uubの小屋

I also miss your small but peaceful room.
ただ今、冒険中。

四十二段目 8月31日

2005年08月31日 15時38分28秒 | 日記
夏が終わります。お友達のブログ記事から拝借して、2005年のuubの夏を自己点検してみたいと思います。

①仕事
過去の記事にも書いているようにまったくやることがないし、やる気も出ないけど(出しようがないけど)、自分なりにこの環境への適応方法を見つけることができたこと、資格取得に向けての勉強へのやる気が出てきたことを評価したいと思います。

②勉強
英語の勉強、いっこうに進みません。だけどやってみたい勉強方法を見つけて、いま実践中なので継続できればと思います。これはもう今さら焦りません。長期的に、こつこつ。

③出会い
わたしの毎日は出会いで成り立ってます。

④友達
しばらく連絡をしていなかった友達との関わり、頻繁にあっているけるけれど新たな関係を築けた友達、いま築いている友達。

⑤習い事
ピアノ、練習中です。「スプリング&連弾スペイン舞曲」はまだまだ30%
だいぶ前にフェレットの“ティナ”さんと約束したドビュッシーの「月の光」は、やっと楽譜を入手。譜読みをはじめたところ。
ティナさん、もうしばらくお待ちください。

⑥趣味・娯楽
読書量、明らかに減ってます。そのかわりかどうかわからないけれど、よく出掛けるようになりました。

⑦変化
し過ぎで対応しきれません。

大丈夫、毎日がんばって生きてます。



四十一段目 プロ野球① ―金本知憲―

2005年08月30日 13時01分21秒 | 日記
わたしはプロ野球ファンです。でも、どこかの球団の熱烈なファンではたぶんありません。かなりミーハーで、セ・リーグならどの球団にも好きな選手がいるし、応援するチームも一度変わっています。
はい、浮気者でございます。あしからず。
でも応援するチームが変わるのには理由があります。好きな監督や選手が移籍などで球団を移動してしまうからです。わたしの野球観戦の根底には、まず選手ありきの精神が流れていて、だからどちらかというとチームではなくて選手を応援して野球を楽しんでいる感が強いのです。

今一番好きな選手、それは阪神タイガースの金本知憲。アニキ!
そんなわけで今現在は阪神ファンです。
でも阪神を応援してるのは、広島から金本についてきたからではなくて、名古屋から星野監督についてきたからなんです。だから阪神ファン暦はすごく短い。最初は阪神の選手は名前もほとんど知らなかった。応援してる球団以外の選手は、テレビで観てはいても意外と覚えないものなんですね(そうはいっても巨人は覚えちゃうんだけど)。そんなところから阪神を応援するようになったから、そもそも好きな選手が最初はいなかった。一番は監督!みたいな(笑)。

金本をプロ野球選手の中で「一番」と思えるくらい好きになったのは今年に入ってからです。ある試合の、ある打席の、ある瞬間に大好きになりました。それに今年は本当にノリに乗っている。29日現在で、リーグ打撃成績2位。打率.328で、1位のヤクルト青木の打率.353とは2分5厘の差があるけれど、注目はなんといっても打点。1位の青木が22(これも打率の割りには低い数字だけど)なのに対して、金本は打点99をマーク。これはチームメート今岡の112打点(打率.273)に次ぐ2位の成績。いいよね、ランナーをホームに返せる男って。かっこいい。そして、堂々誇るは球界一の四球数。ピッチャーが最もストライクをとれない男。きゃあー、かっこいい。ってだんだん勝手に盛り上がってきました。わくわく。出塁率も.432でもちろんトップ。本塁打も32で2位なんだよね。1位の広島・新井の36本に4本差。追いついたら最高なんだけどな。

このままケガすること無く、最高のプレーをシーズン終了まで続けてほしいです。
よし、応援がんばるぞ。


四十段目 ドレスデン国立美術館展

2005年08月29日 15時51分47秒 | 日記
隊長と「ドレスデン国立美術館展」に行ってきました。6月の終わりから上野の国立西洋美術館で開催されていて、ずっと行きたかったんだけど機会を逃していて、隊長のおかげでやっと行くことができました。

お猿の“隊長”の名前、この記事を読んでくださってるみなさんは覚えていらっしゃるでしょうか。「小屋」にはあんまり登場しないんですけどね、扉を開けたすぐ向こうではよく見かけるんです。窓からちょくちょく顔を出してきてくれてもいます。でも小屋に入ってくるのは恥ずかしいのかな。あんまり来ないですね。わたしがとってもお世話になっている方です。その隊長とフェルメールの「窓辺で手紙を読む女」を観に行ってきました。

隊長のことも少し紹介したいと思います。
大学の四年生のときに知り合いました。同じ授業をとっていたことと、卒論のゼミが一緒だったことがきっかけです。そう、たぶんそれは本当に「きっかけ」に過ぎないのだと思います。同じ授業をとっていて、ゼミが一緒だった人は隊長だけではなかったけれど、その中で卒業してからも関係が続いているのは隊長だけだからです。
隊長のキャラクターを紹介するのはとても難しい(ということに今気がついた)のですが、なんとかわたしなりの表現方法でがんばってみようと思います。

