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からくの一人遊び

音楽、小説、映画、何でも紹介、あと雑文です。

中村佳穂 "アイミル" リリックビデオ

2021-08-29 | 小説
中村佳穂 "アイミル" リリックビデオ



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PSY・S - レモンの勇気 / Lemon no Yuuki [PV] (1987, HQ)



David Bowie - Be My Wife (Official Video)



今日までそして明日から 吉田拓郎


(ちんちくりんNo,44)


 何年振りかに会った母の表情は晴れやかだった。七月の教職員試験のときには、時間の関係もあり家には寄らなかったが、僕が以前帰ってきたときの記憶と比べると格段の差があった。何よりも目の玉が力強い。僕が玄関先で「ただいま」を言うや否や、廊下を軽快に走って来たのにも驚いた。不安定だったというが、微塵ともそのような欠片は感じられなかった。
 僕は母の「ささ」という言葉に誘われて六畳の居間に来た。荷物を部屋の隅に下ろして中央に在る天然目の大きな座卓テーブルの前に座った。僕の斜め前、部屋の角に合わせてローボードのテレビ台とその上に十八型の古いブラウン管テレビが置いてある。すぐ右手奥には、開けっ放しの引き戸のレールを境にして、お勝手が広がっている。母はそこで一旦中断した夕食の支度をしている。とはいえ何事も時間前行動の母は、夕飯の支度などは殆ど終わらせているに違いない。僕は時間が六時間近であることを、少し顔を上げ、柱に掛けてある四角い時計で確かめた。そう言えば父さんは?母に訊いてみようと立ちかけたところで、「おお、お帰り」と左手広縁の方から声をかけられた。父は庭の手入れをしていたらしく、アルミサッシのガラス戸を開放して広縁に上がってきた。「ただいま」僕が返すと、父は首にかけたタオルを外し、ゴシゴシと手を拭きながら居間に入って来て、テーブルを挟んだ僕の向かいに胡坐をかいた。こちらも元気そうだ。
 父は、「あの時」に病気になってからなかなか調子が上がらず、母の症状が治まりつつあった五年前に会社を辞めた。それが五十五歳のときで、勿論僕の大学の学費やらいろいろとお金がかかることが予想されたが、母のこともあったし退職金も意外と多く貰えることが判ったことで、思い切って区切りをつけることにしたようだ。それからは友人の会計事務所に週三日という条件で雇ってもらっている。僕は父の顔を見たことで、今しかないことを悟り、父に話があることを伝えた上で立ち上がり、お勝手にいる母を呼びに行ったのだった。