goo blog サービス終了のお知らせ 

毎日の読書 「教会の祈り」

私たちはキリストの体の一部 「聖務日課(読書)」より

聖ユスチノ キリスト者たちの真実の教えを受け入れた

2013-06-01 07:00:00 | 聖ユスチノ
聖ユスチノ(100~165年) 哲学者、殉教者
『聖ユスチノとその同志の殉教録』
 聖なる男たちは捕らえられて、ルスティクスという名のローマの長官のもとへ連行された。彼らが法廷に連行されてくる、長官はユスチノに言った。
「まず第一に、神々に、および皇帝に従え。」
ユスチノは答えた。「私たちの救い主イエス・キリストの命令に従うことを罪とされたり、とがめられたりするはずはありません。」
ルスティクスは言った。「どのような教えを奉ずるのか」
ユスチノは答えた。「あらゆる教えを学ぼうと努めましたが、結局、キリスト者たちの真実の教えを受け入れました。詐りの教えを奉ずる者達には気に入らないでしょう。」

 長官ルスティクスは言った。「それはどんな教理なのか。」
ユスチノは答えた。「キリスト者の神に対して、敬虔な思いから抱いている教理です。すなわち、私たちは、神は初めから、見えるものも見えないもの含めて、すべての造られたものの唯一の創造者、形成者であると考えています。また、神の子である主イエス・キリストを認めています。キリストについては、彼が人類の救いを宣言する方として、また、正しく彼に学ぶ人々の教師として来られるであろうと言うことが、預言者達によってあらかじめ告知されていたのです。キリストの無限の神性については、人間に過ぎない私には僅かなことしか言えませんが、何か預言的な力が働いたことを認めています。それは、今、神の子であると私が言った方については、以前から告知されていたからです。あの方が人間のうちにやがておいでになるということを、預言者たちは上から教えられて預言したということを、私は知っています。」

 ルスティクスは言った。「それでは、お前はキリスト者か。」
ユスチノは答えた。「そうです。私はキリスト者です。」

 長官はユスチノに言った。「学者と呼ばれ、真実の教えを知っていると思い込んでいる者よ、聞くがよい。お前は、鞭で打たれ、首をはれられて、天に昇ると思っているのか。」
ユスチノは答えた。「これらのことを忍べば、キリストの家に迎え入れられるということを望んでいます。このように生きた人々には、全世界が全うされるまで、神の恵みの賜物が備えられていることを知っているからです。」

 長官ルスティクスは言った。「では、お前は、天に昇って何か報いを受け取ると思っているのか。」
ユスチノは答えた。「私は思っているのではなく、それをはっきり知っており、かつ確信しています。」

 長官ルスティクスは言った。「さて、肝心な点に戻ろう。お前達はそろって、神々に犠牲を捧げよ。」ユスチノは言った。「正しい考えの持ち主であれば、だれも信心から不信心へと心変わりなどできるものではありません。」

 長官ルスティクスは言った。「従わなければ、お前達は容赦なくひどい刑罰を受けるぞ。」ユスチノは言った。「私たちは、私たちの主イエス・キリストのために刑罰を受けて救われることを願っています。これこそ、全世界を裁く私たちの救い主の恐ろしい法廷が開かれるときに、私たちにとって救いと確信となるのです。」

 他の殉教者たちも同じように言った。「したいようにしてください。私たちはキリスト者です。偶像には犠牲をささげません。」


6月1日 聖ユスチノ殉教者  記念日
第二朗読 聖ユスチノとその同志の殉教録

聖ユスチノ
二世紀の護教教父のなかで最も重要な人で、異教徒とユダヤ人の激しい非難からキリスト教という新しい宗教を擁護しイエスとその弟子たちの信仰を広めることに貢献した。二世紀初めにサマリアのナブルスで異邦人の家庭に生まれた。様々な哲学を学んだが、ついにキリスト教に改宗し、キリスト教を擁護する多くの著作を著し、二冊の「弁証論」、「トリュフォンとの対話」が残っている。また、ローマでキリスト教的哲学塾を開き、宗教に関する公開討論を行った。マルクス・アウレリウス帝の治世下の165年頃に、数人の弟子と共に殉教した。正教会・非カルケドン派・カトリック教会・聖公会・ルーテル教会で聖人(Wikipediaではユスティノス)。