なぜ隊長のキャラクターを説明するのが難しいかというと、要するにキャラクターがいまいちつかみきれていないからなんです。知り合ってちょうど一年くらい経つのですが、そして、それなりに密度の高い時間を共有してもいるのですが、やっぱりよくわからない。
その原因をわたしなりに考えてみました。
そこで思い当たったのが、隊長の口癖です。
「最も」とか「一番」とか「まさに」がとっても多い人なんです。世の中に「最も」とか「一番」とか「まさに」な事柄が、わたしにはたくさんはないのに、隊長にはたくさんあるんです。「最も重要と思っているもの」「いま一番考えなければならないこと」「まさに俺が言わんとしていること」が山のようにある人なんです。話を聞いていると、そんな「頂点にあるもの」がわんさか出てくるので、結局どれが隊長にとっての一番なのかさっぱりわかんないんです。わかんないなーと思って放っておくんですが、どの「頂点」に対しても熱意ある話し方をするので、わけはわかんなくても、気持ちは伝わってくるんですね。
たぶん本当にどれも隊長にとっては「最も重要」で「一番考えるべきこと」で「まさに言いたいこと」なのだと思います。それらが隊長の頭の中ではおそらく何か一つのつながりを持って関連していて、そしてその関連性の上に隊長は何かを構築しようとしているのだと思うんです。だけどわたしには、まだそれらが点でバラバラな状態で存在しているんですね。隊長の中にある「A頂点」と「B頂点」と「C頂点」とを結びつける糸が見当たらない(笑)。それらは全部隊長の一部だとわかるし、その全部の頂点に敬意も持っています。だけど、それらはたくさんある上に多種多様だから、一つの総体として認識できないんです。

そんな「広さ」を持っているのが隊長です。
何か新しいものに対して少年のような感動のしかたをするけれど、少年のような感動だけで自己の世界を完結させない人です。隊長の感動は持続します。その意味でとても広い世界を持った人です。というよりは、自己の世界を広げることが楽しくて仕方のない人です。だからわたしみたいに一つの小屋で延々カレーを煮込んでいるような生活をしているアライグマには、その世界の把握は難しいわけです。

その隊長とは、前に紹介したマドアンヌちゃんや次郎君とは違って、よくこうしてあそびに出掛けます。小屋で一人本を読んでいたりすると、窓から顔を出して「行くぞ」と連れ出してくれます。この日も、わたしはドレスデンに行くつもりは10%くらいしかなかったんだけど、隊長が「行くぞ」と言ったので、行ってくることができました。
フェルメールの「窓辺で手紙を読む女」。
あの作品一枚だけのためにでも、暑い中足を運んだ甲斐がありました。よかった。

次は「イサム・ノグチ」でしたっけ、隊長。



三十九段目 次郎君

2005年08月29日 12時25分48秒 | 日記
『uubの小屋』に度々出入りしてくれている次郎君にひさしぶりに会いました。

ということで今日は、「ペンギンの次郎君」の紹介です。

次郎君はわたしの大切なお友達で、知り合ったのは大学三年生のときです。共通の友人がいたこと、同じ授業をとっていたこと、出身も一緒だったことなどが重なって、自然に「知り合え」ました。
といっても、これまたどこかに一緒にあそびに行くというような仲でもなく、メールや電話でマメに連絡を取り合うということでもなく、同じ授業で顔をあわせて、正門まで一緒に帰るというくらいの仲です。しかも次郎君はあんまり授業に来ないので、毎週会っていたわけではありません。なんで仲良くなれたんだ?って考えてたら、ややフユカイな結論に達してしまいました。
次郎君とわたしをつなげたもの、それは試験ですね。うん。
彼は授業に出ない上に学校にもあんまり来たがらなくて、外部でばっかり活動してたから、試験の範囲とか、内容とか、日程とか、レポートの期限とか、全部わたしに聞いてくるんです。普段は全然仲良くしてくれないくせに、連絡もくれないくせに、試験前だけメールが増える。なんてやつだ。
そんな文句をいいながら仲良くなったのが、次郎君です。

この日もそうでしたが、次郎君はわたしの言動に対していちいち文句をつけたり、笑ったりします。「おかしい」とか「ばかだ」とか「おもしろい」とか。褒めてるのかけなしてるのかよくわかりません。たぶん両方あるんだと思うけれど、敬意が感じられないことだけは確かですね。試験前あんなに協力したのに。なんて不当な扱い。

と文句をいいながら仲良くしているのが次郎君です。

次郎君は、わたしのことをバカにするのは信頼の表れなのだといいます。信頼しているから、これくらいのことなら言っても大丈夫だと思えるから、つい言ってしまうのだと。

すみません、信頼なんていらないので優しくしてください。

そんな次郎君とひさしぶりに会って、食事を楽しんできました。
そう、楽しいんですね。とっても。
なので、次郎君と話をしていて楽しい理由を考えてみました。
次郎君がどう思っているかはまったくわからないので、わたしの勝手な思い込みでの判断ですが、次郎君と話していて楽しいのは、「ばかだ」「おかしい」「変だ」と連呼しながらも、たぶん次郎君がそのわたしのバカさぶりを楽しんでくれているからなのだと思います。つまりは、わたしの一部分として、しかもおそらく「長所として」わたしのバカなところを受け取ってくれているからなのではないかと。
わたしには好きな人やものがたくさんあって、それについて次郎君の前でいつもきゃあきゃあ言うんです。ななちゃんとか、チェ・ジウとか、野球とか、サッカーとか、ドラゴンボールとか、ドカベンとか、とにかくきゃあきゃあわめくんです。だから確かにバカなんです。でもそれを次郎君はたぶん、受け入れてくれているはずなんです。いつも「バカ」だとは言っていても、冷めてたり、あきれたというような言葉は投げつけられたことがありません。だからわたしの(ミーハーな)情熱は、次郎君にぶつけても温度を下げずにいられます。どんなにしゃべっても、熱が冷めやらぬまま、次郎君との会話を終えることができます。だから「あー、楽しかった」って思えるんだろうなって、そんな結論にたどり着きました。

