上原正稔日記

ドキュメンタリー作家の上原正稔(しょうねん)が綴る日記です。
この日記はドキュメンタリーでフィクションではありません。

暗闇から生還したウチナーンチュ 23

2013-05-03 09:14:07 | 暗闇から生還したウチナーンチュ

カンパのお願い 

5月30日に結審があります。 

徳永弁護士も手弁当で支援して下さっていますが、 

打ち合わせ等をするにも交通費等の出費を無視できません。 

カンパは支援している三善会にお願いします。 

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ゆうちょ銀行からの振込の場合 
【金融機関】 ゆうちょ銀行
【口座番号】 記号:17010 口座番号:10347971
【名  義】  サンゼンカイ
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ゆうちょ銀行以外の金融機関からの振込の場合 
【金融機関】 ゆうちょ銀行
【店  名】  七〇八(読み:ナナゼロハチ)
【店  番】  708
【口座番号】 普通:1034797
【名  義】  サンゼンカイ 


前回の続き

~轟の壕編~ 17

 先ほどまでドキドキ鳴っていた心臓の鼓動も宮城嗣吉には聞こえなくなった。「外にはアメリカさんがおります。絶対、手向かいしないようにして下さい。手向かうと殺されます。皆さん、そのまま立ち上がって下さい。男は上着を脱いで、武器を全部捨てて下さい。女はそのまま出てくるように」。その声は力強く壕内に響いた。
 その時、もう一つ強烈な光線が宮城の電灯の放つ光線と交差した。いつの間にか、ジェイムズ・ジエーファソンが宮城についてきていた。ジェーファソンはいざとなれば、宮城の手助けになろうとついてきたのだ。宮城はジェーファソンの姿に気付くと、意を強くして叫んだ。「さぁ、皆さん、壕から出て下さい」。期せずして、壕の底からウォーと歓声が響いた。皆の喜びの声が重なり合って、地底からの声のように響いたのだ。ピーピーと指笛が闇を走った。
 今の今まで、ゾンビのように生きる屍となっていた者たちにこんな力が残っていたとは誰も想像できないことだった。もう誰も止められなかった。あの大塚軍曹の部隊もぼう然と事態の成り行きを見守るだけだった。実を言えば、生きたい、と兵士の中で一番望んでいたのは、大塚軍曹だった。
 壕の住民は出口に向かって殺到した。どこにそんな力が残っていたのか、と思われる勢いで出口の坂道を登った。暗黒の洞窟から太陽の輝く世界に出ると、次々、倒れていった。失神する者もいた。そこにアメリカ海兵隊の若者たちが上半身裸という「ざっくばらん」な姿で待ち構え、動けない者を助け上げた。ある者は手を引かれ、ある者は抱きかかえられ、ある者は深い壕の底から地上までの一メートルおきに並んだ海兵隊員の手から手へ渡され、救出された。そこには、もはや、敵も味方もなかった。人間が人間として当たり前のことをしていたのだ。
 だが、警察官の隈崎はためらっていた。あまりにも奇跡的な臼前の事態に、唖然としていた。どうしましょう、と部下の女子職員が言った。隅崎は「負傷者と家族、女子職員はあの人たちについて出て行きなさい」と命令口調で言ったが、その言葉は優しかった。山里和枝さんも隈崎の指示に従って塚を出た。アメリカ兵の手に引かれると、その手が温かく感じられた。希望に向かって、足を一歩一歩踏み出した。
 壕の中から住民がすべて姿を消し、隈崎と無傷の警察官だけが残った。誰も口をきく者はいなかった。しばらくして、誰かが聞いた。「僕たちはどうしますか」。隈崎は考えた。捕まって殺されるより、自決すべきだ。もっと奥へ隠れておれば、そのうち脱出の機会もあるはずだ。こんなとりとめのないことを考えていた。
 そこに懐中電灯の男が近づくと、怒鳴るように言った。「そこの人たちは、なぜ皆と一緒に出て行かないのだ」。隈崎はこの男がアメリカ軍のスパイにしか思えなかった。捕まれば無事には済むまい。隈崎はこの男を撃とうと、さっと腰のサックから拳銃を抜き取り、安全装置をはずした。引き金に当てた指先が震えていた。
 「なんだ、隈崎さんか」とその男は言った。相手の電灯の光で顔が見えない。「誰だ、君は」と隈崎は言った。その男は「あ、そうか、僕ですよ」と電灯で自分の顔を照らした。隈崎は肩の力がスーと抜けてゆくのを感じた。つい、先日まで自分の近くにいた海軍の宮城兵曹長だった。「さあ、出ましょう」と彼は明るく言った。隈崎は「そうするか」とあっさり言った。
 十人ほどの部下に向かって、最後の指示を伝えた。「どうなるか分からぬが、出たとこ勝負と行こう。太陽にもしばらくお目にかかっていない。運を天にまかせて、出ることにしよう」。その声は晴ればれとしていた。
 壕内に人影はなかった。大塚部隊の兵士たちの姿もなかった。隈崎は宮城に尋ねた。「日本兵はどこに隠れているんだ」「ああ、陸軍の奴らか。奴らはとっくの昔に住民と一緒に出て行ったよ」と何事もなかったように言った。

つづく


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