こんな本を読みました

気ままで偏りのある読書忘備録。冒頭の文章は、読んだ本からの引用です。

『羆嵐』(吉村昭)

2018-01-23 | 現代小説
男たちは、自分たちのつつましい努力が自然の前に無力であることを感じた。

 久々にガツンとくるものが読みたくなって、ノンフィクションの名手、吉村昭先生。大昔、明治ものを読
み漁っていた時に小村寿太郎を描いた『ポーツマスの旗』を手にして以来かな〜。いやあ、ガツンときた!
怖い怖い。簡潔な文体で、ここまで想像力をかきたて恐怖心を高めることができるんだなと。
 話は、北海道で起こった獣害史上最大の惨劇といわれた苫前羆事件を描いたもの。毎年、各地でクマ被害
が出るたび、掲示板などで話題になっていた小説。やっと読めた。感想は「怖かった」のひとこと…て、子
どもか。だって。・・・まっくらな民家に骨を砕く音だけが響いてるんだよ。明かりをつけたら・・・これ
以上は書けねえ。
 別方面からふりしぼるならば、当時の北海道の開拓民のつましい生活ぶりに、当時の人々の苦労と根気と
いじらしさに胸が痛くなる。人間はいつからこんなに奢れる存在になったのかねえ。それでも、時折自然の
反撃にあって呆然と立ち尽くすことは未だにあるものな。「自然の前には無力」、言い尽くされている言葉
なんだけど、吉村氏の文脈で見ると震えながら共感するわ。
 そんななかで、ヒーロー登場のドラマチックさには本当に熱くなった。ぐぐれば三國連太郎以下、ものす
ごいキャストでドラマ化されていたではないの。昭和55年っ。見たし。
 続いて『破獄』を読み進めている。止まらない。しばらく吉村昭ブーム続きそう。

『地図を燃やす』(沢木耕太郎)

2018-01-18 | ルポ・エッセイ
二十代の私には、やはりすべてが可能だという幻想があった。地図が見える
未来がやってくるなどということを信じてはいなかった。


 二十代半ばの沢木氏が、三十代後半の小澤征爾にインタビューした時のエピソード。小澤は「三十までは
なんでもできると思っている。ところが三十すぎると自分に可能なことが、地図のようにはっきり見えてく
るんですよ」と語り、当時の沢木氏はその言葉を面白がる。なにせ、地図を持たずに世界を放浪する沢木だ
ったから。しかし、いざ自分が三十を過ぎてみて、その言葉が生々しく実感されてくるのだ。この短いエッ
セイは、「脳裏に浮かぶ地図を、どうしたら燃やし尽くせるのだろう」と締めくくられている。
 約四半世紀ぶりに再読。思えば、当時私も二十代だった。きっかけははっきり覚えている。勤めていた会
社で課されていた朝礼スピーチで後輩がこの話をして、とても印象に残り、即座に本を手にしたのだ。「地
図を燃やす生き方って、かっこええやん」。確かに、なんだってできると信じていた時代だった。社会にも
まだまだ勢いがあったし自分も調子に乗っていたし(?)。それが、いつごろから?気がつけばぼんやりと
ではあるが地図をなぞるように生きているぞ。すでに人生を折り返し、もう冒険はできないというあきらめ
があり、なんとか平穏に日々を過ごしていければという妥協があり。挙句、地図が描けるだけでもラッキー
じゃないの?自分で燃やすどころでなく、無意識でなくしたり破けたりしちゃってるほうが怖いよ!という
のが辛い現実だったりもする。ああ、なんて夢のない。それでも、今よりはるかにがむしゃらだった若き日
々を思い出し、喝を入れられた気分。現在七十歳を越えた沢木氏はどう思うのか聞きたい。
 再読しようと思ったきっかけは、新年早々に見た夢にある。手放して5年がたった、楽しい思い出がつま
ったマンションにしのびこんで、あれこれ取り戻そうと画策しているさなか、火事を出してしまうというと
んでもない悪夢。「不法侵入の上、出火!どうしよう、もう犯罪者や〜新聞に名前でるやん」とパニックに
なったところで目が覚めたのだけど・・・まずは過去への執着を捨てろ、過去を燃やせということだなと思
った時に、この表題を思い出した次第。処分しないでおいてよかった。
 とらわれてはいけない過去と同時に、やはりいくつになっても決めつけてはいけない未来がある。(計画
と蓄えは大前提だけど)
 明日は何ができるだろうと、生を終える瞬間までワクワクできる生き方がしたいと、あらためて思った。


『猫怪々』(加門七海)

