珈琲店タレーランの事件簿 また会えたなら、あなたの淹れた珈琲を 岡崎琢磨 うな

コーヒー好きの青年アオヤマは理想のコーヒーを供する店、タレーランに入り浸っていた。そこのバリスタ、切間美星にはコーヒーを淹れるほかに推理という特技があった。二人にふりかかる日常の小さな謎を、美星はコーヒーミルを回しながら解いていく。


表紙を一目見た瞬間に「あっビブリア」と云いたくなり、設定を聞いた瞬間に「おう、ビブリアな」といいたくなり、読んだあとに「うむ、ビブリア」といいたくなる正々堂々としたビブリアっぷり。
しかしなんというか、今作を読み終わったあとに抱く感想は「いやービブリアってすげー上手かったんだなあ」というものだった。
いや、そんな駄作ってわけじゃないんですよ。軽く読めてそれなりに「ほう」と思って楽しめる。悪くない。悪くないんだけどビブリアに比べると、なんというか、素直に拙い。ストーリーやミステリ要素の薄さは置いといても、この「日常探偵もの」というジャンルを形成させる流れが、なんというか先に企画ありきという感じで、不自然でむずがゆい。
わりと現代日常風の普通の会話を意識した感じに進めながら、謎を解くと「この謎もおいしく挽けました」とかいいだして、それをスルーしてるの。いや知り合いが会話中に唐突にそんなこといいだしたらポカーンとするかプークスクスですよ。伊集院大介の初期作で「Q・E・D（証明完了）」といったあとに語り手の視線に気づいて、赤くなって「いってみたかったんですよ」というシーンあるんだけど、あれはすごい好き。やっぱ恥ずかしいセリフはつっこんであげなきゃ。
その部分をはじめとして、これはもう良し悪しじゃなくてただの好き嫌いの問題なのだが、肝心の語り手と美少女バリスタが好きになれない。ビブリアの場合は「くそう、こういうの受けると思ってやがるんだろ。ちくしょう、受けるよ、うまく書きやがってファッキンファッキンファッキン」という嫉妬やその他もろもろの複雑な感情をこめた「好きになってやらないからな！」だったんだが、本作の場合は「こいつら普通にうぜえし寒いな」という気分になった。多分古本は好きだがバリスタに対して「なにがバリスタだよバリスタなら城にでも撃ち込んどけ」という謂れのない反発心があるからだろう。

まあそういうオシャンティたちへの憎しみは置いておくとして、ミステリーとして見たときもやはり薄い。全七編の連作短編集なのだが、ほとんどの話が「いや、それはわかってたことだし」というオチがつくのでいまいち。ただ、一応全編を通したひっかけはあってそこはわからなかったので、その部分は素直に評価してもいいと思う。
また京都のご当地小説としても悪くないんじゃなかろうか。地名とか地理関係をよく生かしている。ただ、会話に京都感がまるでないのはいかがなものかとは思う。
随所に混ざるコーヒー薀蓄も知らなかったものがほとんどで素直に「へえ」と思いながら読んだ。ただ、欲をいうならその薀蓄が話と絡んでくるべきだと思うんだが、ごく一部を除いて絡んでこないので、時々意味もなく主人公のドヤ顔解説がはじまるいけすかない感じが先に立ってしまった。この辺りも主人公への好感度の低さなのだろうか。
全体的に非モテがとりすまして書いている感がなんか鼻につくんですよね。いや、作者が非モテかどうか知りませんけど。なんか登場人物の恋愛感に共感もできないし憧れも抱けないんだよなあ。この辺り、恋愛小説として厳しいんじゃないだろうか。

と、いいつつもこの本、80万部以上売れているそうで、うへー、柳の下の泥鰌すげえ！　と感心してしまう。
なんかボコボコにいっている気がするけど、ビブリアに比べて出来が悪いというだけで、普通に読む分にはそれなりの作品ではあると思う。読みやすいし薀蓄に感心できるしそこそこのオチがついて爽やかに読み終えられる。
でもこれが80万部、うー、80万部かあ。一冊500円として雑に計算しても印税4000万円かあ。この作品でねえ。いいなあ。
という妙に下品な嫉妬が先にたってしまった。いいなあ4000万円。ぼくも次の流行がきたら速攻でパクって投稿しなきゃ！