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毎日の読書 「教会の祈り」

私たちはキリストの体の一部 「聖務日課(読書)」より

聖クレメンス一世 小道は多いが、道は一つ

2012-05-04 00:03:19 | 聖クレメンス一世
聖クレメンス一世(30~101年頃) ローマ司教、殉教者
『コリントの信徒への手紙』
愛する皆さん、私たちが救いを見いだす道とは、私たちの奉献の大祭司、私たちの諸々の弱さの保護者であり、また助け手であるイエス・キリストです。

キリストを通して私たちは天の高みにじっと目を注ぎ、キリストを通して神の汚れない崇高な顔を鏡に映すかのように眺め、キリストを通して私たちの心の目は開かれ、キリストを通して私たちの鈍く暗い精神も再び光を受けて開花し、キリストを通して主なる神は不死の知恵を私たちに味わわせてくださいました。キリストは神のみいつの「反映であって※1」、「天使たちより優れた者となられました。天使たちの名より優れた名を受け継がれたからです※2。」

それで、兄弟の皆さん、非の打ち所のないキリストの命令に従い、全力をあげて私たちの兵役の務めを果たそうではありませんか。

・・・

私たちの体の事を取り出してみましょう。頭は足なしにはどうにもなりませんし、足も頭なしにはどうにもなりません。私たちの体の最も小さな部分でも、全体にとってはかけがえのないものであり、役に立っているのです。体の全ての部分は、全身を健康に保つために、意を合わせ、相互に従いながら奉仕しているのです。

それゆえ、イエス・キリストにおける私たちの体の全体が、健全であるようにしましょう。そして一人一人が、自分が受けた賜物に応じて隣人に従うことにしましょう。強い人は弱い人を配慮し、弱い人は強い人を尊敬しなさい。富む人は貧しい人を助け、貧しい人は自分の欠乏を満たしてくれる人を与えて下さった神に感謝しなさい。知恵のある人は、その知恵の言葉によってではなく善行によって示しなさい。謙遜な人は、自らその正しさを主張するのではなく、他の人が自分について証しするのにまかせなさい。肉体を純潔に保っている人は、節制を支えて下さるのは別の方だということをわきまえて、尊大になってはなりません。

兄弟の皆さん、私たちがどのような素材で作られ、この世に来たとき、私たちが何者で、どのような本性を持っていたのか、また、私たちを形づくり創造してくださった方が、どのような墓、どのような闇から、ご自分の世界へと私たちを導いて下さったかについて、よく考えてみましょう。神は、私たちが生まれる以前にその恵みをすでに備えておられたのです。

私たちはこれらすべてを、神からいただいているのですから、すべてについて神に感謝しなければなりません。栄光が神に世々にありますように。アーメン。



復活節第四金曜日
第一朗読 黙示録17:1-18
第二朗読 聖クレメンス1世『コリントの信徒への手紙』

※1 ヘブライ1:3
御子は、神の栄光の反映であり、神の本質の完全な現れであって、万物を御自分の力ある言葉によって支えておられますが、人々の罪を清められた後、天の高い所におられる大いなる方の右の座にお着きになりました。

※2 ヘブライ1:4
御子は、天使たちより優れた者となられました。天使たちの名より優れた名を受け継がれたからです。



聖クレメンス一世(紀元30~101年 在位 91~101年)
初代教会時代のローマ司教。使徒パウロ、使徒ペトロから教えを受けた、使徒教父の一人。彼がローマ司教となった時、使徒は聖ヨハネを除いて殉教していた。カトリック教会、正教会、聖公会、ルーテル教会などで聖人。

女子パウロ会 聖人カレンダーへ
http://www.pauline.or.jp/calendariosanti/gen_saint50.php?id=112301

ベネディクト十六世の「使徒の経験から見た、キリストと教会の関係の神秘」の連続講話で、ローマの聖クレメンスが紹介されています。エウセビオス(263年ごろ~339年)の時代にも、クレメンスの手紙は、信者の集会で公に読まれていました。
http://www.cbcj.catholic.jp/jpn/feature/benedict_xvi/bene_message194.htm

聖クレメンス一世 悔い改めなさい

2012-02-22 00:00:00 | 聖クレメンス一世
聖クレメンス一世(30~101年) ローマ司教
『コリントの信徒への手紙』
キリストの御血を見つめ、御父にとってどれほど値の高いものであるかを理解しましょう。その血は私たちの救いのために流され、全世界に悔い改めの恵みをもたらしたものだからです。