2018-01-15 | ルポ・エッセイ
「猫はすごい生き物ですよ。どんな人間も、魂の位では猫には敵わないんですよ」

 実話怪談奇談の採取家にして綺譚の名手、加門七海氏がついに猫をゲットした!・・・というエッセイ。
基本は運命に導かれて出会った子猫溺愛物語。とどめない猫愛に満ち溢れているのがほほえましい。だがし
かし、そこは加門さんのこと、単なる猫バカあるあるにとどまらない厄介な「怪々」がつきまとう。そう、
オカルトエッセイでもあるのだ。そういえば、これまでこの人のレポや対談は読んでもエッセイって手にし
たことがなかったけ。え〜見える人だったの、しかもこういう人だったの!という驚きがいっぱい。拾った
子猫が白血病キャリアだったことから、医学のみならず神頼みに気功にヒーリングにと、あらゆる手を尽く
すことにも驚きだったし、部屋のなかで次々起こる超常現象にはさすがに「うんうん、あるよね、そんなこ
と」とは思えない。ただ、猫から無数の虫が飛び立っていく幻影に関しては、まったくそんな気配のないあ
る方のエッセイで拝読したことがあり、その子もやはり白血病だったのがそれからすっきり長生きした!と
いう奇妙なエピソードとして語られていたのでさもありなんと思う。その他の怪異も、なにせ大好きだから
否定はしないけど・・・こういうのが見える人ってどこまでが「霊力」でどこまでが思い込みなんだろう、
という疑念も私には少しあったり。いや、自分が見ない、体験できない(したくない)からって否定はした
くないし、とても興味深いことなのだけど。
 そんな私でも実感するのは「猫はすごい生き物だ」ということだ。引用は、加門さんがあるイベントで出
会った国際的サイキッカーの言葉なのだけど、以降、ふたりが猫談義で盛り上がったのも当然だろう。「そ
ういう徳の高い生き物に人間が奉仕するのは当たり前」という結論にも笑った。しかし、それにつけても加
門さんの下僕ぷりったるや、やりすぎ!と笑ってしまうことしばしば。でも・・・たぶん私も人に同じよう
に思われているきらいがある。まあ、猫愛はあまり人に語るものではないのかもしれない。
 愛猫「のの」ちゃんのその後が気になって、思わずツイッターフォローしてしまった。元気・・・なんだ
よねえ・・?

『佐藤ナオキのスピード仕事術』(佐藤ナオキ)

2018-01-15 | ルポ・エッセイ
アイデアは「思いつく」ものではなくロジカルに「考えつく」ものという感覚です。

 友人からいただいて、新年一発目に読んだ本。400のプロジェクトを同時に進めるデザイナーさんの
仕事スタイル。いやあ、次元が違うと思いつつ、仕事へのスピード感重視、前倒しに進め、常に3割程度
のバッファをつくっておいて急な仕事やトラブルに対処できるようにする・・・などは、おんなじおんな
じ!と大いに共感した。・・・できてるかできてないかは別にしてな。
 しかしそれ以外は「ほお〜!」の連続だったかもしれない。クオリティの高い仕事をおびただしい数同
時進行できる人の取り組み方、思考回路はこうなっているのかと。すべては「だって、こうしたほうが早
いでしょう」「このほうが相手も納得するでしょう」「この方が楽しいでしょう」というメリットをベー
スにした論理に裏打ちされている。そう、余計なまわり道はせず、無駄なく合理的で、力配分を間違えな
いから軽やかにどこでも全力が注げる。確固とした自分があるから、慣習にとらわれず、情に流されない。
クールではあるけれど、穏やかで感じのよい人なのだと思う。現代の優秀な若者ってこんな感じなんだよ
な(この人は若者でもないのだけど)。私が駆け出しの頃にあがめていた人たちはもう少し泥臭くて人間
臭くて、そこがよかったのだけど、それがアナログ世代とデジタル世代の差なんだろうな。
 これが時代の主流と、素直に学んでいかなくてはと思う。最近鈍りがちな自分の感性にもスピードにも
喝を入れる、新年一発目にふさわしい読書であった。

『何者』(朝井リョウ)

2018-01-11 | 現代小説
「ほんの少しの言葉の向こうにいる人間そのものを、想像してあげろよ、もっと」



『桐島、部活やめるってよ』とかキャッチーな小説を書いている若手ホープ作家(表現が古い!!)の、直木
賞受賞作。たまにはこんなのも読んでみないとなと。実は読了したのは2か月以上前なのだけど。現代の若者
たちの「就活」を中心に据えつつ、繰り広げられるアピールとマウンティング、それを冷めた目で眺める主人
公・・・のはずが・・・というストーリーで、自分にはまったく無縁の世界ながら時にギリギリ、時にハラハ
ラしながら楽しく読めた。なんといっても今の大学生でなくてよかった〜!・・・と。エントリーシートおそ
ろしや。SNSこわっ。裏アカ、なんでそこまで??と、ついていけないことばかりでただでさえ世渡り下手な
私がこげな世界でうまく泳ぎきる自信なかよ〜。立ち位置的には主人公に近いのかな・・・と最後まで読んで
突きつけられた衝撃もなかなか。(ちょっとお嬢さん、まくしたてすぎ!とも思ったが)詳しく書くとネタバ
レになってしまうので自重するが、何者でもない自分、圧倒的な才能に恵まれず、かといってなりふりかまわ
ず前に出て行く努力もしない自分なのにどこか特別っていう意識を捨てられずにいること、あらためてかっこ
悪いものなんだよねと。生きててすみません、と思いながら読み終わったのであった。刺さったわ〜。ま、そ
のままのスタンスで倍生きてきたら一周回ってどーでもよく・・・ならないしな、これが。
「何者」、なかなか含蓄のあるタイトルだ。