聖アンブロジオ(340~397年) ミラノの司教、教会博士
『世からの逃亡について』
人の心がある所には、その人の宝もある。※1 主は願う人々には良い贈り物を与えることを拒まないのが普通だからである。
したがって、主は良い方であり、特に忍耐強く主を待ち望む者に対して良い方であるので、私たちは主に密着し、全霊、全身、全力をあげて主と共にあるように努めよう※2。そうすれば、私たちが主の光の中にとどまって、その栄光を眺め、天上の主の幸福の恵みにあずかるようになる。それゆえ、あらゆる考えと理解を超え、永久の平和と静寂の内におられるあの善に私たちの精神を向けて高め、その善のうちにとどまり、そのうち生き、それに密着しよう。その平和はあらゆる知識と理解を超えるものである。※3
それはすべてに行き渡る善であり、私たちは皆その中に生き、それに依存する。※4 それを超えるものは何もない。それは神という善である。「神おひとりのほかに、善い者はだれもいない」※5からである。したがって善は神であり、神は善である。だから聖書は「み手を開かれれば、すべてはよいものに満ち足りる※6」と言っている。事実、すべてのよいものは当然、善である神から私たちに与えられている。これらのよいものには悪が混入されていないのである。
聖書は信者たちにこれらのよいものを約束して、「あなたがたは大地のよい実りを食べることができる※7」と言う。
私たちはキリストと共に死んだ。キリストのいのちがこの私たちに現れるために、私たちはキリストの死を体にまとっている※8。したがって、もはや私たちの命ではなく、キリストのいのちを生きるのであり※9、潔白ないのち、清潔ないのち、素直ないのち、すべての徳に満ちたいのちを生きるのである。私たちは、キリストと共に復活したのだ。だから、キリストのうちに生き、キリストと共に天に昇るように努めよう。そうすれば、地上で蛇に見つかってかかとをかまれることは無いだろう※10。
・・・
四旬節第二土曜日 読書
第一朗読 出エジプト 20:1-17 十戒
第二朗読 聖アンブロジオ司教の論述『世からの逃亡について』
※1 マタイ6:21参照
あなたの富のあるところに、あなたの心もあるのだ。
※2 マルコ12:30,ルカ 10:27 参照
心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くし、力を尽くして、あなたの神である主を愛しなさい。
※3 フィリピ4:7参照
主において常に喜びなさい。重ねて言います。喜びなさい。
あなたがたの広い心がすべての人に知られるようになさい。主はすぐ近くにおられます。
どんなことでも、思い煩うのはやめなさい。何事につけ、感謝を込めて祈りと願いをささげ、求めているものを神に打ち明けなさい。
【そうすれば、あらゆる人知を超える神の平和が、あなたがたの心と考えとをキリスト・イエスによって守るでしょう。】
※4 使徒17:28参照
神は、一人の人からすべての民族を造り出して、地上の至るところに住まわせ、季節を決め、彼らの居住地の境界をお決めになりました。
これは、人に神を求めさせるためであり、また、彼らが探し求めさえすれば、神を見いだすことができるようにということなのです。実際、神はわたしたち一人一人から遠く離れてはおられません。
【皆さんのうちのある詩人たちも、『我らは神の中に生き、動き、存在する』 『我らもその子孫である』と、言っているとおりです。】
※5 マルコ10:18
イエスは言われた。「なぜ、わたしを『善い』と言うのか。神おひとりのほかに、善い者はだれもいない。
※6 詩編104:28
あなたがお与えになるものを彼らは集め御手を開かれれば彼らは良い物に満ち足りる。
※7 イザヤ1:19
お前たちが進んで従うなら/大地の実りを食べることができる。
※8 2コリント4:10 参照
わたしたちは、いつもイエスの死を体にまとっています、イエスの命がこの体に現れるために。
※9 ガラテヤ2:20 参照
生きているのは、もはやわたしではありません。キリストがわたしの内に生きておられるのです。わたしが今、肉において生きているのは、わたしを愛し、わたしのために身を献げられた神の子に対する信仰によるものです。
※10 創世記3:15 参照
お前と女、お前の子孫と女の子孫の間にわたしは敵意を置く。彼はお前の頭を砕きお前は彼のかかとを砕く。」
聖アンブロジオ
340年頃、ドイツのトリールでローマ人の家庭に生まれる。ローマで勉学に励み、シルミウムで執政官になる。374年にミラノ在住の折、突然同市の司教に選出される。12/7に司教叙階を受けた。司教の職務を誠実に果たし、すべての人に大きないつくしみを示し、信者たちを見事に指導し、教えた。また、教会の権利を皇帝に対して力強く擁護し、アレイオス派に対して著作と行動で正統信仰を守った。397年の聖土曜日にあたる4月4日に死去。
正教会・非カルケドン派・カトリック教会・聖公会・ルーテル教会の聖人(聖アンブロジウス、聖アムブロシイ)
聖アンブロジオ(女子パウロ会の聖人カレンダーへ)
http://www.pauline.or.jp/calendariosanti/gen_saint50.php?id=120701
ベネディクト十六世の「使徒の経験から見た、キリストと教会の関係の神秘」についての連続講話でアンブロジオについて話されました。
http://www.cbcj.catholic.jp/jpn/feature/benedict_xvi/bene_message256.htm
