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伊那谷の境界域から見えること、思ったことを遺します

地域史研究のこれから

2018-10-20 23:30:05 | 地域から学ぶ

 信濃史学会の第3次『信濃』70周年記念研究集会があった。第3次の70周年であって、第1次、ようは設立からすれば昭和7年1月からだから、87年目に入っている。第1次が戦前に途絶えたものの、第2次は戦時中の言論統制下にも継続された。戦後の物資難によって昭和22年に休刊したが、2年後、『信濃』は再開された。これを発行してきた主体は一貫して教員だった。学習院大学名誉教授の高埜利彦先生は、記念講演においてこうした戦前・戦中・戦後の『信濃』の果たした功績に触れられた。そして担い支える気運が喪失すると消滅した『歴史地理』の例から、将来に向けて「誰が支えるか」という課題を投じられた。第3次第1巻発行時776人だった会員数は、20年後の昭和43年には1170人に。そして会員数ピークであった30年後の昭和53年には1532人を数えたという。以後しだいに会員数は減少し、現在は550人。いずれの地方史学会がそうであるように、高齢化社会の必然的な課題で葛藤している。

 『信濃』については、2年前に“『信濃』800号発行に思う”で触れた。数少ない地方史誌の月刊誌のひとつと触れたが、論文を主に掲載し80ページだてという内容の雑誌を発行しているのは、全国でも『信濃』だけである。故に一般人が読み物として捉えるような軽いものでないことは、裏を返せばそれだけの内容を維持しているということになる。会員減少という課題を抱える多くの地域史(郷土史)研究団体が、会員確保のために読み物とした内容に体裁を変えているのも事実だ。この日のシンポジウム「地域史研究の役割と課題」の主旨も、今後の地域史研究を考えてのこと。懇親会においても何度となく聞こえたのは、「かつては○○人、現在は○○人」という現実の悩みが多かった。長野郷土史研究会の小林竜太郎氏は、会を運営することの苦労について「共感」しながら、助言を求めようと熱心に多くの方からの意見に耳を傾けられていた。次代を担う一人だからこそのことだろうが、高埜先生も指摘されているが、全国的にも稀有なほど多くの地域史団体が研究誌を発行している県下の状況について、「分散」という単語で表現された。小林氏も、会員減少の中で、具体的には中南信の会員が、祖父の時代に比して減少率が高いと言われていた。祖父の代に中南信の会員を多く勧誘されたというが、祖父が亡くなられたころからそれら会員が会から退かれていったという。「長野」という名称からして全県的研究誌という捉え方もされがちだが、実際は北信域が中心の研究誌。しかしながら全県的話題にも取り組みながら、会員の減少を食い止めているようでもあり、体裁はもちろんだが、どのような内容のものを掲載していくか、という悩みも多いという。「分散」していることによって、課題を他団体と共有することもできず、かつて定期的に会報を発行していた団体が、それができなくなって活動停止に近い状況に陥っているところもあるようだ。地域に分散しているからこそ、その地域の話題で会誌を構成することができる。いっぽうで限定的な地域のため、会員勧誘も限られる。それぞれの団体を繋ぐ役割も、今後信濃史学会には求められるのだろう。


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