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親愛なる日記

僕が 日々見つめていたいもの。詩・感情の機微等。言葉は装い。音楽遊泳。時よ、止まれ!

バスと距離を-あるいはテキーラ-4章

2008年08月25日 | 物語
秋=つまりAutumnという文字をI podの検索にかけて出てきた音楽を聴いてみる。

最近、自分で音楽を選ぶのが面倒になったときには、そんな風にタイトルから音楽を絞り込んでみる。

blue、moon、love、sunset、beautiful、summer、nightとか、タイトルにつきそうな、それでいて音楽の方向性が絞られるような検索をしてみると、思わぬ曲に出くわしたり、そうでもない曲が好きになったりすることがあるから面白い。

ちなみにautumnだと、僕は8曲しかヒットしなかった。「枯葉」が違うテイクで3曲ほど入っていたのでBill Evansの「What's New With Jeremy Steig」というアルバムからのものを聴いてみる。

さる人から頂いたこの曲は、ビルエヴァンスが少し苦手だった僕の意識を大きく変えることになりました。フルート奏者だろうか、エヴァンスともう一人のセッション。

『Autumn In New York』が聞きたくて検索したのだけれど、僕のIpodにはModern Jazz Quartetのややゆるめの歌なしのものしかなかったので諦め。

Yo La Tengoの「I Can Hear the Heart Beating As One」から『Autumn Sweater』を選択。


やっぱりいいなあ、ヨラ。夏の終わりから秋にかけて、この人達のゆらゆらしたベース音には、ほら、夏はもうすぐ終わってしまうんだよ、と声をかけられているようで、物悲しくも力瘤。

そんなことを考えながら、A地点に到着した僕は、雨がさらさらと降り続ける路上に放り出された。

家に電話をして迎えに来てもらいたいのだけれど、出発前にかけた時も、途中のパーキングからも電話は不在をお知らせしていて、どうにも混乱するのだ。

家に誰もいないなんてな、日曜日だというのに。

やや、諦めながらとぼとぼ暗い夜道を歩いていると、交差点の脇に見慣れないバーの灯りが見える。

ほう、これは渡りに舟とばかり、飛び込んでみる。

店内は、南海キャンディースのような男がカウンター内に一人。と、妙に目がぎょろぎょろとした不思議な感じの中年女性がカウンターの端でスパゲッティを食べている。

僕はやや迷って、カウンターに腰掛け、ジントニックを頼んだ。まあ、普通の味のジントニックだった。少なくともライムが入っている。

しばらくして僕は店の入り口に置かれたピアノについて山ちゃんに尋ねてみる。

すると山ちゃん、実はブルースが大好きで自分はギター奏者だが、最近はピアノを独学で練習しているのだと語る。ほう、なんと似つかわしくないことをするもんだ、山ちゃんのくせに。と思いながら興味深げにしばらく話していたところ、是非聞いてみてくれ、と山ちゃん自らピアノを弾き始めた。

突然のライブパフォーマンスに驚きつつも、なかなか悪くないそのスモーキーなピアノの音を聞いているうちに少し気分が良くなって、僕の体も少しゆらゆらとリズムを刻み始めてしまった。

そういう空気を感じとったのか、奥のカウンターでしばらくスパゲッティを食んでいた女も、私も特別に弾いてあげるわ、あなたは初めてだから特別にリクエストを受け付けてあげる、何がいいか。と頼んでもないのにリクエストをすることになる僕。

「それなら『Autumn In New York』なんてどうでしょうか、季節柄」と、僕が答えると、女はまだそんな季節じゃないわね、とか、もぞもぞいいながらも『Autumn In New York』を弾いてくれた。しかも、予想に反して歌までついていた。

歌はあまり上手ではなかった。でも、ピアノはまずまずでなかなか味がある感じだったので僕はジントニックを思わず一息に飲み干してしまった。

それが、どうもいけなかったのか、女が僕に酒を奢ると言い出した。いえいえ、そういう訳にはといいながらも、酒のすすめを断るのも礼儀に反するのでありがたく頂戴します、なんなら僕は最近バーボンばかりなので、バーボンであれば嬉しいな、というと、山ちゃん嬉々としてロックグラスいっぱいにフォアローゼスをついでしまい、わあ、嬉しいなと思う反面、俺帰れんのかな、と心配になってきまして、まあ、いいや、なすがまま、と思って居直りぐいっとやりました。


すると、女が、なにやらお前面白いからこれも飲んでみろ、と差し出されたのが「テキーラ」でありまして、ストレートテキーラにライムと、塩までご丁寧につけて飲めというので、ええ、飲みましたさ、いっきにね。口にライムをギュと搾って、えいや、とばかりに飲み干してやりました。

よくないですね、テキーラ。基本的に味わいのないお酒は飲まないようにしてるんです。酔いたいから飲むわけじゃないんです。お酒の味が好きなのです。

そんな僕の叫びもむなしく、酔いは急激に回ってくるんです。

電話貸して下さい、と言って借りた黒電話、黒電話?いまどき。

も、不在通知。

どうなってる家は??