女子パウロ会 聖人カレンダー
http://www.pauline.or.jp/calendariosanti/gen_saint50.php?id=060101

ベネディクト16世が「使徒の経験から見た、キリストと教会の関係の神秘」についての連続講話で「哲学者にして殉教者聖ユスチノ」について解説しました。
http://www.cbcj.catholic.jp/jpn/feature/benedict_xvi/bene_message198.htm

聖ユスチノ 新たに生まれるための水洗い

2013-04-17 21:22:15 | 聖ユスチノ
聖ユスチノ(100-165年頃) 哲学者、殉教者
『キリスト者のための第1弁証論』
キリストによって新しくされた私たちが、どのようにして神に奉献されたのか、それについてお話ししましょう。

私たちによって教えられ、語られた事柄が真実であると納得し、またそのように信じた人達、そしてこの教えに従って生活することができると約束した人達は、断食をしながら、過去に犯した罪のゆるしを神に祈り求めるように教えられる。私たちもこの人達と一緒に祈り、断食をするのである。

その後、その人達は私たちによって水のある所に導かれ、私たち自身が新たに生まれたのと同じ仕方で新たに生まれる。つまり、彼らは万物の父である主なる神と、私たちの救い主であるイエス・キリストと、聖霊とのみ名によって、水による洗いを受けるのである。

キリストはこう仰せになった。「あなたがたは、新たに生まれなければ、天の国に入ることはできない※1。」すでに生まれた者が、もう一度母の胎内に入ることができない※2ことは、だれの目にも明らかなことである。

罪を犯した後、回心した人が、どのようにして罪を逃れるかについて、預言者イザヤを通して、神が次のように言っておられル。「洗って、清くせよ。悪の行いをあなたがたの魂から取り除け。善を行うことを学び、孤児の権利を守り、やもめの訴えを弁護せよ。論じ合おうではないか、と主は言われる。たとえ、お前達の罪が緋のの様でも、羊の毛のように白くしよう。たとえ、紅のようであっても、雪のように白くしよう。もしもお前達が私に聞かないなら、剣の餌食になる。主の口がこう宣言される※3。」

私たちは、このことの理由を使徒達から学んでいる。私たちは第一の誕生については何の自覚もなく、ただ両親相互の交わりによって液体の種から必然的に生まれ、低級な習わしと悪質な生き方によって現在の状態にいたったのである。いつまでも自由を欠いた無知の人としてとどまらず、意志の選択と知識に従って生きる人となるように、過去に犯した諸々の罪のゆるしを水で洗われることによって受けるために、新たに生まれることを望み、これまでに犯した罪を痛悔する人の上に、すべての者の父である主なる神の御名が唱えられる。私たちは洗礼を授けるためにその人を洗いの水に導くとき、このみ名だけを唱える。

言葉では言い尽くせない神に向かってその名を呼ぶことは、だれにもできないからである。神には名前があると言う人がいるなら、その人は救いがたいほど愚かな者である。

 この水洗いは照らしと呼ばれている。このことを学んだ人の精神が照らされるからである。この照らしを受ける人は、ポンティオ・ピラトのもとで十字架につけられたイエス・キリストの御名と、預言者を通してイエスに関するすべての事柄を前もって預言した聖霊のみ名によっても洗われるのである。



復活節第三水曜日 読書
第一朗読 黙示録9:1-12 いなごによる災い
第二朗読 聖ユスチノ 『キリスト者のための第一弁証論』

二世紀の初め、使徒の弟子達が活躍していた時代に生まれたユスチノは言います。「私たちは、このことの理由を使徒達から学んでいる。」 

洗礼のとき、すべての者の父である主なる神の御名が唱えられます。「主なる神と、救い主イエス・キリストと聖霊」の御名です。
ユスチノは言います。神に名前があるという人は、救いがたいほど愚かな者であると。 言葉で言い尽くせない神に向かってその名前を呼ぶことは、だれにもできないからです。