あらゆる時代に思いを馳せて、主が各時代にそのつど、主のもとに戻ろうとしている人々に「悔い改めの機会をお与えになった」※1ことを学びましょう。ノアは悔い改めを説き、それに聞き従った人達は救われました。ヨナはニネベの人々に破滅を説きました。そこで彼らは自分たちの罪を悔い改め、祈りによって神の怒りを和らげて、神から離れていた異邦人であったにもかかわらず救いを得ました。※2

神の恵みに仕える人達は、聖霊に動かされて悔い改めについて語りました。万物の主ご自身も、悔い改めについて誓いをもってこう語られました。「私は生きている、と主は言われる。私は罪人が死ぬのを望まない。むしろ罪人が悔い改めることを望む。※3」 そして優しい宣言を付け加えておられます。「イスラエルの家よ、あなたたちの不法を悔い改めよ※4。我が民の子らにこう言いなさい。たとえあなたたちの罪が力天に達するほどであっても、緋色より赤く、粗布より黒くても、もし真心から私に立ち帰り、『父よ』と言うならば、私はあなたたちの声を聖なる民の声として聞こう※5。」

神は、その愛する者たちが悔い改めにあずかることを望み、全能の意志をもってこのように定めてくださったのです。

それゆえ、神の偉大で栄光ある意志に従い、そのあわれみといつくしみに祈ってひれ伏し、その慈愛に立ち帰って、むなしい業、闘争心、また死に導くねたみを捨てるようにしましょう。


灰の水曜日 今日から四旬節が始まります。

灰の水曜日の説明(女子パウロ会より)
http://www.pauline.or.jp/calendariocappella/cycle0/ash_wed.php

四旬節の説明(カトリック中央協議会より)
http://www.cbcj.catholic.jp/jpn/tenrei/sijunsetsu.htm

※1 知恵の書 12:9~10
神を信じない者たちを戦いのさなかに、神に従う人々の手に渡し、獰猛(どうもう)な獣や厳しい言葉で即座に滅ぼすことも、あなたにとって不可能ではなかった。
しかし、あなたは徐々に罰を加えながら、悔い改めの機会を与えておられた

※2 ヨナ 3:4-10
ヨナはまず都に入り、一日分の距離を歩きながら叫び、そして言った。「あと四十日すれば、ニネベの都は滅びる。」
すると、ニネベの人々は神を信じ、断食を呼びかけ、身分の高い者も低い者も身に粗布をまとった。
このことがニネベの王に伝えられると、王は王座から立ち上がって王衣を脱ぎ捨て、粗布をまとって灰の上に座し、王と大臣たちの名によって布告を出し、ニネベに断食を命じた。
「人も家畜も、牛、羊に至るまで、何一つ食物を口にしてはならない。食べることも、水を飲むことも禁ずる。人も家畜も粗布をまとい、ひたすら神に祈願せよ。おのおの悪の道を離れ、その手から不法を捨てよ。そうすれば神が思い直されて激しい怒りを静め、我々は滅びを免れるかもしれない。」
神は彼らの業、彼らが悪の道を離れたことを御覧になり、思い直され、宣告した災いをくだすのをやめられた。

※3 エゼキエル 33:11
彼らに言いなさい。わたしは生きている、と主なる神は言われる。わたしは悪人が死ぬのを喜ばない。むしろ、悪人がその道から立ち帰って生きることを喜ぶ。立ち帰れ、立ち帰れ、お前たちの悪しき道から。イスラエルの家よ、どうしてお前たちは死んでよいだろうか。

※4 エゼキエル 18:30
それゆえ、イスラエルの家よ。わたしはお前たちひとりひとりをその道に従って裁く、と主なる神は言われる。悔い改めて、お前たちのすべての背きから立ち帰れ。

※5 イザヤ1:16-20
洗って、清くせよ。悪い行いをわたしの目の前から取り除け。悪を行うことをやめ善を行うことを学び裁きをどこまでも実行して搾取する者を懲らし、孤児の権利を守り やもめの訴えを弁護せよ。
論じ合おうではないか、と主は言われる。たとえ、お前たちの罪が緋のようでも雪のように白くなることができる。たとえ、紅のようであっても/羊の毛のようになることができる。
お前たちが進んで従うなら大地の実りを食べることができる。かたくなに背くなら、剣の餌食になる。
主の口がこう宣言される。