やれやれ、と思っているうちになんだか客が一人増え、二人増え、僕は近所の水商売系のお姉さんと、ジャズボーカリストだと言う小太りなマダムと、フルモンティのガズ役をしたロバート・カーライルそっくりなカントリーミュージシャン三人の席に同席させられ、まあ、話は面白いけれど、僕は今日はゆっくりしたいんだと思うもむなしく、帰宅したのが深夜一時。


家には車も両親もいる。

一体、何だって電話にでないんだ、と僕が愚痴をこぼしたところ、いやいや、そんなはずはない、私達もお前からの電話をずっと待っていたのに連絡一つよこさないでどうなっているんだ、と返答され。



おかしい、おかしい、と思いながら電話をみると、

受話器が少しだけ外れてました。





という、僕の間抜けな数日間のお話でした。

長いことお付き合いありがとうございました。

では、また、いつか。

バスと距離を-あるいはテキーラ-3章

2008年08月25日 | 物語
                 3章

地中に潜る。

薄暗い照明、そしてややカビ臭い店内の奥に進むと、階段があって今度は上る。

ロフト上の座敷は天井が低く、そこに男が10人ばかり卓を囲む。

式の余韻は、なんだかよそよそしい二次会の空気に消え、どこか疲れきった男どもが惰性という名のビールを飲み飲み語り合う。

また、俯瞰する、池袋。

僕は学生の頃、この池袋につながる私鉄の沿線に住んでいた。

僕が暇で金がなく、悲しいほど自由だった頃。あれ?今はここから何がなくなり、何が増えたんだろう。と、ふと思う。

でもそれを今は答えない。

夜に昼の光を、昼に夜の月を探してもそれは見えてこないのと同様に、物事にはしかるべき時がこないとわからないことがあるし、それは往々にしていづれ見えてくることなのだと思う。
日はまた昇るのだ。

脱線した、池袋。

僕はこの東口に立ちつくし、三時間ばかりぼーと景色を眺めていたことがある。

何でそんなことをしたのかはよく覚えていない。暇だったんだ。

誰を待つわけでもなく、ここに立っていると、今まで風景だった人が実にリアルに迫ってきて面白い。人を待つ人、待たせる人、客を引く人、引かれる人。幸福そうな恋人たち。一人ぼっちの人。二人ぼっちの人。

たくさんの人が交錯していく池袋東口の風景を僕はただただ眺めていた。

人が恋しかったのだと思う。

今、思えば。

僕は孤独に耐えかねて、池袋東口に立っていた。そして、人混みの中こそ、最も孤独な場所なんだと知る。

あるいは、知っていたのかもしれない。

孤独に憧れていたのかもしれない。そうして自分に酔いたかったのかもしれない。

でも、こんな事はもう止そう。そう思った。

そうしてしばらく後に、僕は今の友人達と出会った。

人とコミットするか、否か。それはある時期までやはり大きな問題ではあったのだという回想。

それで、池袋。僕にとっては好まざる街。孤独を知った街。

そんな街の地下深くで、とりとめもなくビールを飲むのが僕は本当は嫌だった。

途中、耐えかねてツッカケを履いて外に出た。酒の酔いがややこめかみに残る。潮時だな。

外は雨降り鼠雨。ここの外灯はやたら白々しく、僕は煙草も吸いたくなかった。

諦めて店に戻ろうとすると、どうやら宴会は幕引きのようで、そぞろ仲間達は外に出て、これ幸いと僕も出る。

さらば池袋。僕と君とは結局分かり合えないままだったね。


私鉄を乗り、また、別の友人宅へと数人で向かう。

彼の家に着く。

予定調和的な夜が過ぎ、朝になり、昼になる。途中、お決まりのビール。

そして夕刻。

同郷の友人も急遽、僕と一緒にバスに乗って帰りたいということで、彼とは新宿のバス乗り場で待ち合わせることにして途中で分かれる。

さざ雨の振る東新宿に降り立った僕は、一瞬前後不覚になってみる。ここはいったいどこだ?