そんなことが今になってわかった、次郎君とのお食事会でした。

三十八段目 マドアンヌちゃん

2005年08月26日 12時12分26秒 | 日記
高校時代からのお友達、モルモットの“マドアンヌ”ちゃんとお食事に行ってきました。

マドアンヌちゃんとは高校三年生のときに同じクラスになって、一緒に受験勉強をがんばった数少ないお友達の一人です。
わたしたちの高校は私立の女子高で、上に短大があり、わたしたちが卒業する年には四大もできたので、いわゆる一般受験をする子は少数派だったのです。よく知らないけれど、卒業の三月までうんうん唸ってたのは、40人中10人もいなかったんじゃないかと記憶しています。
そして、たぶんクラスで浪人したのもわたしと彼女の二人だけ(笑)。

高校時代、わたしたちは一緒にお弁当を食べていたけれど、どこかによく一緒に遊びにいくというような仲ではありませんでした。教室以外の場所で会うことはほとんどなかった。浪人時代、大学時代は、それこそ数えるほどしか会っていません。一年に一回も会っていないかもしれない。連絡もその会うときまでは、ない。けれど彼女が就職で東京に出てきてから初めて会ったとき、お互いの状況を話したら一緒に暮らそうということになった。そして次の週には引っ越していた。そういう関係です。

マドアンヌちゃんとはちょうど半年くらい一緒に生活していました。もともと一人暮らしだった彼女の部屋にわたしが転がり込んだので、寝る部屋は一緒。しかも、シングルの一枚の布団に毎日一緒に寝ていました。それくらい、わたしたちの間には何の問題もありませんでした。問題があったら布団の上で寝られなくなっちゃう(笑)。
一緒にトイレに行くようなラブラブな仲でも、言いたいことが何でも言えてケンカもたくさんするというような熱血な仲でもなく、お互いがお互いに尊敬している部分があって、それを通して啓蒙しあっているような、そんな関係がわたしたちの間にはあります。だからマドアンヌちゃんに会うと、いつもわたしは自分に欠落していたもの(その多くは自分に対する厳しさや、飽くなき向上心なのですが)を少し流し入れてもらえるのです。そして、マドアンヌちゃんの言葉から察せられるものを信じさせてもらうなら、彼女もわたしに会うことで、わたしが他の人から与えられて好き勝手にばらまいている「幸せな気持ち」をもらっていってくれているはずなのです。
だから同居を解消したあとも(外部からのある障害によって二人暮しは解消せざるを得なかったのですが)、こうして定期的に会うことができるのだと思います。

台風のこともあって、駅からあまり遠くないお店を選びました。スペイン料理。感激なことに、マドアンヌちゃんがお店をいろいろとピックアップしてくれていて、クーポン券まで切り取って持ってきてくれていて、だからわたしはそのクーポン券を見て選ぶだけ。おまけに洋菓子とジャムのお土産までありました。至れり尽くせりでございます。
割引がきいて、コースで2900円。質・量から考えたら満足なお値段でした。そうとうお腹いっぱいになったしね。パエリアのお米がおいしかった。赤米と黒米ってメニューにはあったけど、わたし好みの歯ごたえで、炒めたり、リゾットにするのに向いているのではないかと思いました。

そこで2時間くらい。ひさしぶりなせいもあるけれど、たくさんお話しましたね。マドアンヌちゃんが相手だと、基本的にわたしのほうがよくしゃべります。ずっとしゃべってる。ごめんね。でも、マドアンヌちゃんはそれに対して彼女なりの意見があると、しっかり主張してくれます。だからわたしも安心してしゃべり続けられるのかもしれないです。ありがとう。

次はどこのお店にしようか。
今から楽しみです。

マドアンヌちゃん、これからもどうぞよろしくね。


三十七段目 AWAKE

2005年08月25日 12時59分51秒 | uubの音楽日和
リン先生がくれたL'Arc-en-Cielの最新アルバム「AWAKE」を聴いています。
そう、「聴きました」ではなくて「聴いています」。
現在進行形。
頭から離れてくれない。三日前からずっと流れっぱなし。本を読みながらでも、脳の中のバックミュージックになってる。
けっこう夢中でファンになっていた高校の頃と比べると、ラルクに対するアンテナは今はもう相当短くなっていたのだけれど、こんないい曲聴かされちゃうと「やっぱりラルク」って思います。いったい何がこんなにいいのでしょう。彼らの曲のいったい何がわたしをこんなにワクワクさせるのでしょう。