※1 ヨハネ3:5
イエスはお答えになった。「はっきり言っておく。だれでも水と霊とによって生まれなければ、神の国に入ることはできない。

※2 ヨハネ3:4
ニコデモは言った。「年をとった者が、どうして生まれることができましょう。もう一度母親の胎内に入って生まれることができるでしょうか。」

※3 イザヤ 1:16-20
洗って、清くせよ。悪い行いをわたしの目の前から取り除け。悪を行うことをやめ善を行うことを学び、裁きをどこまでも実行して搾取する者を懲らし、孤児の権利を守り、やもめの訴えを弁護せよ。
論じ合おうではないか、と主は言われる。たとえ、お前たちの罪が緋のようでも雪のように白くなることができる。たとえ、紅のようであっても羊の毛のようになることができる。
お前たちが進んで従うなら大地の実りを食べることができる。
かたくなに背くなら、剣の餌食になる。主の口がこう宣言される。



聖ユスチノ
二世紀の護教教父のなかで最も重要な人で、異教徒とユダヤ人の激しい非難からキリスト教という新しい宗教を擁護しイエスとその弟子たちの信仰を広めることに貢献した。二世紀初めにサマリアのナブルスで異邦人の家庭に生まれた。様々な哲学を学んだが、ついにキリスト教に改宗し、キリスト教を擁護する多くの著作を著し、二冊の「弁証論」、「トリュフォンとの対話」が残っている。また、ローマでキリスト教的哲学塾を開き、宗教に関する公開討論を行った。マルクス・アウレリウス帝の治世下の165年頃に、数人の弟子と共に殉教した。正教会・非カルケドン派・カトリック教会・聖公会・ルーテル教会で聖人(Wikipediaではユスティノス)。

女子パウロ会 聖人カレンダー
http://www.pauline.or.jp/calendariosanti/gen_saint50.php?id=060101

ベネディクト16世が「使徒の経験から見た、キリストと教会の関係の神秘」についての連続講話で「哲学者にして殉教者聖ユスチノ」について解説しました。
http://www.cbcj.catholic.jp/jpn/feature/benedict_xvi/bene_message198.htm

聖ユスチノ 感謝の祭儀

2013-04-14 00:00:12 | 聖ユスチノ
聖ユスチノ(100-165年頃) 哲学者、殉教者
『キリスト者のための第1弁証論』
感謝の祭儀にあずかるには、まず私たちの教えを真実なものと信じ、罪の赦しと新たに生まれるための洗礼を受けており、かつキリストが教えたように生活している者であることが肝要で、それ以外の人には誰にもゆるされていない。

私たちは、これを普通のパン、普通の飲み物としていただくのではない。私たちの救い主イエス・キリストは、神のみことばによって肉となり、私たちの救いのために肉と血をもたれたが、それと同様に、主ご自身に由来する祈りの言葉によって感謝してささげられたこの食物も、肉となったあのイエスの肉と血であることを私たちは教えられているのである。この食物の摂取によって、私たちの肉と血が養われるのである。

使徒達は福音書と呼ばれている回顧録の中で、イエスが彼らにこのようにお命じになったと伝えている。イエスはパンを取り、感謝して言われた。「これを私の記念として行いなさい。これは私の体である。※1」 それから同じように杯を取り、感謝して言われた。「これは私の血である。※2」そして、彼らだけにこれをお与えになった。この時以来、私たちはいつもこのことを、私たちの間で記念してきたのである。私たち豊かな者は貧しい全ての人を助け、互いに一つになっている。私たちが捧げる全てのものについて、一切のものの造り主を、その御子イエス・キリストを通して、また聖霊を通して賛美しているのである。