カンを頼りに最初の友人宅に無事到着。

バスの予約に向かっていた先ほど分かれた友人から、目の前の友人に電話があり、バスは予約でいっぱいで一緒には帰れないよ、と告げられる。

しかたがない、目の前の友人に、この度のお礼を申し上げ、そそくさとあの青白い箱の待つ新宿駅へ向かう。

箱に乗り込む。

順調だ。珈琲も買ったし、お腹がすいた時のためにナビスコチップスターも買った。完璧だ。


そう思っていたのだが、、、

後ろの席辺りで女の子二人組みがひそひそ話しをしている。

「えー、やっぱり、これ言ったほうがいいんじゃないかな。」
「どうしよう、やっぱ、言おうかー。」

「すいませーん、ちょっとー。」と、バスの乗務員さんを呼んだ二人。

「はい。」と乗務員さん来る。

「私の席に人が座ってるんですけど。」と女の子。

おや、誰か席を間違えたかな、いや、俺かもしれない。そういうことはよくある。やっちゃったかな。それとも隣のおばさんか。と僕は口に出さず思うてみる。

「すいません、ちょっと、切符を見せてもらえませんか」と、乗務員さん。これは俺に言ってる。

「あ、はい。」と僕。ああ、やっぱり席を間違えてたのかなと思いながら、指定の席の6Cを確認し、自分の切符を見る。いやいや、間違えてない。6Cだもん。俺じゃない。

そう、思いながら腹立まぎれに切符を渡した。


「これ、昨日の切符ですね。」そう、やつは大きな声で言った。

「…。」はあ?

「日付が昨日になってます、ほら。」そういって、確かに昨日の日付が刻印された切符を僕に見せる彼。

いや、参りましたよ。どうしようかなと思いましたよ。

だってこのバス最終だし、別のバスなんて今からとるの難しそうだし、「ごめん、帰ってきちゃった。」なんつって、友人の家に戻ったらまた、なんて言われるかわかったもんじゃないし。

とりあえず。

「じゃあ、どうしたらいいんですか。」と、彼に聞き返してみた。

自分でもこりゃあないなと思ってはいたけど、どうしていいかわからないときには、素直にどうしたらいいんでしょう。と、判断をゆだねてみるのもまた、一興。



「ま、いいですけど」と、彼は言った。

そして、運転席へと帰っていった。

え?いいの?ほんとにいいの?予約いっぱいで友人は乗れなかったこのバスに、日付間違いの俺が乗っててもいいの?



僕の頭の中のクエスチョンマークをかき消すように、バスは勢いよく出発した。

そして、C地点からA地点へとバスは何事もなく到着した。

バスと距離を-あるいはテキーラ-2章

2008年08月25日 | 物語
               2章

-さよならを言うことは、少しだけ死ぬことだ。-

というレイモンド・チャンドラーの言葉を思うたび、では一体自分はどれだけ死んでしまったのかということを考えない訳にはいかない。新宿三丁目の端にある黒豚の旨い居酒屋で舌鼓を打ちながら、久方ぶりに会った友人と酒を交わしながら、ふとそんなことを考えてみたりもする。

まだ、異国病が抜けない。どうも、この変に心地よいaway観が僕に変なことを考えさせる。俯瞰される都会の町並み、その中の小さな一角、地下の、このどこでもない場所で。友人は相変わらずで、変わらずとりとめもない話ができる。その取り止めのなさもまた、俯瞰されこの新宿の暗いアスファルトに吸い込まれていくのではないか、とほろ酔いの足取りで地面を眺めながら、彼の家に向かう。

彼の部屋は、新宿のど真ん中に掘り当てられた洞窟に作られた横穴式住居のようで、その人工的な真っ白い横穴は彼の生活を小さくも、やさしく包みこんでいる繭なんでありまして、そんな繭のような部屋が僕にとって-もちろん彼にとってもーとても居心地の良い寝袋となり僕はすやすやと安心して眠りに就きました。(ま、実際寝袋に寝たのは彼の方で、僕は彼のベットを手際よく略奪し、異論反論を待たずに眠った訳なんです、ごめんなさい。)

翌朝、自分は全然知らないところにいる。しかも、床に大きな男が死んでいる。それも眼鏡をかけたまま…。

と、思ったりはせず、ありがとう、とささやかな感謝を口には出さず、シャワーを浴びて神と彼に祈りをささげる。君に幸あれ。

すっかり、身も、心も、また友人の未来まで洗われ-たことにして、僕は外にサンダルを突っかけて朝食を買いにでかける。朝の新宿はすがすがしい。なんだか以前より下水の臭いが気にならない。東京都下水処理場の皆さん。あなたの影の努力に僕は心より敬意を払います。立派なビルや橋を建てるよりずっと素敵です。