『世からの逃亡について』

したがって、主は良い方であり、特に忍耐強く主を待ち望む者に対して良い方であるので、私たちは主に密着し、全霊、全身、全力をあげて主と共にあるように努めよう※2。そうすれば、私たちが主の光の中にとどまって、その栄光を眺め、天上の主の幸福の恵みにあずかるようになる。それゆえ、あらゆる考えと理解を超え、永久の平和と静寂の内におられるあの善に私たちの精神を向けて高め、その善のうちにとどまり、そのうち生き、それに密着しよう。その平和はあらゆる知識と理解を超えるものである。※3
それはすべてに行き渡る善であり、私たちは皆その中に生き、それに依存する。※4 それを超えるものは何もない。それは神という善である。「神おひとりのほかに、善い者はだれもいない」※5からである。したがって善は神であり、神は善である。だから聖書は「み手を開かれれば、すべてはよいものに満ち足りる※6」と言っている。事実、すべてのよいものは当然、善である神から私たちに与えられている。これらのよいものには悪が混入されていないのである。
聖書は信者たちにこれらのよいものを約束して、「あなたがたは大地のよい実りを食べることができる※7」と言う。
私たちはキリストと共に死んだ。キリストのいのちがこの私たちに現れるために、私たちはキリストの死を体にまとっている※8。したがって、もはや私たちの命ではなく、キリストのいのちを生きるのであり※9、潔白ないのち、清潔ないのち、素直ないのち、すべての徳に満ちたいのちを生きるのである。私たちは、キリストと共に復活したのだ。だから、キリストのうちに生き、キリストと共に天に昇るように努めよう。そうすれば、地上で蛇に見つかってかかとをかまれることは無いだろう※10。
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四旬節第二土曜日 読書
第一朗読 出エジプト 20:1-17 十戒
第二朗読 聖アンブロジオ司教の論述『世からの逃亡について』
※1 マタイ6:21参照
あなたの富のあるところに、あなたの心もあるのだ。
※2 マルコ12:30,ルカ 10:27 参照
心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くし、力を尽くして、あなたの神である主を愛しなさい。
※3 フィリピ4:7参照
主において常に喜びなさい。重ねて言います。喜びなさい。
あなたがたの広い心がすべての人に知られるようになさい。主はすぐ近くにおられます。
どんなことでも、思い煩うのはやめなさい。何事につけ、感謝を込めて祈りと願いをささげ、求めているものを神に打ち明けなさい。
【そうすれば、あらゆる人知を超える神の平和が、あなたがたの心と考えとをキリスト・イエスによって守るでしょう。】
※4 使徒17:28参照
神は、一人の人からすべての民族を造り出して、地上の至るところに住まわせ、季節を決め、彼らの居住地の境界をお決めになりました。
これは、人に神を求めさせるためであり、また、彼らが探し求めさえすれば、神を見いだすことができるようにということなのです。実際、神はわたしたち一人一人から遠く離れてはおられません。
【皆さんのうちのある詩人たちも、『我らは神の中に生き、動き、存在する』 『我らもその子孫である』と、言っているとおりです。】
※5 マルコ10:18
イエスは言われた。「なぜ、わたしを『善い』と言うのか。神おひとりのほかに、善い者はだれもいない。
※6 詩編104:28
あなたがお与えになるものを彼らは集め御手を開かれれば彼らは良い物に満ち足りる。
※7 イザヤ1:19
お前たちが進んで従うなら/大地の実りを食べることができる。
※8 2コリント4:10 参照
わたしたちは、いつもイエスの死を体にまとっています、イエスの命がこの体に現れるために。
※9 ガラテヤ2:20 参照
生きているのは、もはやわたしではありません。キリストがわたしの内に生きておられるのです。わたしが今、肉において生きているのは、わたしを愛し、わたしのために身を献げられた神の子に対する信仰によるものです。
※10 創世記3:15 参照
お前と女、お前の子孫と女の子孫の間にわたしは敵意を置く。彼はお前の頭を砕きお前は彼のかかとを砕く。」
聖アンブロジオ
340年頃、ドイツのトリールでローマ人の家庭に生まれる。ローマで勉学に励み、シルミウムで執政官になる。374年にミラノ在住の折、突然同市の司教に選出される。12/7に司教叙階を受けた。司教の職務を誠実に果たし、すべての人に大きないつくしみを示し、信者たちを見事に指導し、教えた。また、教会の権利を皇帝に対して力強く擁護し、アレイオス派に対して著作と行動で正統信仰を守った。397年の聖土曜日にあたる4月4日に死去。
正教会・非カルケドン派・カトリック教会・聖公会・ルーテル教会の聖人(聖アンブロジウス、聖アムブロシイ)
聖アンブロジオ(女子パウロ会の聖人カレンダーへ)
http://www.pauline.or.jp/calendariosanti/gen_saint50.php?id=120701
ベネディクト十六世の「使徒の経験から見た、キリストと教会の関係の神秘」についての連続講話でアンブロジオについて話されました。
http://www.cbcj.catholic.jp/jpn/feature/benedict_xvi/bene_message256.htm