そして、「日曜日」と呼ばれている日には、町や村に住む全ての人は、一つ所で集会を催し、時間がゆるすかぎり、使徒達の記録や預言者たちの種々の書物を読む。

朗読者が読み終わると、指導者がこのような美しいことがらをみならうようにと、言葉をかけて励まします。

それから一同は等しく起立し、祈りをささげる。祈りが終わると、先に話したように、パンとぶどう酒と水が運ばれてくる。指導者は力強く祈りと感謝を唱え、会衆は「アーメン」と叫ぶ。そして感謝をささげられたものが、一人ひとりに分配され、不在者には助祭によって配られる。

豊かな者は、各自、自発的に望みに応じて施しをする。寄進は指導者の下に集められ、指導者自身が孤児たちや寡婦、病気などの理由で必要に迫られている人々、また牢獄に入れられている人々、寄留者たち、つまり、必要に迫られているすべての人を援助する。

日曜日に私たち全体は集会を催す。この日は、神が闇と物質を変えて世界をお造りになった最初の日であり、また、私たちの主イエス・キリストがこの同じ日に、死者のうちから復活されたからである。人々は土曜日の前日に主を十字架につけ、主は土曜日の次の日、すなわち日曜日に使徒たちや弟子たちに現れて、私たちがあなた方に考察していただくために伝えている事柄をお教えになったのである。



復活節第三主日 読書
第一朗読 黙示録6:1-17
第二朗読 聖ユスチノ殉教者の『キリスト者のための第一弁証論』

二世紀の典礼/礼拝の様子が書かれています。このユスチノが記している感謝の祭儀(ミサ)が現在も受け継がれていることが分かります。(二千年の歴史の中では、ある時期、このミサが若干変わってしまったときもあったと思いますが・・・) ミサに参加できない人に、聖体奉仕者が聖体を届けることも、二世紀には行われていたというのは驚きです。もっと後の時代かと思っていました。

※1 ルカ22:19 参照
それから、イエスはパンを取り、感謝の祈りを唱えて、それを裂き、使徒たちに与えて言われた。「これは、あなたがたのために与えられるわたしの体である。わたしの記念としてこのように行いなさい。」

※2 マタイ26:28 参照
また、杯を取り、感謝の祈りを唱え、彼らに渡して言われた。「皆、この杯から飲みなさい。
これは、罪が赦されるように、多くの人のために流されるわたしの血、契約の血である。



聖ユスチノ
二世紀の護教教父のなかで最も重要な人で、異教徒とユダヤ人の激しい非難からキリスト教という新しい宗教を擁護しイエスとその弟子たちの信仰を広めることに貢献した。二世紀初めにサマリアのナブルスで異邦人の家庭に生まれた。様々な哲学を学んだが、ついにキリスト教に改宗し、キリスト教を擁護する多くの著作を著し、二冊の「弁証論」、「トリュフォンとの対話」が残っている。また、ローマでキリスト教的哲学塾を開き、宗教に関する公開討論を行った。マルクス・アウレリウス帝の治世下の165年頃に、数人の弟子と共に殉教した。正教会・非カルケドン派・カトリック教会・聖公会・ルーテル教会で聖人(Wikipediaではユスティノス)。

女子パウロ会 聖人カレンダー
http://www.pauline.or.jp/calendariosanti/gen_saint50.php?id=060101

ベネディクト16世が「使徒の経験から見た、キリストと教会の関係の神秘」についての連続講話で「哲学者にして殉教者聖ユスチノ」について解説しました。
http://www.cbcj.catholic.jp/jpn/feature/benedict_xvi/bene_message198.htm

聖ユスチノ キリスト者たちの真実の教えを受け入れた

2012-06-01 00:28:28 | 聖ユスチノ
聖ユスチノ(100~165年) 哲学者、殉教者
『聖ユスチノとその同志の殉教録』
聖なる男たちは捕らえられて、ルスティクスという名のローマの長官のもとへ連行された。彼らが法廷に連行されてくる、長官はユスチノに言った。
「まず第一に、神々に、および皇帝に従え。」
ユスチノは答えた。「私たちの救い主イエス・キリストの命令に従うことを罪とされたり、とがめられたりするはずはありません。」
ルスティクスは言った。「どのような教えを奉ずるのか」
ユスチノは答えた。「あらゆる教えを学ぼうと努めましたが、結局、キリスト者たちの真実の教えを受け入れました。詐りの教えを奉ずる者達には気に入らないでしょう。」