パンと野菜ジュースと、珈琲と、おーいお茶、を購入し、なんだか水分ばっかりだな、と一人ゴチながら、化粧っけのない朝のビルの裾を縫って彼の洞窟へ。

結局、パンを食べる暇もなくなり、あわただしくスーツに着替え、珈琲を流し込み、この旅の目的であるチンザンソウへと出発。余計な荷物はすべて彼の家に置いてきたので、手ぶらで駅へと向かう。身軽だ。やはり、旅は身軽でなくっちゃいけないな。小川のほとりで花でも摘みたいくらい身軽。笹舟を流してもいい。

僕は軽やかな足取りで花園神社の境内を横切り、点滅する大きな横断歩道を足早に渡り駅へと向かう。

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一部割愛、つまり、友人の結婚式に参列しました。

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さて、あと少し続くけど、気力がもつかな。

バスと距離を-あるいはテキーラ-1章

2008年08月25日 | 物語
                 1章

僕がバスに乗り込む際に気づいたことは、携帯電話を持っていないな、ということだった。

東京へ向かう、最終の高速バスに乗り込み、人よりも少しばかりコミュニケーションが断絶された僕と、そんな僕を笑うように軽快に夜の闇を走る高速バスよ。いざ、進め。

薄っすら青い車内の蛍光灯と、流れていくささやかな光と、振動。バスは移動という物理的な感覚を嫌でも人に伝える。A地点からB地点へ。B地点からC地点へ。音楽のトラックを-あるいはDVDのチャプターを飛ばすように人は移動できず、惨めなほどにタイヤを地面に吸いつけ、ガタゴトと移動する。

B地点についた頃、たまたま持ってきたクロード・クロッツの『列車に乗った男』をおおかた読み終えていて-僕はなんでまたこんな本を選んだんだろう?-という疑問を一先ず棚にしまい、バスを降りて大きく深呼吸をする。

夜のサービスエリアは結構好きだ。あの橙のぼんやりした外灯は、周りを照らすことよりもむしろ、灯台のように自らが光を放つことだけが目的のように、足元だけを照らしている。だけどそこがいい。あの下に立って煙草でも吸おうかしら。そう思っていたら、出発の汽笛が鳴った。のですごすご戻る。あの青白い箱の中へ。

C地点に着く頃、辺りの景色は、まるで僕が知っていたそこではない、まるで違った街のように見えた。この感覚って前にもあったな。そうだ、昔、母と一緒にイギリスのリーズ空港からバスでヨークに戻るときに乗った二階建バスから見た外の世界だ。あの時も夜だった。外は見たことのない異国の街。青白い蛍光灯の箱の中から眺めた異国の姿と、今眺めている新宿って、根本的には変わらないのかもしれない。『ロストイントランスレーション』の世界。魅惑的、猥雑で、堆積した夢の土壌から伸びるビルの雑木林。

C地点に降り立つ。

まずは、、、、、、、、、、電話ボックスだ。


新宿伊勢丹の斜め前に構える旧富士銀?の麓の交番に駆け込み、電話ボックスはどこだ。と尋ねる僕。丁寧に向かいの丸井の前にあると答えるお回りさん。カタジケナイと答え、さる電話ボックスに向かい、友人に電話をかける。

彼に、僕ははるばるやってきたのだと、そして僕は携帯を持っておらないのでなんらかの場所で待ち合わせしたいのだと伝えたところ、「お前馬鹿じゃねーの」と冷たく、あるいはやさしく迎え入れられ、僕はとりあえず無事に東京上陸を果たすことができたのである。





