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【答案】百選68事件 東亜ペイント事件

2012年04月29日 | 労働百選答案

1 Xは本件転勤命令は無効であり、したがって無効な転勤命令に従わなかったことを理由になされた本件解雇も無効である旨主張して、従業員としての地位確認及び未払賃金の支払を請求している。そこで、本件解雇が無効か否かにつき以下検討する。
2(1)  まず、Y社の本件転勤命令が適法といえるためには、前提としてY社の配転命令権が労働契約上根拠付けられることが必要である。
 本件においては、Y社就業規則13条は「業務上の都合により社員に異動を命ずることがある。」と規定し、配転命令権を根拠付ける一般条項を定めている。このような条項は、一般に幅広い能力開発の必要性や雇用の柔軟性の確保の要請から「合理的」なものと解することができる。また、本件就業規則は労働者に「周知」されているものと思われる。したがって、労契法7条本文により本件就業規則は労働契約の内容となっているということができる。
(2) もっとも、労働者と使用者の間に、就業規則規定より有利な合意がある場合には、有利な合意が優先する(同条ただし書)。本件では、XとY社の間に勤務地を大阪ないしその近郊に限定する旨の合意が個別にあったかが一応問題となるが、Y社では全国に十数か所の営業所等を置き、その間において従業員、特に営業担当者の転勤を頻繁に行っており、Xは大学卒業資格の営業担当者としてY社に入社したもので、両者の間で労働契約が成立した際にも勤務地を大阪に限定する旨の明示的合意もなされなかったというのであるから、上記のような合意は認められない。
(3) したがって、Y社の配転命令権は労働契約上根拠付けられており、Y社はXの個別的同意なくとも本件転勤命令を適法に発しうるのが原則である。
3(1) もっとも、使用者がその裁量により配転命令を適法に発しうる場合であっても、転勤、特に転居を伴う転勤が、一般に労働者の生活関係に少なからぬ影響を与えることを考えると、使用者の転勤命令権は無制約に行使することができるものではなく、これを濫用することは許されない(労契法5条参照)。そこでいかなる場合が権利の濫用に当たるかについて考えるに、使用者の勤務地決定についての裁量権と転勤が労働者の生活関係に与える影響の調和の観点からは、転勤命令が権利の濫用に当たる場合とは、()当該転勤命令につき業務上の必要性が存しない場合、または()業務上の必要性が存する場合であっても①当該転勤命令が他の不当な動機・目的をもってなされたものであるとき、若しくは②労働者に対し通常甘受すべき限度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等、特段の事情の存する場合に限られると解するのが相当である。そして、上記業務上の必要性については、当該転勤先への異動が、余人をもっては容易に変えがたいといった高度の必要性に限定することは相当でなく、労働力の適正配置、業務の能率増進、労働者の能力開発、勤務意欲の高揚、業務運営の円滑化など企業の合理的運営に寄与する点が認められる限りは、業務上の必要性の存在を肯定すべきである。
(2)ア 本件についてこれをみるに、()業務上の必要性につき、名古屋営業所に転勤させる者は是非ともXでなければならないというような高度の必要性まではなかったものの、名古屋営業所のG主任の後任者として適当な者を名古屋営業所へ転勤させる必要性があったのであるから、主任待遇で営業に従事していたXを選び名古屋営業所勤務を命じた本件転勤命令は労働力の適正配置の観点からは企業の合理的運営に寄与する点が認められ、業務上の必要性が優に存したものということができる。したがって、本件は()転勤命令につき業務上の必要性がない場合には当たらない。
イ 次に()①動機・目的の点につき、本件転勤命令は、元々広島営業所の主任が配置転換され、後任にはXが適任であるとしてXに広島営業所への転勤が打診されたところ、Xがこれを拒否したため、次善の作として名古屋営業所主任を広島営業所主任に当て、Xには名古屋営業所主任への転勤を内示したという経緯で下されたものであり、かかる経緯に鑑みると本年転勤命令が不当な動機・目的をもってなされたものであるとはいうことができない。
ウ さらに、()②Xの被る不利益の点につき、Xには同居の母親がいるが、同人は71歳とXの介護がなければ日常用を足すことが困難な高齢ではなく、実際病気もなく健康で食事の用意や買い物もできたというのである。同人は生まれてから大阪以外に住んだことはなく、老人仲間で月2、3回句会を開いており、Xの転勤に伴い母親も転居するとなれば、なれない地での生活に不安を感じ、また仲間との上記活動ができなくなるという一定の不利益は認められるものの、かかる不利益が業務上の必要性を害してまでXの転勤拒否を正当化するほどの重大な不利益とまではいえない。また、Xの妻は保育所で保母として勤務しており、同保育所が発足直後で同人が運営委員の役職に会ったことを考えると、同人がXの転勤に伴い転居し保育所を退職することは同人にとって大きな決断を迫る事情であるということは認められる。しかし、同人が従前の仕事を継続することをどうしても望むなら、Xの単身赴任ということも考えられないではなく、Xの母親が健康で介護が不要であること、Xの転勤先は名古屋であり大阪まで定期的に帰宅するにさほど遠くないこと、等を考えると、最悪単身赴任という選択肢を余儀なくされたとしても、Xの転勤拒否を正当化しうる程に重大な不利益とまでいえるかは疑問である。さらに、Xの長女は2歳と幼少で周囲との社会的関係を築くに至っておらず、転勤に伴う不利益としてはさほど大きくない。以上のことを総合的に考慮すると、本件転勤命令が、Xに対し、通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとまではいうことはできない。
エ 以上より、本件転勤命令は権利の濫用に当たらないと解するのが相当である。
4 よって、本件転勤命令は適法であり、Xの転勤拒否は就業規則68条6項の懲戒解雇事由に該当するため、本件解雇は適法である。本件解雇の無効を前提とするXの上記各請求は認められない。