長官ルスティクスは言った。「それはどんな教理なのか。」
ユスチノは答えた。「キリスト者の神に対して、敬虔な思いから抱いている教理です。すなわち、私たちは、神は初めから、見えるものも見えないもの含めて、すべての造られたものの唯一の創造者、形成者であると考えています。また、神の子である主イエス・キリストを認めています。キリストについては、彼が人類の救いを宣言する方として、また、正しく彼に学ぶ人々の教師として来られるであろうと言うことが、預言者達によってあらかじめ告知されていたのです。キリストの無限の神性については、人間に過ぎない私には僅かなことしか言えませんが、何か預言的な力が働いたことを認めています。それは、今、神の子であると私が言った方については、以前から告知されていたからです。あの方が人間のうちにやがておいでになるということを、預言者たちは上から教えられて預言したということを、私は知っています。」

ルスティクスは言った。「それでは、お前はキリスト者か。」
ユスチノは答えた。「そうです。私はキリスト者です。」

長官はユスチノに言った。「学者と呼ばれ、真実の教えを知っていると思い込んでいる者よ、聞くがよい。お前は、鞭で打たれ、首をはれられて、天に昇ると思っているのか。」
ユスチノは答えた。「これらのことを忍べば、キリストの家に迎え入れられるということを望んでいます。このように生きた人々には、全世界が全うされるまで、神の恵みの賜物が備えられていることを知っているからです。」

長官ルスティクスは言った。「では、お前は、天に昇って何か報いを受け取ると思っているのか。」
ユスチノは答えた。「私は思っているのではなく、それをはっきり知っており、かつ確信しています。」


6月1日 聖ユスチノ殉教者  記念日
第二朗読 聖ユスチノとその同志の殉教録



聖ユスチノ
二世紀の護教教父のなかで最も重要な人で、異教徒とユダヤ人の激しい非難からキリスト教という新しい宗教を擁護しイエスとその弟子たちの信仰を広めることに貢献した。二世紀初めにサマリアのナブルスで異邦人の家庭に生まれた。様々な哲学を学んだが、ついにキリスト教に改宗し、キリスト教を擁護する多くの著作を著し、二冊の「弁証論」、「トリュフォンとの対話」が残っている。また、ローマでキリスト教的哲学塾を開き、宗教に関する公開討論を行った。マルクス・アウレリウス帝の治世下の165年頃に、数人の弟子と共に殉教した。正教会・非カルケドン派・カトリック教会・聖公会・ルーテル教会で聖人(Wikipediaではユスティノス)。

女子パウロ会 聖人カレンダー
http://www.pauline.or.jp/calendariosanti/gen_saint50.php?id=060101

ベネディクト16世が「使徒の経験から見た、キリストと教会の関係の神秘」についての連続講話で「哲学者にして殉教者聖ユスチノ」について解説しました。
http://www.cbcj.catholic.jp/jpn/feature/benedict_xvi/bene_message198.htm

聖ユスチノ 感謝の祭儀

2012-04-22 00:00:47 | 聖ユスチノ
聖ユスチノ(100-165年頃) 哲学者、殉教者
『キリスト者のための第1弁証論』
感謝の祭儀にあずかるには、まず私たちの教えを真実なものと信じ、罪の赦しと新たに生まれるための洗礼を受けており、かつキリストが教えたように生活している者であることが肝要で、それ以外の人には誰にもゆるされていない。

私たちは、これを普通のパン、普通の飲み物としていただくのではない。私たちの救い主イエス・キリストは、神のみことばによって肉となり、私たちの救いのために肉と血をもたれたが、それと同様に、主ご自身に由来する祈りの言葉によって感謝してささげられたこの食物も、肉となったあのイエスの肉と血であることを私たちは教えられているのである。この食物の摂取によって、私たちの肉と血が養われるのである。