思い付きの言葉

2005年10月02日 | 物語
「言葉なんて死んでしまえばいい。」

と、彼女が言った。

僕はなにも答えず、そのかわりに台所で珈琲をいれてだした。

大体のところ私の気持ちなんてこれっぽっちも言葉になんかならないのよ。

「あなたにも、もちろん彼にもわかるはずはないのよ。」

僕は珈琲が少し濃く入り過ぎたかもしれないと心配になった。

「ねえ。」

「ああ、うん。」


真夜中の冷蔵庫

2005年09月11日 | 物語
あなたが寝静まる夜、のそのそと起きあがる。

深夜の冷蔵庫をあけると、すやすやと眠るアスパラガスの横で「君を待っていた。」と呟くハイネケン。

話し相手もいないから、しばらく語り合おうか、幾許かの時よ。

君に幸あれ。



すべては同じ瞬間の繰り返しだった。

そう気付き愕然とし

煙草の火が消え入る前にまたもう一つの火を。


真夜中に開けた冷蔵庫の灯りは、僕に焚き火を思い起こさせる。

たき火を

ぼうっと橙色 ちらちら揺れる火


なぜあんなにも定まらない光が

こんなにも僕を落ち着かせるのだろう。












やわらかなウイスキー

2005年08月22日 | 物語
安ウイスキーのロックを水割りでたて続けに飲んだせいで体も頭もぐらんぐらんしている。

あなたに話すことも忘れ音楽を聞くにまかせる。

さても今宵、子馬が谷底に落ちるように、僕は音楽に身を落としていく。

月が私の失態を責め、私は崩れ落ちそうな岩山の梺に腰をおろす。

もちろん岩山は崩れ、さしもの僕も瓦礫の下に埋もれることとなる。


瓦礫の下で僕はそれでも生き残る術を考えている。

すうすうと

息を殺しながら




水の挿話

2005年07月25日 | 物語
そのとき僕らは世界のねじれのはしっこに立っていた。

あらゆる屋根から水の滴るその場所で、僕は呟く。

「見たかい。星が生まれる。」

「ええ、まだほんの小さな光。」と君は答える。


そう遠くない未来。

この水濡れを源に多くの命が流れゆく川ができる。僕が思い描くのはその川を渡る君の姿。おそらく水流は激しく君を押し流すだろう。

ふとした拍子に君はその濁流に飲み込まれる。

ああ、という声もなく静かに飲み込まれるのだ。

もがくこともできず否応のない流れの中に轟々という激しいーそれはまったくもって君が予想していなかったー水の叫びを聞くことになる。

そしてぱちりという音がする、君の中で何かが変化したのだ。

変化とは大抵そのような水の中で起きる。

君は物凄い速さで押し流されてゆく。強い圧力が頬に腕にーその白い首筋を襲うだろう。

そして君は知ることになる。




鶴の恩返し―めったぎり―

2005年02月08日 | 物語
とても有名な鶴の恩返しの話です。

簡単にあらすじ紹介しておきます。

 山奥に住む正直な若い男が畑仕事をしていると、傷ついた鶴を発見した。罠を外し傷の手当てをすると、鶴は生き返ったように元気になった。「気をつけていくんだよ」と言葉をかけて放してやると、鶴は礼をいうように男の頭の上をまわり飛び、一声鳴き、やがて空高く消えていった。若い男は働き者で毎日精を出して田畑仕事をしていたが、ある雨の日、日暮れて家に帰ると一人暮らしのはずの我が家に明かりともっており、中に入ると若く美しい娘がやさしく出迎えてくれた。そして、男の嫁にしてもらいたいと申し出る。貧乏な自分に嫁などとても無理だと言ったが、大丈夫だと言ってきかない。

 それからは二人の幸せな生活の日々がつづいた。やがて、ある日のこと女房が「女は機を織るものです。どうか機織場をつくって下さい」と申し出た。男はなんとか工面して機織場を設ける。女房は喜んで作業にかかったが、そのとき「七日の間、決して中を見ないで下さい」と男に固く言い含めた。それから七日の間は朝から晩までキッコパタン、キッコパタンという機織りの音が鳴りつづけた。男は女房に言われた通りに、覗き見することはしなかった。七日が過ぎると、女房は少しやつれた姿で機場からおりてきた。美しい織物を差し出し、「あなた、まず一反織り上げましたから、これを町に持っていって売ってきて下さい。百両に売れます。わたしはその間にもう一反織ります。それから、もしも早く帰ってきても、決して中を見ないで下さい」と言った。男は町へ出て橋のたもとで織物を売ろうとすると、どんどん買値が上がり、最後には殿様が百両で買取ってくれた。

 男は喜び勇んで家路につくと、キッコパタン、キッコパタンが聞こえてきた。「俺の女房の機織りの音だ。でも不思議だ。どうして糸もないのに織物ができるのだろう。」男はどうしても機織りしているところを見たくなって、こそっと覗いてしまった。見ると自分の美しい女房の姿は見えず、中では一羽の鶴が自分の白い羽根を抜いてはそれを糸にして布を織っていた。男に気づいた鶴はすぐに織るのを止め、ひょろひょろとしながら男の前にくると「あなた、悲しいことですが、こんな姿を見られたからには、ここに留まっているわけにはいきません。実は私はあなたに助けられた鶴です。ご恩返しにと思って、人間の姿になってあなたに仕えてきたのです。この織りかけの布を私と思って大切にして下さい。」と言ったきり、残った風切り羽で舞い上がり、はるかの天に飛んでいってしまった。

                               「日本昔話百選・鶴女房」より

この話の骨は「見てはならないと言われれば見たくなる」という人間の心理と、そのような欲望によって台無しにしてしまうことがあるんだという一種の教訓めいたものでしょうか。

しかし、私はこの話にそれとは全然違う感想を持ちました。


「男は娘の忠告に従わず、部屋を覗き見してよかったなあ。」です。


なぜか。


そもそもよく考えてみてください。

男は何のいわれもなく求婚を求める娘を当然訝しがるはずです。

僕なら必ず怪しいぞ、と感じます。

それに加えて部屋を見てはならないという条件。

絶対になにかある、そう男は確信するはずです。

だからなんかしらの不安要素、なり、危険信号なりを感じ取って上で男は覗き見をしたのです。

マサーシのような不純な気持ちとは違うのです。(ま、子ども向けだからそこは誤解しないとしても)