ラルクに限ったことではなく、音楽のもつ何かこう潜在的に大きな、人の心を震わせるものの正体って一体なんなんでしょうね。不思議で仕方ありません。

ピアノを弾いていて、一つでもそんな影響力のある音を出したいって、毎日思ってます。

あー道は遠い。

三十六段目 今の仕事

2005年08月24日 10時57分50秒 | at パンダ社
過去の記事にも書きましたが、今わたしがしている仕事は「お留守番」です。

具体的にどういう状況かというと、わたしが働いている事務所にはもともと社員さんが一人(この人がたまに登場する‘うおみ’さんです)しかいませんでした。そのために、まあ、いろいろと不都合があったのでしょう。web上でアルバイト募集をし、それを偶然見つけて(あとで聞いたら、そのページは三日間だけしか載せていなかったそうです)応募したのがわたしというわけです。平日月曜から金曜まで、基本的に9-18時の勤務時間で、時給もアルバイトにしては高いと思います。交通費も全額支給。始めたときは何でもがんばってやろうと、それなりにはりきっていました。
ところが実際に働き出してみると、することが何にもないんです。驚くくらい、なんにもない。事務所の掃除は30分で終わります。お客さんが来たらお茶を出します(要5分)。頼まれたらコピーをします(平均15分)。資料整理のお手伝いで、テプラーを使ってカチャカチャ、ペタペタ、やります(平均15分)。ゴミ箱の中身をシュレッダーにかけます(最近のニリュウ君はさらにやる気がなくて、5分動かしたら20分休憩を与えています)。あとは電話応対と郵便の手配。これ以上の仕事は基本的にありません。この前までは「住所録の作成」という仕事があって、それが一番手間のかかる仕事だったけれど、それももう終わりました。9-18時といえば、休憩時間を除いても8時間あるわけです。これだけじゃ、8時間が埋まりません。じゃあどうするのかといったら、こうしてるわけです(笑)

とはいえ、さすがにキーボードをずっとカシャカシャやってるのは、うしろめたいのです。注意されたことはないけれど、どう思われてるのか心配になってくるので、精神衛生上あまりよくないわけです(うおみさんの席からわたしのパソコンの画面は見えないけれど、わたしの顔は見えます)。だからという理由だけではないけれど、他には宅建の勉強をしたり、新聞を読んだりしながら、8時間をなんとか過ごしているわけです。
それでお金をもらっているなんて、とんでもない贅沢ですよね。
そう、とんでもない贅沢なんです。けれど身分不相応のためか、とんでもない贅沢はどうやらわたしの性には合わない(笑)。
確かにラクではあるんです。でもラクだと感じるためにはラクでない時間が必要なのです。ラクばかりしてると、「ラクをする」ということが「ラクをしなければならない」という「義務」みたいになってくるんですね。そうなると疲れて仕方がない。そもそもつまらない。

なんていってると、「じゃ、やめればいいじゃん」ということになるわけです。
そうです。やめればいいのです。
ただ、いまのわたしにはつまらない8時間を過ごしてでも守りたいものがあるのです。それが「今の生活」。
つい最近引っ越した新しい家を、わたしはとても気に入っています。その家賃をちゃんと毎月滞りなく払うこと。
ウィークデーの夜には、自分の時間を有効活用すること。
たまには友達とおいしいお食事をしに出掛けること。
家でバーミャンと夜中までおしゃべりすること。
土日は大いに遊ぶこと。
毎朝ピアノの練習に行くこと。
大好きなブランドの高いお洋服を買うという贅沢を、たまに許してあげること。

そういう「今の生活」を確立して、毎日毎日ひとつずつ確実に守っていくことが、いまのわたしにとっての最重要事項なのです。
とはいってもね、今の仕事じゃなくてもそれはできるのかもしれない。実際、数週間前にはこの仕事を辞めたい気持ちがMAXになっていました。でも、あるちょっとしたきっかけで、ここでの仕事もずいぶんと楽な気持ちですることができるようになったので、まあ、いいかと思っています。
やってみなければわからないのだけれど、いまのような理由でこの仕事を辞めてしまったら、どこのどんな仕事をしても長続きしない気がするんです。つまらないという理由で辞めた次は、きっと忙しすぎるという理由で辞めてしまうような、そんな気がしているんです。まあ、現状を打破する勇気のない言い訳に過ぎないかもしれないとも思うんですけれど。

そうはいっても、わたしには夢があります。
ここでこれだけの仕事をして、人生を終えていくことが望みではないんです。
ここは通過点。
この通過点を、どんな通過点として将来において自分の口で語れるか、それが大切なことだと思ってます。

もうすぐうおみさんと、出張でこちらに来ている社長が戻ってきます。
ではまた。

三十五段目 あなたの好きなところはどこですか。

2005年08月23日 13時29分41秒 | 日記
「あなたの好きなところはどこですか」

この質問に答えられなくて、わたしはエントリーシートごと就職活動の一切を放棄しました。
もうずいぶん昔のことのように思えるけれど、わたしの「今」はここから始まっているような気もしています。自分の好きなところを考えて考えて、やっぱり一つもないということが、わたしという人間を作っているのだと思い始めたから。

わたしには「わたしの好きなところ」なんてひとつもありません。それはあまり「良くない」ことで「悲しい」ことなのかもしれません。でも、どんなに考えたってないものはないんです。とはいっても、わたしはそのことについて悲観的でいるわけでも、自分を卑下しているわけでもありません。エントリーシートが書けなかったという点でものすごく困りはしたけれど、それは単に「書かなければいけないものが書けない」という落ち込みであって、「わたしにはいいところがひとつもない」という落ち込みではありません。
いま「いいところ」と書きましたが、わたしには好きだと思うところはなくても、自分で認めてあげている部分はあります。それは今までに周りの人たちがわたしに対して言ってくれた、数多くの言葉のおかげです。
優しいね。とか、強いね。とか、頑固だね、負けず嫌いだね、いつも笑ってるね、とか。姿勢がいいね、真面目だよね。素直だといってくれる人もいます。純粋だねといってくれる人もいます。感性が豊かだと思うといってくれる人もいます。怒らせたら誰よりも怖そう、っていうか怒ることあるの?なんてことも言われました。(もちろんありますよ 笑)
こんなふうにたくさんの人が、本当にたくさんの言葉をわたしにくれて、わたしはその言葉に支えられて今まで生きてきました。って、文章にするとどうしても深刻味を帯びてしまうけれど、みんながくれる言葉は本当にどれもわたしの宝物なんです。その宝物を失わないように生きていくこと、つまりはみんながくれた言葉を裏切らないこと、それを常に一番に考えてわたしは生きています。