使徒達は福音書と呼ばれている回顧録の中で、イエスが彼らにこのようにお命じになったと伝えている。イエスはパンを取り、感謝して言われた。「これを私の記念として行いなさい。これは私の体である。※1」 それから同じように杯を取り、感謝して言われた。「これは私の血である。※2」そして、彼らだけにこれをお与えになった。この時以来、私たちはいつもこのことを、私たちの間で記念してきたのである。私たち豊かな者は貧しい全ての人を助け、互いに一つになっている。私たちが捧げる全てのものについて、一切のものの造り主を、その御子イエス・キリストを通して、また聖霊を通して賛美しているのである。

そして、「日曜日」と呼ばれている日には、町や村に住む全ての人は、一つ所で集会を催し、時間がゆるすかぎり、使徒達の記録や預言者たちの種々の書物を読む。

朗読者が読み終わると、指導者がこのような美しいことがらをみならうようにと、言葉をかけて励まします。

それから一同は等しく起立し、祈りをささげる。祈りが終わると、先に話したように、パンとぶどう酒と水が運ばれてくる。指導者は力強く祈りと感謝を唱え、会衆は「アーメン」と叫ぶ。そして感謝をささげられたものが、一人ひとりに分配され、不在者には助祭によって配られる。

豊かな者は、各自、自発的に望みに応じて施しをする。寄進は指導者の下に集められ、指導者自身が孤児たちや寡婦、病気などの理由で必要に迫られている人々、また牢獄に入れられている人々、寄留者たち、つまり、必要に迫られているすべての人を援助する。

日曜日に私たち全体は集会を催す。この日は、神が闇と物質を変えて世界をお造りになった最初の日であり、また、私たちの主イエス・キリストがこの同じ日に、死者のうちから復活されたからである。人々は土曜日の前日に主を十字架につけ、主は土曜日の次の日、すなわち日曜日に使徒たちや弟子たちに現れて、私たちがあなた方に考察していただくために伝えている事柄をお教えになったのである。


復活節第三主日
第一朗読 黙示録6:1-17
第二朗読 聖ユスチノ殉教者の『キリスト者のための第一弁証論』

二世紀の典礼/礼拝の様子が書かれています。このユスチノが記している感謝の祭儀(ミサ)が現在も受け継がれていることが分かります。(二千年の歴史の中では、ある時期、このミサが若干変わってしまったときもあったと思いますが・・・) ミサに参加できない人に、聖体奉仕者が聖体を届けることも、二世紀には行われていたというのは驚きです。もっと後の時代かと思っていました。

※1 ルカ22:19
それから、イエスはパンを取り、感謝の祈りを唱えて、それを裂き、使徒たちに与えて言われた。「これは、あなたがたのために与えられるわたしの体である。わたしの記念としてこのように行いなさい。」

※2 マタイ26:28
また、杯を取り、感謝の祈りを唱え、彼らに渡して言われた。「皆、この杯から飲みなさい。
これは、罪が赦されるように、多くの人のために流されるわたしの血、契約の血である。


聖ユスチノ
二世紀の護教教父のなかで最も重要な人で、異教徒とユダヤ人の激しい非難からキリスト教という新しい宗教を擁護しイエスとその弟子たちの信仰を広めることに貢献しました。彼は、二世紀初めにサマリアのナブルスで異邦人の家庭に生まれました。様々な哲学を学び、ついにキリスト教に改宗し、キリスト教を擁護する多くの著作を著しました。「弁証論」、「トリュフォンとの対話」が残されています。正教会・非カルケドン派・カトリック教会・聖公会・ルーテル教会で聖人(Wikipediaではユスティノス)。

女子パウロ会 聖人カレンダー
http://www.pauline.or.jp/calendariosanti/gen_saint50.php?id=060101

ベネディクト16世が「使徒の経験から見た、キリストと教会の関係の神秘」についての連続講話で「哲学者にして殉教者聖ユスチノ」について解説しました。
http://www.cbcj.catholic.jp/jpn/feature/benedict_xvi/bene_message198.htm