聖クレメンス一世(紀元30~101年 在位 91~101年)
初代教会時代のローマ司教。使徒教父の一人。カトリック教会、正教会、聖公会、ルーテル教会などで聖人。

ベネディクト十六世の「使徒の経験から見た、キリストと教会の関係の神秘」の連続講話で、ローマの聖クレメンスが紹介されています。エウセビオス(263年ごろ~339年)の時代にも、クレメンスの手紙は、信者の集会で公に読まれていました。
http://www.cbcj.catholic.jp/jpn/feature/benedict_xvi/bene_message194.htm

聖クレメンス すべての人を信仰によって義とされた

2012-01-14 22:26:02 | 聖クレメンス一世
聖クレメンス一世(30-101年) ローマ司教、殉教者
『コリントの信徒への手紙』
わたしたちは神の祝福に心を留め、祝福の道がどのようなものであるか見ることにしましょう。初めからの出来事を想起しましょう。わたしたちの父アブラハムはなぜ祝福されたのでしょうか。アブラハムが信仰によって義とまことを実践したからではありませんか。イサクは起こるル事を知りながら、信頼を持って喜んでいけにえとして連れて行かれました。ヤコブはへりくだって、兄の故に故郷を後にしてラバンの所へ行き、彼に仕えました。そして彼にイスラエルの十二の笏(しゃく)が与えられました。

もしある人が、神の賜物一つひとつを偏見無く熟考するならば、それらの賜物の偉大さを理解することでしょう。事実神の祭壇に奉仕するすべての祭司とレビ人がヤコブの子孫であり、主イエスも肉によれば彼の子孫であり、また王たち、君主たち、指導者たちも、ユダを通してもうけられた彼の子孫です。そして、ヤコブの他の笏も、「あなたの子孫は天の星のようになる」という神の約束の通り、決して小さな栄誉を得たのではありません。それで、彼らがすべて栄光に満たされて偉大な者とされたのは、自分自身によるのでも、その業によるのでも、あるいは自分が行った業の正しさによるのでもなく、ただ神の意志によるのです。したがって、神の意志によってキリスト・イエスのうちに招かれたわたしたちも、自らによって義とされるのでも、わたしたち自身の知恵や理解や敬虔や、清い心で行った業によって義とされるのでもなく、信仰によって義とされるのです。全能の神は、世の初めからすべての人を信仰によって義とされたのです。神に栄光がありますように。 アーメン

それで、兄弟の皆さん、わたしたちはどうしたら良いのでしょうか。善行をやめ、愛を放棄すべきなのでしょうか。いいえ、そのようなことがわたしたちの間に起こるのを、主が決しておゆるしになりませんように。むしろ、ありとあらゆる善行を献身的に、また熱心に行うべきです。創造主であり、一切のものの主である神も、ご自分の行われた業をお喜びになるからです。神はその至高の力によって諸々の天を固め、把握しがたい叡智によってその秩序を整えられました。周りにある自ら陸を分け、ご自分の意志という堅い土台の上にお据えになりました。また、自らの命令によって、陸の上を歩いている種々の動物を存在するように呼び出し、ご自分の力によって海とその中に生きる物をあらかじめ備えておられ、それらの境を定められました。

これらすべてに越えて最も崇高で傑出した人間を、神はご自分の姿の像として、尊く汚れのない手でお造りになりました。神はこう言われたのです。「『我々にかたどり、我々に似せて、人を造ろう。』神は人を創造された。男と女に創造された。」神はこれらすべてのものを完成されたとき、これらをよしとされ、祝福して仰せになりました。「産めよ、笛よ。」ごらんなさい。すべての正しい人は善い業で飾られ、主ご自身もよい業で自らを飾り、それをお喜びになったのです。このような模範にならって、私達も神の意志をたゆまず果たすようにしましょう。全力を尽くして、義の実践に励むことにしましょう。
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年間第一土曜日 聖クレメンス
「信仰によって義とされる。全能の神は、世の初めからすべての人を信仰によって義とされたのです。」 アーメン
一世紀の使徒ペトロ、使徒パウロの弟子であったクレメンスの手紙。今日の朗読箇所には、新約聖書の引用はありません。クレメンスの時代はまだ新約聖書がなく、書かれていても、各教会に一部が伝わっていたに過ぎません。信徒の交わりの中で、パウロの手紙、クレメンスの手紙などが回し読みされ信仰が深まり広がっていった時代です。
http://www.pauline.or.jp/calendariosanti/gen_saint50.php?id=112301


