殺人は人間が持つ本質的な欲望だ。
「セックスしたい」とか、
「おしいものを食べたい」とか、
「他人の持っている物を所有したい」とかそんな欲求のうちの一つで、
人間であれば誰もが持っている欲望だ。
法律があるから殺人をしないだけで、
法律がなければ私だって最低でも10人は殺しているはずだ。
そもそも人間は誰も殺人者の子孫である。
先祖は間違いなく誰でも人を殺している。
石器時代ならたった一回の食事にありつくために、
平気で人を殺していたのである。
法律がなければ人間は人を殺す生き物だ。
何故なら人間は動物の一種だからだ。
殺人が法律よりも価値があると思ったら人間は殺人者になる。
若しくは「自分は特別な人間だ」と規定すれば殺人者になる。
あるいは何もかも頭の中から抜け落ちて、
本能だけが残り、動物に逆戻りしたら殺人者になる。
いずれにせよ条件が整えば人間は殺人者になるのだ。
だからこの世界から殺人をなくすことは出来ない。
どんなに社会が変化しても絶対に殺人はなくならない。
何故なら人間は欲求に忠実であるからだ。
そして欲望を否定出来る人間はもはや人間ではない。
それは人間を超える存在だ。
子どもは残酷だ。
何故なら他人に同情しないからだ。
他人に同情しない子どもは動物と同じである。
殺人に大きな理由は必要ない。
小さな理由で十分なのだ。
人類の歴史は人殺しの歴史といってもいいだろう。
現代人にとって、合理的ではない理由によって繰り返し殺人が行われてきた歴史を忘れるべきではない。
マレーシアのボルネオ島には首狩族がいた。
人を殺して首をはねるという習慣がつい最近まであったのだ。
理由は一人前の男になったということを誇示するためだった。
自分が成人の男であることを証明するという理由のために殺人を行ってきたのである。
この話を聞いたら現代人は「全く理解できない」というだろう。
しかし日本でも近代以前は武士が自己顕示欲のために人を殺すこともあった。
秋葉原の通り魔殺人事件が起きた時、知識人たちは「これが殺人の理由だ」ともっともらしい見解を提示し、
犯人の加藤の行った行為について理解できるか否かということが議論されている。
ここで忘れてはならないのが「人間の祖先は誰でも殺人者」という事実だ。
われわれの祖先は自己顕示欲のために殺人を行ってきたのである。
加藤は人から「弱いやつ」と決めつけられ、
自分が「強い男」であることを証明したかったのかも知れない。
しかし日本の法律では殺人は非合法である。
もしどうしても人を殺したいという欲望を抑えることができないなら
海外に行って現地の部隊に入隊すればいいだろう。
何故なら合法的に殺人ができるからだ。
例えばインドの部隊に入れば将来、無差別に中国人兵士を殺すことができるかも知れない。
侵略の定義を巡ってあるベトナム人と議論したことがある。
太平洋戦争中,日本軍は英蘭領の東南アジアの国々に侵攻したが、その前に仏領インドシナを「合法的」な手続きによって支配下に置いている。フランスがドイツに降伏したためドイツの傀儡のビシーが政権を掌握し、日本軍の進駐を認めたのである。 だから私は侵略ではないと主張した。 しかしベトナム人は自信を持って侵略だと言い切った。侵略を受ける立場から定義すると合法であろうと非合法であろうと侵略は侵略なのだ。
朝鮮半島を植民地にしたのは侵略者・ロシアから日本を防衛するためであった。
「侵略を防ぐ為の侵略」である。
日本が朝鮮にインフラを整備したのは間違いない。
結果朝鮮人は学習する機会を得て今日の発展の礎を築いた。
しかし日本の目的はロシアの脅威を失くすことであり
インフラを整備したくらいでロシアの侵略を免れたのだから「安くついた」と考える方が妥当かも知れない。
インドネシアやベトナム、ビルマなどは日本軍が蘭、仏、英を駆逐したために独立が達成できたことも「歴史的事実」である。
もし列強が居座ったままであったなら独立することは出来なかっただろう。
しかし日本の目的はアジア諸国の独立を助けることではなかった。
資源確保や敵の輸送力を弱体化させること、連合国同士の連携を阻止することなどで「アジアの独立」は大義名分であった。
勿論職業軍人はその大義名分を信じて戦ったのだから
彼らにとっての戦争の目的は「アジア独立」だったのだ。
私は1960年代生まれであるから本物の軍人を見た最後の世代である。
1960年代までお祭りには「傷痍軍人」が付き物であった。
手足や視力を失った軍人がアコーディオンで軍歌を弾いては物乞いをしていたものである。
私は幼かったがその光景は今でも記憶している。
道行く人たちは全く気にすることもなく通り過ぎて行った。
戦争に負けて価値観が一転しもはや軍人は尊敬の対象ではなくなっていたのだ。
いや、むしろ忌み嫌われる対象に成り下がっていた。
そんな手足と視力を戦争によって奪われた軍人も「大東亜共栄圏建設」を夢見ていたのだろうか?