だからまず、男が覗き見をしたことは正当な行為である、と僕は思うわけです。


次に、鶴であったこと。

これは男的にかなり動揺したはずです。

少なくとも疑われるほど悪いことをしていたわけではないので、その瞬間「ああ、申し訳ないことをした。」と感じたかもしれません。約束を破ったわけだしね。

せっかく綺麗な反物を織ってくれる鶴を逃し、同時に綺麗な妻をも失い、忠告を無視して見てしまったことをとても後悔してしまった…でしょうか?


しかし、よく考えてみてください。

鶴は何を材料として反物を織っていたのでしょう。

そう、自分の羽なんです。

鶴は自分の羽を抜き、反物を織っていた。ここが重要なんです。

もし、彼が覗き見をせず、言いつけを守って娘に機織りをさせつづけた場合、鶴は羽を失いどんどんやつれていくわけです。

このまま機織りを続ければいつかは羽を全てむしりとり、死んでしまうかもしれません。


男はこの妻の異変に気づいていたのです。

だから見なければならなかったのです。

見なければ大変なことになると感じたからこそ見たのです。

結果的に男は妻を失った。しかし、男はその行動に対しては一切の後悔などしていないはずです。


なぜなら、鶴が行っていたそのような自己犠牲的な献身を決して男は望んでいなかったからです。


男は的確な状況判断の末、約束を破り、その結果鶴を救ったが、妻の喪失を余儀なくされてしまった。

「鶴の恩返し」とはこのような完全なる『敗者の美学』を描いたお話なのだと僕は思っている。


もう一言。

この話、鶴が出てくるからやんわりしていていいけど、僕はどうにもリアルに捉えてしまう。


この鶴が実は女郎だとしたら?

 ある田舎の女郎が、命を救われた男に恋をして嫁ぐ。しかし、男が金に困っていることを知った女は、「決して見ないでくれ」という条件を出して機織場で「仕事」を行う…。

果たして謎の大金を生み出す妻。いぶかしがる夫。

機織場で行われていることにうすうす気づきながら、それを見てみぬふりできるだろうか。

こんな風に考えると、案外笑ってすませない話だと思いませんか?



サンタからの贈り物

2004年12月25日 | 物語
朝目が覚めて、テーブルを見やるとなんと!完成した卒論の原稿が!!

なんてこと、ないか…。

最近、僕自身追い込まれているせいもあるけど、物欲ってものがとんと無くなってしまった。

循環型環境社会なんて本を読むうちに、ああつまりは僕等がモノを大事にして、モノを買わなくなって、モノを捨てなくなればいいのだろうな、なんて思ってしまうと、新しく何かを欲しがることが何だかめっぽう悪いような気持ちになってしまうんですな、これが。

物欲の塊のような僕がそんなことを思うのはかなり珍しいし、あまり説得力はない。

とくに衣類を買わなくなったな、ここ何年か。

前も友人と話したけれど、物欲って見れば刺激されるんだもの。売る側も必死になってるから、見たら欲しくなるような努力をしているわけだしね。当たり前な話だ。

僕が大学に入ってすぐ、第一期物欲放棄時代が訪れた。

それは単純に金がない(まあ、その金のない原因はベスパを買ってしまったことにあるのだけど)ってこともあったけど、衣装にあれこれ工夫したところで自分の価値は変わらんよ、なんて冷めた気持ちでいたりしたのだ。


そんな生活が一年ほど過ぎ、塾講師や家庭教師、焼き鳥屋のバイトを掛け持ちでやるようになって割に金に余裕が出てくると、それまでもっていたシニカルな心持ちはどこ吹く風、僕は好きな服やレコードを迷わず買うようになる。


消費は一度始めるととまらない。

そもそも計画性ゼロな僕は―今ある金はすべて使いきる―という馬鹿げた信念を貫き通した。財を散らす日々が続いた。高い酒もこのころはたくさん飲んだものだな、今思えば。

輝かしい世界に憧れていたんだと思う。

キラキラしてまぶしい夜の都会にね。

それらを幻想だなんて言うつもりはないし、それはそれで素敵なものだと思う。

金が続けば、の話だが。

僕はその後、いくつかの決定的な要因で生活に困窮した。

そうしてここ何年かはずいぶん地味な生活をキープしている。

僕は環境適応という意味ではたぶんなかなか優れた力をもっている気がする。金があればあったなりの生活をするし、なければないなりの生活をするのだ。そこでたいした葛藤を覚えたりはしない。