わたしが一番望んでいること。
それはきっと、誰からも嫌われないこと。誰からも傷つけられないこと。

自分の好きなところがないから、誰かが「好き」だといってくれるところしか「認めて」あげられない。誰かに言ってもらわなきゃ、それこそわたしは自分を卑下して生きていくしかない。だからわたしは誰かの言ってくれた言葉を大切にして、信じて、自分の存在を認めているのだと思うのです。
わたしの周りにいるわたしの大切な人たちは、わたしのことを「いつも笑っているね」と褒めてくれます。本当にいつもわたしが笑っているのだとしたら、それは、「いつも笑っているね」とあなたがわたしを褒めてくれたからです。たぶんそう言ってくれる人が多かったから、それが自然に身についたんだろうなと思います。

いま、どうして就活のときのことまで思い出したかというと、最近あるお友達との関係がうまくいってなかったんです。彼女はわたしを責めていました。だけど、わたしには責められる理由がわからなかった。わかる部分もあったのだけれど、でも底のほうで横たわっているであろう、根本的な彼女の怒りの、もしかしたら悲しみの理由がわからなかった。それが昨日向かい合って座って話をして初めてわかったのです。原因は「嫌われるのが怖くて言えなかった」というわたしの一言にありました。
彼女に嫌われるかもしれないと思って、言い出せなかったことがあったんです。でもそれは、そのときの彼女の状況をわたしが考えたときに、彼女に嫌な思いをさせるかもしれないと思ったからでもあるんです。でもその言葉は彼女には言い訳にしか聞こえなかった。誠実さがないと言われました。いつまでそんなことを繰り返すつもりなのかと。
すごくショックだったんです。人に嫌われるのが怖いから言えないことがたくさんあります。でもだからこそ、その人に対してできてきたこともたくさんあるのだと信じていたんです。そしてそれは、彼女が一番認めてくれている人だと思っていたんです。だから、いつまでそれを繰り返すのかと言われて、もうそんなことはするなということなのだと思って、どうしていいのか、自分がどうしてきたのかわからなくなりました。

一週間前、実家に帰っていたときにわたしの心は完全に閉じていました。そういうことはこれまでにもないわけではなかったけれど、原因はいつもだいたいわかっていたと思うんです。でも今回はまるでわからなかった。なんなんだいったい、と。でも、昨日彼女と話をして、結果的に彼女との関係を取り戻すことができて、それで初めてわかったんです。わたしの心が閉じたのは、彼女からの逃避だったのだと。彼女の言葉を受け取るのが怖くなって、彼女に話をするのが嫌になって、でも彼女とわたしとの「関係」は確実にここにこうしてある。それを避けるためにはもう、閉じてしまうしかなかった。眠ってしまうしかなかった。心よりも体が先に反応したんだと思います。だからそれが原因だと今まで気がつかなかった。

わたしは朝、毎日5時に目を覚まします。何時に寝ても5時に目が覚めるんです。この前は4時半に寝たけれど、やっぱり5時に目が覚めました。なぜかはわからないけれど、もうずっとそうです。けれど、彼女との関係がうまくいかなくなり始めてから、わたしは朝起きられなくなりました。でも「彼女との関係がうまくいかなくなり始めた」時期とわたしが朝起きられなくなった時期が一致していることに気がついたのは、今日です。会社でも眠く眠くて仕方ない日々が続いていたけれど、単純に体調が悪い、仕事が暇すぎてつまらないから、もしくは寝不足だからなのだと思っていました。そういう日もあったに違いないけれど、でもわたしの「眠たさ」は体ではなくて、心が求めていたものだと今ならわかります。昨夜、彼女と夜遅くまで話をして4時間しか寝ていないけれど、関係が元に戻った今朝は眠たくありません。それに、自然と5時に目が覚めました。閉じていた心がやっと開いたのだと思えるんです。

こんなわたしだから、誰かに嫌われたり責められたりすることがとても苦手なわたしだから、言わないでおきたいことがたくさんあります。自分のことを好きじゃないから、好きなところがないから、誰かに受け入れてもらえることは、とても難しいことなのだと思っています。でも、彼女はそれを否定してくれていたんです。彼女がわたしを責めたのは「まだ、そんなところにわたしたちの関係があるのか」と、わたしが思わせてしまったから。何でも話せる仲なのではなかったのか、何かを話して相手を嫌いになってしまうような仲だと思っていたのか。そんな信用のされ方しかしていなかったのか。
彼女はわたしのことを簡単に受け入れてくれる準備が常にあったと、そう言ってくれていたんです。それにわたしはまったく気がつかなかった。言ったら嫌われる、呆れられると、本当にそう思っていた。

「あなたの好きなところはどこですか」と聞かれて、今でもやっぱりわたしには無いとしか答えられません。けれど、自分に好きなところがないから、自分が他者に受け入れてもらえると思えないから、今回好きな人をがっかりさせるようなことになってしまったのでしょう。