日本は国民党に嵌められて戦争に突入した、と主張する人がいる。
確かに国民党とチャーチルの策略によってアメリカを敵に回すこととなったのは事実だが、
換言すれば日本は間抜けな国家だったといえる。
相手の策略に気付かずまんまと嵌められたことを棚に上げ、
賢明になれなかったことを忘れてしまってはいけないだろう。
国益に適うと考えればどの国も侵略や策略をした厳しい時代であった事実を
認識するべきだ。
戦争には大義が必要で真の目的は他にあることを知らなければ
戦争の意味など分かるはずがない。
ベトナムの地形は南北に細長い。
それは人工的に作った国家だからで
北部にあった越南国が中部地方、南部地方を侵略して領土を拡大した歴史があるからだ。
ベトナムも立派な侵略国家なのである。
冒頭のベトナム人はベトナムが侵略された歴史は学んでいるけれども
ベトナムが侵略した歴史は学んでいない。
どこの国でも都合のいいことは教えるが都合の悪いことは教えないものだ。
つまり侵略という言葉は政治用語に過ぎないのである。
フランスを中心とする南欧諸国は戦争を避けるために王家や支配者層は現在でも強い血縁関係で結ばれている。
サルコジの祖父はギリシャ系ユダヤ人だし、
スペイン王妃はギリシャ人である。
各国の金融機関も近い関係でギリシャ国債を多く保有している。
そしてドイツを中心とするゲルマン民族国家同士も強い絆で結ばれている。
今回の欧州金融危機の本質とは何か?
それはフランス連合とドイツ連合との対立、もっといえば経済戦争であるというだ。
ギリシャが破綻すれば
国営企業は民営化されることは間違いない。
それらのほとんどがドイツ企業に買収されることは火を見るよりも明らかなのだ。
ドイツの欧州侵略作戦が実行される日は近いだろう。
それは味噌などの醸造された食品を扱う店の俗称として江戸時代から使われて来た。
江戸市中にあった組合「十組問屋」に三河出身の人が多かったことから、
「三河屋」の看板を掲げる店が増えていったのだ。
つまり、八丁味噌は江戸庶民にとっては大変愛着があったのである。
東京の人がいつから八丁味噌を食べなくなったのかといえば、
関東大震災が起きた時からだ。
震災によって味噌蔵が全滅してしまい、
信州産の醸造期間が短い安価な味噌が
東京に出回るようになったことで八丁味噌は消えて行った。
八丁味噌は醸造期間が長いため出荷が間に合わなかったのだ。
東京人も1923年の関東大震災が起きるまでは八丁味噌を食べていたのだが、
その味を覚えている東京人はもうこの世にほとんど存在していない。
そして自分たちの祖先が八丁味噌を食べていた事実を知らない人がほとんどである。
徳川家康が入城する前の江戸城はみすぼらしい城であった。
三河国・岡崎城城主の家康が江戸城を立派な城に建て替えたのである。
それは家康が征夷大将軍になり江戸に幕府を開いたからだ。
江戸は家康がやって来るまで田舎の城下町だった。
家康によって大改造が行われ世界有数の大都市に成長したのである。
三河地方などから多くの職人や商人がやって来て活況を呈していった。
家康が何故、根城を江戸に定めたのかよく分からないけれども
兎に角、家康のおかげで江戸は発展したのである。
現在、東京に住んでいるほとんどの人たちが
三河との歴史的な強い結びつきについて知らない。
少しでも歴史に関心があれば八丁味噌のことをバカにしないはずである。
「サザエさん」にどうして「三河屋」が登場するのか、
ちょっとだけ考えてみたらいいかも知れない。