たぶん、そこが計画的な人にはあきれられもするところなんだろうな。

自分を持続的にある環境状態におきたいとはあまり思わないんだ。

ただし、このような僕の生き方は誉められたものでもないし、文字通り不安定だろうな。

そんなことは大昔からわかっていたからこそ、なるべく個人主義をとって生きてきたのだけど、どうもそうはいかないこともわかり始めた昨今。

いやはや。


昨夜、家を間違えてサンタが家にやってきた。同居人の郵便物の配達かと思いきや、髭の爺さんだった。


「メリー・クリスマス☆片平さん!」と、サンタ。

「…。いや、あの、お爺さん、僕は片平じゃないですけど…。」と私。宗教勧誘かなとか思ってしまった。

「ありゃ、こりゃ…。間違えたかのう。」と困る爺。どうも勧誘でもないようだし、僕は気を取り直した。

「そうですね。でも、これもなにかの縁です。貰いましょう。」と、玄関越しに手を差し出す僕。

「…。」訳がわからないという顔のサンタ。

「え?何って、プレゼントですよ、プレゼント。あるんでしょう、僕にも。」

「…、ないんじゃ。」渋い顔をするサンタ。サンタのくせにプレゼントもないなんてふてぶてしいなあ、などと思いながら僕は続けた。

「え、だって、サンタなんでしょう、あなた。僕にプレゼントをくれたっていいじゃないですか。」

サンタは押し黙り、哀しい顔をして僕に言った。

「お前さん、サンタのことを何にも知らんようじゃから教えるがのう。サンタはお願いごとをしないとプレゼントを届けないということになっとるんじゃ。お前さん、何も望んどらんじゃろ。たいていの人は心の中に何かしらお願い事をもっとるもんじゃがのう、今見た限りあんたさん、なにも望んどらんじゃろが。」

「だから、ないんじゃ。」と言い、お爺さんはトナカイの鼻をくいっとひねって飛ぼうとした。僕は慌てて引き止めて言った。

「ちょっと待ってください、お爺さん。僕は確かになんにも望んでないかもしれません。でも、それはモノは欲しくないっていう話なんです。だけど、プレゼントは欲しいんです。僕だって。」

お爺さんは少しやさしい顔をして言った。「モノじゃないプレゼントが欲しいというんじゃな。」

「では、さらばじゃ。」と言うとお爺さんはトナカイの鼻をくいっとひねって空高く舞い上がった。「おいおい、プレゼントはどうなったんだよ。」と僕は叫ぶ。

僕のうちの狭いマンションの玄関からはその姿はすぐに見えなくなった。僕はサンダルのまま、階段を下り、おもての道路に飛び出してサンタを探したが、その姿はもうどこにもなかった。

呆然と部屋に戻り、僕はその夜一人で思いにふける。

そもそも「モノでないプレゼント」ってなんなのか、と。

今朝、目が覚めて、現実はあきれ返るくらいになにも変わらず、僕はまたばたばたと一日を始める。

しかし、僕は昨夜、サンタにモノではないプレゼントを貰った。はずだ。

それが一体なんだったのかは、見えないけれど、きっといつかわかる日がくると祈っている。

アントニオの夢よ

2004年12月11日 | 物語
そう、あるとき音楽はちりちりと燃え出す。あなたにその音が聞こえるだろうか。

寒空の乾いた空気を通して、波長は耳に細かな粒子となって流れ着き、僕は煙草のようにそれらを耳から吸い込む。

アントニオは何年も前からウィスキーのグラスをからからと回しつづけている。

僕はハシシを吸いすぎてくらくらした頭をもたげ、さっきから暖炉を眺めている。


と、その時だ。

音楽が突如として燃え始めたのだ。始まりは本当に小さく、次第に大きな潮流となって。

体の特に耳の奥底から燃え始めた音楽が、血液と一体となって体中に広がっていく。

瞼の裏側が熱くなる。指先から音楽が鳴り出す。僕はたまらず外に飛び出し、雪の残る階段を下りてバイクに跨った。冷え切ったエンジンは5回のキックで唸りだす。バリバリと音を立てて真っ暗な坂を昇っていった。

道はどこまでも上り坂だ。10分もするとエンジンが真っ赤に燃え出した。でも止まらない。

痛いほどの冷気が頬を刺し鼻を刺す。だが音楽は鳴り止まない。


やがて道は上り坂から下り坂へ。僕は見晴らしのよい場所でバイクを降り、眼下に広がるちらちらと光る町の光を見下ろす。その光の一つに僕達の部屋があり、その中ではアントニオがなおもグラスを回しつづけていた。