好きなところ、ひとつくらい見つけてもいいかもしれませんね。


三十四段目 弾きあい会

2005年08月22日 11時01分56秒 | 日記
ピアノの弾きあい会がありました。

どういうイベントか少し説明します。
わたしは、ある音楽教室でヨークシャーテリアのリン先生にピアノを習っています。リン先生は、ベートーベン&L'Arc-en-Cielが好きだという点で、わたしと音楽的趣味が酷似しているのですが(この日はわたしのためにわざわざ、ラルクの最新アルバムをCDにコピーして持ってきてくださいました。そのいただいたものを聴いて、「ラルク最高。先生大好き」とメールをしたら「でしょでしょ!さすがuu-chan」とノリノリのお返事が返ってきました)そのリン先生の生徒さんが集まって、普段自分たちが練習している成果を人前で発表しましょう、というのがこの企画の趣旨です。

「あそび」感覚で参加すればいいイベントです。
でも緊張するので、気持ちはあまりあそべません。

わたしは11月のアンサンブル発表会に向けて練習している、ベートーベンのヴァイオリン・ソナタ「Spring」の最初の一部分だけを演奏することにしました。もちろんヴァイオリン担当の、うさぎのミレちゃんも巻き込んで。

ミレちゃんのことを少し書きます。
ミレちゃんとは昨年の今頃に知り合いました。というのは、昨年のアンサンブル発表会で一緒に演奏するパートナーとして、お互いの先生に紹介してもらったからです。それから何ヶ月間かの練習を通して仲良くなり、「来年もまた一緒にやろうね」という約束をし、そしてその約束がこうして実現しているわけです。
ミレちゃんはわたしよりも6歳くらい年上の、小柄で、色白で、ストレートの長い髪をさらさらと揺らして歩く、時に、わたしの人生の良きアドバイザーにもなってくれるお姉さんです。ふだんの会話はのんびり話すのに、ヴァイオリンの話題になると少し早口になります。クラシックを「聴く」場合はヴァイオリンよりピアノ曲のほうが好きなのと、ピアノという楽器に敬意を込めて言ってくれます。

そんなミレちゃんと二人で、発表してきました。
観客は20人くらい。
弾く直前まで余裕だったんだけど、やっぱり「本番」と名のつくものは、どんなにお気楽な会のものでも緊張するのだと学びました。
本当の本番が思いやられますが、まだ時間もあるし、あまり焦らずに地道に練習しようと思います。
それに、アンサンブルって楽しいんです。他の楽器と音を合わせるということが、こんなにもわくわくする楽しいことだとは、昨年の今頃まで思ってもいなかった。

ピアノという楽器はそれだけで曲を完成させてしまえる要素の強い楽器だから、誰かと一緒に演奏することが、特にクラシックだと少ないんです。そうでない人もたくさんいるのだろうけれど、わたしは今までずっと「一人でピアノを弾く」ことしかしてこなかったんです。「合奏」するという機会がなかったし、そういうことをしたいと思ったこともなかった。演奏の形態の一つとして合奏という選択肢を自分の中に持っていなかったんですね。ただ、言われるままに黙々と弾いてきた。それが、昨年アンサンブルという機会を与えてもらって(しかもそのときはチェロも入ってトリオでした)、「他の楽器と自分のピアノの音を合わせる」という楽しさに目覚めたわけです。本当に楽しい。

ミレちゃん、秋まで「春」におつきあいくださいね。
どうぞよろしくお願いします。


追伸  今週末、高校時代と大学時代のそれぞれ二人のお友達から久しぶりの連絡がありました。二人ともありがとう。はやく会いたいです。






三十二段目 大きなネット

2005年08月18日 13時00分22秒 | 日記
みんなにお礼を言いたいと思います。

昨日の記事で、思いもよらず大好きな人たちに心配をかけてしまいました。
みんながそんなに定期的にこのブログを見ていてくれているとは思っていなくて。
読まれたとしても、「ふうん、そうなんだ」くらいで済ませてくれるだろうと思っていて。
でも、みんな済ませてくれなかった(笑)
どうしたの? 大丈夫? 話聞くよ? って、閉じた入り口をコンコン叩いてくれる。頭のなかで心配するだけじゃなくて、こうして実際にわたしのために体を動かしてくれる。こんなに有難いことはないです。

わたしは、自分を取り巻く大きな大きな網の存在を知りました。ブログを通して、メールを通して、わたしの知らないところでも知っているところでも誰かがつながってくれる。誰かと誰かは知らない人同士でも、わたしを間においてつながってくれる。そういうつながりに守られて生きていることを改めて感じて、とても感謝しています。わたしとつながってくれる大好きな人たちに。
ここでは様々な事情から「みんな」という言い方しかできないのが嫌なのだけど、心のこもった携帯cardを送ってくれた、朝早くからピアノの練習に付き合ってくれた、夜遅くまで辛抱強く電話で話を聞いてくれた、旅先から携帯でコメントをくれた、朝ごはんとゆったりした時間を作ってくれた、たくさんの大好きなお友達にとても感謝しています。

みんなどうもありがとうね。

この一ヶ月の間にいろんなことがありました。
自分の気持ちに整理がついたら機会をみて少しずつ、この小屋でお話したいと思います。

では、お昼ご飯にいってきます。




(続) 再開待ってます。

2005年08月17日 15時10分38秒 | 日記
アフタヌーン・ティールームでランチをとりました。
温かいミルクティが本当においしかった。
塞いでしまった入り口のまわりをじわりと潤してくれます。
ゆっくり、とてもゆっくりカップ二杯を飲んでからお店を出ました。
次の、高校時代の友達との約束まで時間が空いたので、同じ建物の中に入っている本屋さんにまた足を運びました。