聖クレメンス 愛の和合

2011-07-08 07:00:00 | 聖クレメンス一世
聖クレメンス一世(30年~101年) ローマ司教
『コリントの信徒への手紙』

愛する皆さん、愛がどれほど偉大で驚くべきものであるかご覧ください。その完全さは、説明し尽くせるものではありません。愛を心に抱いている人とみなされる者はだれでしょうか。神がそれにふさわしい者としてくださった者だけではないでしょうか。それゆえ人間的な党派心をなくして汚れのない者となり、愛を心に抱いている者とみなされるよい、神の憐れみに祈り求めましょう。アダムから今日に至るまで、一切の世代が過ぎ去って行きましたが、神の恵みによって完全な愛の境地にいたった人達だけが、敬虔な人達の占める場所にとどまります。この敬虔な人達こそ、キリストの国が現れるとき、明らかにされるのです。こう書きしるされています。
「わたしの激しい怒りが通り過ぎるまで、しばらくの間、穴に入っていなさい。わたしは祝いの日を思い出し、墓からあなたたちを起き上がらせるだろう。※1

愛する皆さん、愛によって諸々の罪のゆるしを得るために、愛の和合のうちに神の命令を実践するなら、何と幸いなことでしょう。次のように書きしるされています。
「いかに幸いなことでしょう、不法をするされ、罪を覆って頂いた人は。いかに幸いな事でしょう、主に咎を数えられず、口に欺きのない人は。※2」この幸いは、主イエス・キリストを通して神に選ばれた人々の上に降ります。この神に栄光が世々にありますように。

私たちが、反対者〔である悪魔〕の罠にはまって行ったこと、また、犯してしまったすべてのことがらをゆるしていただけるよう、嘆願いたしましょう。そしてあの人たち、すなわち、騒動と分裂の首謀者となった人たちは、〔キリスト者たちの〕共通の希望を優先的に考えなければなりません。それは、畏れと愛を生活の原則としている人は、他の人を苦しみに陥れるよりも、自らが苦しむ方を望むものだからです。そしてこのような人々は、すばらしく、また、誠実に私たちに伝えられた一致和合が損なわれるよりも、自分自身が弾劾される方を優先させるのです。人間にとって、自分の心をかたくなにするよりも、過ちを告白する方が良いからです。

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年間第十四金曜日

※1 イザヤ26:20
さあ、わが民よ、部屋に入れ。戸を堅く閉ざせ。しばらくの間、隠れよ激しい憤りが過ぎ去るまで。

※2 エゼキエル37:12
それゆえ、預言して彼らに語りなさい。主なる神はこう言われる。わたしはお前たちの墓を開く。わが民よ、わたしはお前たちを墓から引き上げ、イスラエルの地へ連れて行く。


聖クレメンス一世 共通する利益を求めなさい

2011-07-04 07:00:00 | 聖クレメンス一世
聖クレメンス一世(30-101年) ローマ司教,殉教者
「コリントの信徒への手紙」
こう記されています。「聖なる人達と固く結びつきなさい。彼らと固く結びつく人は聖なる者とされるだろう※1」また、他の箇所ではこう言っています。「罪のない人とともにいれば、あなたは罪のない者となり、選ばれた人とともにいれば、選ばれた者となり、また、心の曲がった人と共にいれば、心の曲がった者となる。※2」ですから、罪のない人々、正しい人々と固く結びつきましょう。その人達こそ神によって選ばれた人達だからです。なぜあなたたちの間に、争い、怒り、不和、分裂、闘争があるのでしょうか。私たちは唯一の神、唯一のキリスト、そして私たちの上に注がれた唯一の恵みの霊、キリストにおける唯一の招命をもっているのではありませんか。なぜキリストのからだの肢体を引き離し、切り裂くのですか。なせ゜自分自身の体に対して反乱を起こし、このような狂気に走るのですか。私たちが互いに体の肢体であることを忘れたのですか。

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年間第十四 月曜日
※1 引用箇所不明
※2 詩編18:26-27 (七十人訳)

パウロに続き、ローマの司教 クレメンスも、コリントの教会に手紙を送っています。私たちはキリストのからだの肢体であるにもかかわらず、引き離し、切り裂こうとする人達がいました。キリストに結ばれることで、肢体を愛し、キリストの体を愛することができるのです。