口の中には涙が滴り、僕はわけもわからず、さよなら、さよならと大声で叫んだ。


アントニオはグラスを回すのを止め、僕をじっと見つめてにこりと笑ったように見えた。そして一息にそいつを飲み干した。

グラスはテーブルの上に正しく置かれ、しかるべき時を経てアントニオは出ていった。

部屋に戻ると暖炉ではまだ少し音楽が燃え残っている。

真っ黒になった音楽のその奥には、これからの希望を生み出すにふさわしいだけの熱量が詰まっている。少なくともそう願いたい。

僕はアントニオの残したマッカランを乱暴に飲み干し、暖炉に新しいレコードを放り込んだ。























羊男の動物園

2004年11月24日 | 物語
なにを思ったのか、昔書いた文章など日記に載せてしまった。

後悔してすぐに消したものの、痕跡は残ってしまうな。痛い、痛い。


言葉には賞味期限ってものがあるんだよね。

それは感情にも賞味期限があるからなんだ。

だからかつて書いた言葉には、かつて託していた思いが乗せられており、それは今の僕にとってリアルではないんだ。


気を取り直そう。

ややもすると僕は何を語りだすかしれない。



なんの話をしようか、うん、じゃあ羊男の話。

知っている人は知っているだろうけど、あの羊男。

あれはもう4年くらい前のよく晴れた日曜日。僕はその当時付き合っていた女の子と動物園へ行くことになっていた。パンダを見たことがないと言うので、じゃあパンダを見に行こうかという運びだった。

僕はパンダを見たことがない。実際に見ると意外に凶暴な目をしているだとか、薄汚いよとか、見た人の話を聞くにつけ、見るまでもないだろうと勝手に結論付けてあえて見ようとはしていない。

当時もそんな考え方だったから、案の定待ち合わせの時間に遅れてしまった。

遅刻する人はたいていそうだけど、遅刻したことはとても申し訳なく思っている。

しかもとりたてて遅れた理由もないものだから、より申し訳なくなった。

「結局さ、動物園になんか行きたくなかったんでしょ。」と冷たく言われるのが目に見えていたから、僕は対策を考えてみた。

そしてだいたいこんなたぐいのメールを送った―




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大変申し訳ないんだけど、待ち合わせの時間には間に合いそうもないんだ。

というのも出かけようとしたら僕の部屋に羊男がいたんだ。

うん、あの毛むくじゃらのやつだよ。どこから入ったんだ、て聞いてもニヤニヤして答えないし、おまけにパンダの悪口を並べ立てて僕が出かけるのを邪魔するんだ。

いや、怒ったんだよ、それで羊男をつまみ出してドアを閉めたんだけど、なぜだかまた中にいるんだ。それにあいつときたら勝手に珈琲までいれだす始末。

僕はほとほと困ってこう言ったんだ。

なあ、それなら君も一緒に見にいかないか、そんなに悪口をいうほどのこともないかもしれないし、僕と行くんなら構わないだろ、てさ。

そしたらほいほい承諾して今一緒に向かってるんだ。

そんなわけで今は中野を過ぎた辺りで、着くにはあと20分はかかりそうだよ。

待たせてしまって本当にごめんなさい。

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―待ち合わせの場所に着くと、彼女はかなりあきれた顔をして、「で、羊男はどうしたの?」と聞いてきたので、

「うん、君が怒っているといったら隠れちゃったんだよ、ここに。」と言って僕は自分の胸を指さした。


今思い返すと、これはどう考えても怒られるなと思う。

でも彼女は戦意を消失して、じゃあもう怒ってないから出てきてね、と行って入り口に歩き出してくれた。

僕はほっとして彼女の後について行った。



だが、入り口に着くとどうも彼女の雲行きが怪しい。よく見ると、ぎりぎり開園時間が終わっているのだ。

彼女を見ると、みるみる顔色が変わっていく、こりゃあまずいと思った。が、時すでに遅くパンダを見れないのはあなたのせいよとさっそく怒りだした。

こうなるともう羊男どころの話ではない。



そこで、僕は考えた。そして念を押して「ねえ、君はパンダさえ見られればいいんだよね、それだけでいいんだよね。」とたずねると彼女はそうよと言ったので、僕はわかったよ、といって入り口向かった。

そしてそばにいる係員にこう持ちかけた。

「すみません、彼女が忘れ物をしちゃったんです。カメラです。たぶん、パンダの辺りだと思うんですが取りに行ってもいいですか?」


こうして彼女だけはパンダを見ることができた。

そして僕は今だパンダを見ていない。


戻ってきた彼女にどうだった?と訊ねると

「うーん、思っていたのと違った…」と少々がっかりしていた。

それを聞いた僕の横で、



な、言った通りだろ、と羊男は笑った。