ここの本屋さんははじめて来ました。
4・5階と2フロアー分あって、4階部分は主に雑誌や文庫・実用書、5階部分が学習書や専門書になってます。
小一時間くらいはいたと思います。
でも、全ての入り口が塞がっているので、普段のようにあれもこれも買いたいとはなりません。なにを見ても、ふぅん。で終わってしまいます。
そんな中で、見つけた一冊がありました。
すぐには読めないけれど、わたしの入り口を開けてくれると思えた本です。
だからわたしは本屋さんに来るのだと思います。

気持ちが閉じたまま、友達に会いました。
話の流れもあって、彼女に「輝いていない」と言われました。
もうどうぞ、いくらでも言って下さい。
そんなことはわたし自身が百も承知しています。
いまさらそのことを誰に指摘されようと、驚きもしないし、腹も立ちません。
今はこれでいいんです。
輝いていないわたしだって、輝いているときのわたしだって、いつだってわたしなんです。輝いていないからって、わたしらしくないとは思いません。

東京に戻るのがこんなに嫌なのはいつ以来だろう、と思いました。
かといって、実家にい続けたいわけでもないのです。
たぶん、仕事がいやなのだと思います。だけど、そんなに嫌な仕事をしているとも思えないのです。ただのわがままなのでしょう。最低です。

バーミャンと、バーミャンの作ってくれたビーフシチューを食べました。
近所に住むバーミャンのお友達が、ビーフシチューを食べにやってきました(その子のことはまた別の機会に書きます)。
バーミャンが誰かと電話をし始めたので、わたしは初対面のその子とお話をし始めました。
12時を回ってしまったので、さすがにその子はわたしに悪いと思ったらしく、電話中のバーミャンに一言声をかけて帰っていきました。とても礼儀正しい、いい子でした。

わたしはシャワーを浴びました。
出てきたら、布団が用意してありました。バーミャンが気を遣ってくれたのです。
わたしはいつものようにパソコンで音楽をかけて、布団に入って寝ました。

ずっと、気持ちは閉じたままでした。

閉じたまま目が覚めて、閉じたまま会社に行く準備をしました。
バーミャンが起きてきて、「昨日は電話しててごめんね」と「おはよう」の次にそんな言葉をかけてくれました。とてもとても安心しました。

通勤電車の中でふと携帯を開くと、メールが届いていました。
八時半、わたしが会社に行く時間を知っていて、その時間に合わせてメールをくれる人です。その人がこんなことを言ってくれました。

「uubの小屋、再開待ってまーす」

だからわたしは今日こうして、この小屋を再開することができました。

そうやってわたしの入り口はまた一つずつ開いていきます。

本当にどうもありがとう。

三十一段目 再開待ってます。

2005年08月17日 12時58分47秒 | 日記
ただいま。uubです。
東京に戻ってきました。
戻ってきたら、バーミャンとバーミャンの生活がそのままこちらにやってきていました。

いよいよ二人暮しです。ばんざい。

ビーフシチューも出来上がっていました。ばんざい。


実家にいる間、わたしはものすごく「閉じて」いました。
もっと正確に言えば、名古屋へ向かう新幹線の中からすでに気持ちは塞ぎ始めていました。
原因なんて知りません。
一度にすべてが閉じたような気もするし、開いていた引き出しが一つずつ、名古屋へ近づくにつれて、閉まっていったような気もします。
愛知万博に行こうかという話もしていたのだけれど、この状態で行っても何も取り込むことができないと思ったのでやめました。
何かを受け入れる入り口がありませんでした。

お昼の2時に名古屋駅に着いて、母親の“タツコ”さんとご飯を食べに行きました。
それから本屋さんに行って、すでに買って持っているのと同じ文庫本を一冊と、新しい文庫本を一冊と、あとから思い出して雑誌Numberの計三冊を買いました。それからスーパーでお買い物をして家に帰りました。

家に着いたときは、本当にほっとしました。
何度も帰省しているけれど、この部屋がこんなにもわたしを「迎えてくれた」のは、最近の記憶にはありません。わたしの家だと思いました。

なんでだろ。今回の帰省は今までにないくらいどうでもいいと思っていたのに。
それどころか、帰るつもりも最初はなかったのに。

夕飯は桃とバナナで済ませました。
食欲もなし。

こうなるともう、どうあがいても仕方がありません。あがくことをやめるしかありません。そう思って買ってきていたのが文庫本だったりするわけですが。

次の日は家から一歩もでませんでした。出てやるものかと思ってました。
もうすでに読んだほうではなくて、新しく買った本を読み始めました。
一ページ目で寝てしまいます。また起きて読み始めても数行目で寝てしまいます。
何度か同じ事を繰り返して、最終的には読書も放棄しました。
本がつまらないのではありません。
わたしに「入り口」がないのです。
全部閉じてしまっているので、要はやる気がまったくないので、他人の声なんか聞いて(読んで)られないのです。完全に拒否。

そんなわけで一日中寝ていました。何時間だろ。18時間以上は眠ってました。完全現実逃避。なんてすてき。なんてつまらない。なんてくだらない。でも、たぶん本当に必要だったのです。体と心が求めていたことなのです。だから是非の判断はしません。必要なことはするべきなのです。

実家での最終日、わたしにはするべきことがありました。
計さんの誕生日プレゼントを買うこと。
計さんのお誕生日はもう、過ぎています。
でもお誕生日の翌日くらいに計さんに会った時に、「プレゼントがあります」と言ってしまったんです。
だって、「あげない」という選択肢はそのときのわたしにはなかったから。計さんに誕生日プレゼントをあげることは、12月24日にクリスマスの準備をするのと同じくらい、わたしにとって自然なことだと思ってたから。買うものもだいたい決めていたから。

