江利チエミファンのひとりごと

江利チエミという素晴らしい歌手がいた...ということ。
ただただそれを伝えたい...という趣旨のページです。

◆ NICE TO MEET YOU (4)

2009年10月27日 | 江利チエミ(続編)
以前に書いたこのLPに関しての記事...
   CDになってくれないかな~と切望していた時の文面です。再掲載させていただきます。

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30周年記念盤として、チエミさんは「ジャズばっかり」のLPを、デルタ・リズム・ボーイズの恩師カール・ジョーンズ氏を尋ねて渡米、レッスン・アレンジを頼み、カール先生に来日してもらい、録音に立ち会ってもらいながら臨みました。(発売は56年、編曲は山屋清/前田憲男。伴奏は原信夫とシャープス&フラッツ... ベストメンバーで作り上げたLPです。)

【A面】
1.TAKE THE A TRAIN(A列車で行こう)★
2.MY FUNNY VALENTINE(マイ・ファニー・バレンタイン)★
3.WHERE OR WHEN(いつか何処かで)
4.MISTY(ミスティ)★
5.AFTER YOU'VE GONE(アフター・ユーヴ・ゴーン)★


【B面】
1.ST.LOUIS BLUES(セントルイス・ブルース)
2.
WHATTA WE GONNA DO ABOUT IT★ これはカール・ジョーンス先生の作詞・作曲。江利チエミにオリジナルの英語の歌をとカール先生がプレゼントした楽曲です。
3.GOMEN NASAI 1952年、15才の時にアメリカで吹き込んでヒットチャートに入った曲。日本ではこれが初めてのレコード化となりました。
4.AGAIN
5.MOANIN★


     ★...これだけの新しい楽曲に臨んだ意欲的な作品でした。

30周年のころ・・・
もう一度一から・・・ジャズから勉強しなおして唄っていきたい...とチエミさんは語っていました。
一生懸命ボイトレもされたと思います。

この頃・・・久々にサンフランシスコ・ロサンゼルスでリサイタルも開きました。
 その音源はのちに「江利チエミ/歌の宝石箱CD集」によって発売されました。
「30周年リサイタル」は、名古屋・大阪の録音がLPとなり、リアルタイムで発売されました。
ただ、チエミさんは「ひょっとしてトレーニング・リハのやりすぎだったのでは?」と感じる部分もあり、残された「音源だけ」を聴くと、声の出がよくない・・・苦しそう...と感じてしまうことはいがめません。
※30周年リサイタルのことは以下をクリックしてください。舞台写真と内容をリンクさせて記事にしています。
http://blog.goo.ne.jp/udebu60827/e/8a559034e432202713b79b33edc4cd68
http://blog.goo.ne.jp/udebu60827/e/05f7886497790bbfba72b7d3797b4f66
http://blog.goo.ne.jp/udebu60827/e/b326d05f306a53d0039f8e7de8e11871
http://blog.goo.ne.jp/udebu60827/e/6e1ed1dce802374c158e723875f0e84d
http://blog.goo.ne.jp/udebu60827/e/186170bc400c1e4d322770a43460a15d

ちょうど、アメリカ公演<---->30周年リサイタルの間にレコーディングしたのがこのLPだったと思います。
丁寧に録音しています。発声も「絶頂期」に向うまでの・・・むしろデビュー当時の素直な発声...で望んでいるのです。
チエミさんは「腹八分目」「80%の本気で20%の余力を残す」といったことのできない人だった・・・それがチエミさんの声を疲弊させてしまった要因の1つだったのかも知れません。ベストを尽くす!!120%の力で臨む・・・
昭和46年の離婚...からはじまった数々の不幸のあと、チエミさんはおそらく47年に二度目のポリープの手術をうけているのでは?...と思います。その後は43年のポリープ手術後の「高音を屈指した第二の発声法」から「江利チエミ・第三の発声法」といったらいいのでしょうか...「演歌テイストが強い/喉を絞めて(それまで以上に)こぶしを利かす」歌い方をするようになったように思います。この発声は、かなり喉への負担も大きかったものでもあったと思います。
  --->ミュージカル「春香伝」、LP「黒髪」、そして「酒場にて」など...

しかし、このLPでは再び「ナチュラルな自然発声的」な「江利チエミ・素材の持ち味」を生かした歌唱法で「名唱」を残してくれました。
江利チエミさんは「第四の江利チエミの声」を作り上げていたのです。

チエミさんは、むしろ30周年リサイタルのあと、声のコンディションは良くなったな!・・・と感じる部分が多かったのです。
それを強く感じたのは・・・
さようなら日劇「江利チエミ&雪村いづみ」の時... この時のことは左のの「赤字で表示される部分」をクリックしてください。(他の部分もそこから関連記事にジャンプできます。)
素晴らしい名演を残してくれましたし、声も本当に良く出ていました。
テレビの取材もあったはずです・・・どこかにVTRが残っているように思うのですが。
ミュージック・フェア「江利チエミ&柳ジョージ」の回
そして、③最後のTV音楽番組となった直純のぴあのふぉる亭」の時...

借金も返した・・・
 もうこれからは自分の好きなジャズを中心に歌っていこう!!
   女優としても再びミュージカルに挑戦していこう!!・・・ 解き放たれたチエミさんの声は晩年、蘇り・・・をみせていたのです。

しかし、それは「最後の輝き」となってしまいました。
                   返す返すも悔やまれてなりません。


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