたみと恨みのゆえに迫害を受け、死に至るまで戦いました。
立派な使徒達を目の前に思い浮かべてみましょう。まずペトロです。ペトロは不正なねたみの故に、一つや二つではなく多くの労苦を耐え忍び、こうして証しを立てた上で、彼に値する栄光を耐え忍び、こうして証しを立てた上で、彼に値する栄光の場所へと去って行きました。パウロはねたみと争いのゆえに忍耐の報いにいたる道を示しました。七度も鎖につながれ、追放され、石を投げつけられ、東方においても西方においても宣教者となって、自分の信仰の立派な栄誉を受けました。彼は全世界に義を教え、西の果てに行った後、支配者たちの前で証しを立て、こうして最大の忍耐の手本残して世を去って、聖なる場所へと旅だったのです。
このように尊く生活したこの二人に、選ばれた人達の大群が加わりました。この人達は、ねたみのゆえに受けた多くの責め苦と拷問を忍び、私たちの間で最も美しい手本となったのです。
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6月30日 ローマ教会最初の殉教者たち (任意)
ネロ皇帝によって行われた教会に対する最初の迫害において、64年のローマ焼失の後、きわめて残酷な方法で多くのキリスト者が処刑された。クレメンスはコリントの信徒に宛てた手紙でこの迫害について述べている。
ペトロ、パウロとともに生きたクレメンスは、使徒達を 私たちにごく近しい勇士たちと表現しています。かれにとっての昔の人々の手本とは旧約時代のことであり、近しい人は聖ペトロ、聖パウロなのです。まだ、新約聖書が教会に広まる前の使徒達が身近であった時代の手紙です。
「コリントの信徒への手紙」
さて、昔の人々の手本を離れて、私たちにごく近しい勇士たちのことに移り、私たちの時代の立派な手本を取り出してみましょう。最も偉大で最も正しい柱であった人たちは、ねたみと恨みのゆえに迫害を受け、死に至るまで戦いました。
立派な使徒達を目の前に思い浮かべてみましょう。まずペトロです。ペトロは不正なねたみの故に、一つや二つではなく多くの労苦を耐え忍び、こうして証しを立てた上で、彼に値する栄光を耐え忍び、こうして証しを立てた上で、彼に値する栄光の場所へと去って行きました。パウロはねたみと争いのゆえに忍耐の報いにいたる道を示しました。七度も鎖につながれ、追放され、石を投げつけられ、東方においても西方においても宣教者となって、自分の信仰の立派な栄誉を受けました。彼は全世界に義を教え、西の果てに行った後、支配者たちの前で証しを立て、こうして最大の忍耐の手本残して世を去って、聖なる場所へと旅だったのです。
このように尊く生活したこの二人に、選ばれた人達の大群が加わりました。この人達は、ねたみのゆえに受けた多くの責め苦と拷問を忍び、私たちの間で最も美しい手本となったのです。
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6月30日 ローマ教会最初の殉教者たち (任意)
ネロ皇帝によって行われた教会に対する最初の迫害において、64年のローマ焼失の後、きわめて残酷な方法で多くのキリスト者が処刑された。クレメンスはコリントの信徒に宛てた手紙でこの迫害について述べている。
ペトロ、パウロとともに生きたクレメンスは、使徒達を 私たちにごく近しい勇士たちと表現しています。かれにとっての昔の人々の手本とは旧約時代のことであり、近しい人は聖ペトロ、聖パウロなのです。まだ、新約聖書が教会に広まる前の使徒達が身近であった時代の手紙です。