自然なことが、自然でなくなるとは思ってなかったから。

地震があったのはちょうどそのプレゼントを選んでいるときでした。
震源地は宮城県南部。
こんな偶然、ひどいよね。
空にいる偉い人は、どうしてもわたしを責めたいらしい。
でも、あなたには謝りません。
わたしが謝るべき人はあなたではありません。
わたしが謝るべき人には、わたしが会って直接謝ります。
だから、あなたがわたしを責めないで下さい。


これからお昼休憩に入ります。
続きは三十二段目で。

三十段目 Feel like dance

2005年08月11日 12時20分24秒 | 日記
バーミャンと、バーミャンの妹のマリリンと三人で、30分だけのカラオケに行ってきました。
カラオケはいつ以来かな。記憶と手帳の記録から判断すると、約半年ぶりくらいみたい。結構長いこと行ってなかったんだ。

カラオケに行くとわたしはだいたい一番最初にglobeの“Feel like dance"を歌います。特に好きなわけでもないんだけど、歌いやすいし、音域がある程度広くて喉が開くから、ウォーミングアップ的に歌います。

そしたら隣にいたバーミャンが「uu-chanの十八番だ」。
そう、自分では十八番だという認識はなかったのだけど、言われてみたらたぶんカラオケで一番回数多く歌ってるはずの曲だから、上達はしてるのかもしれないと思いました。バーミャンのブログでも褒めてもらえていたのには、すこし驚きました。

なんだかとてもうれしいので、今日からわたしの十八番は“Feel like dance"に決定致します。

そういうバーミャンの小柳ゆきの“愛情”も素敵でした。
またマリリンと三人で行こうね。


追伸: 明日から会社がお盆休みに入ります。なので、この小屋の更新もしばらくお休みです。戻ってくるのは17日以降かな。みんな忘れないでね。
    
それではお盆休み、みんな元気に過ごしてね。
See you!




二十九段目 おいしいマンゴー

2005年08月10日 12時29分09秒 | 日記
先日、わたしの部屋の下に住んでいるコアラの“ユーカリ”さんにマンゴーをもらいました。

わたしの部屋は一軒家の二階部分なのですが、その同じ建物の一階部分に住んでいるのがユーカリさんです。ユーカリさんはとっても感じのよい奥様で、どうやら旦那様と息子さんの三人で暮らしているようです(わたしはまだ、ユーカリさんにしかお会いしていません)。

そのユーカリさんが夜トントンと二階の部屋のドアをノックしました。最初は「誰だろう」と訝しくも思いましたが、「一階のユーカリです」の声にホッとしてドアを開けました。とはいっても、わたしはもう完全なリラックスモードで、人前に出られる格好をしていなかったので、玄関前で少しお待たせしてしまったのですが。。

頂き物だというマンゴーを一つと、わざわざ温めてくださったアルミホイルに包まれたままのトウモロコシを一本、御裾分けにと持ってきてくださったのです。
なんだかとてもうれしかった。
東京に出てきてからいろんな部屋に住んだけれど、ご近所づきあいができないところも多い。でも個人的には、こういうご近所づきあいって好きなんです。とても。だから、ユーカリさんがこうしてわたしを自分の生活の範囲内に迎えてくれたことが、とてもうれしいんです。

それにね、マンゴー、とってもおいしかったの。
すっごく甘くて、皮なんて手でむけちゃうくらい熟してた。
トウモロコシもわざわざ温めてくださって、とてもうれしいです。

お盆は実家に帰るから、ユーカリさんへのお土産、今から楽しく考えます。


二十八段目 気晴らし

2005年08月09日 17時39分11秒 | 日記
ただいま勤務中です。
先週末、社長に言い渡された業務を遂行中。

「住所録の作成」

うおみさんがこれまでに頂いてきた名刺を全部データ化する作業です。
400枚くらいあるのかな。けっこう大変。

ずっと社名と氏名と地名ばっかりみてると、わたしのアイデンティティーが失われそうな気になってくるので、こうして気分転換です。また数日更新できていなかったし。

いま、世の中の最大の関心事は「衆院解散・総選挙」かな。
わたしはあんまりだけど。
だめですね。はい。
どちらかというと、日テレが野球中継の延長を試合の展開によってはしなくなるという記事に注目しています。

野球大好きのわたしでも中継の延長は必要ないと思っていました。
だって、延長するなら試合終了まで延長しないと意味がないもん。
少しでも長く楽しんでもらおう(少しでも儲けよう)ということなんだろうけれど、わたしとしては途中で終わるならどこで終わってもあんまり変わらない。もちろん試合の展開によってその意味は大きく違ってくるけれど、試合の展開なんてそのときまでわからない未知の要素だから。それが最高におもしろかったらもっと最後まで観たくなるわけだし。

だけどそれはわたし個人の「展開のおもしろさ」。それをテレビ局が一元化して決める場合、一体誰の判断で決めるつもりなんだろ。そのときの視聴率かな。だとしたら、「そんなことでいいのかプロ野球」。

って、そんな個人的な感情は置いといて。
気になったのはその記事で「いよいよ野球人気の低下を免れない」と書いてあったこと。テレビで見られなくなる分だけ、球場に足を運ぼうとする人が増えるのではないかという観測が、もはやまったくなされていない。

これでいいのかプロ野球。