これはだめだ!

自信喪失、無気力な日本に”喝!”、反日、侮日に反撃、一矢を報いる。

中国から「宣戦布告」だって、「馬鹿な指揮官 敵より怖い」 大臣へっぴり腰だった! これでは堪らない

2013-02-14 | 安全保障

中国から「宣戦布告」か、大臣はへっぴり腰だった! 
 
  週刊文春2月21日号(広告)
 
          2013年2月14日(水曜日)読売新聞朝刊7面


中国からの「宣戦布告」  麻生 幾(作家) 緊急寄稿 
 「我、レーダーに捕捉されし!」1月19日中国海軍からの1度目のレーダー照射は「至急報」として小野寺五典防衛大臣に報告された。だが、大臣は「精査すべし」と答えるのみ。この弱腰が1月30日、2度目の照射を招く。レーダーの電磁波により自衛官は被曝。これは紛れもなく「実弾なき戦争」である──。  
  人民解放軍大暴走! 
  レーダー照射を命じたのは海軍副司令官・徐洪猛 富坂 聰 
  メア元国務省日本部長  「日本よ、アメリカと共に戦おう!」  
  古庄元海幕長 「自衛隊法を改正しなければ中国とは戦えない」 
   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 

(「孫子 始計第一 謀略の諸原則」 から)

「此れ兵家の勝にして、先ず伝ふ可からざるなり」 
「機略は千変万化、予示し得ず」 
  
戦いの諸原則は、兵家の勝を制する要諦である。しかしおよそ戦争なるものは、不測の変が突如として湧き来た、実に千変万化の戦況を現出するものであるから、予じめ、こういう場合は、この方略をもってせよ、ということを伝授するわけにゆかない。


 すなわち兵術は一々詳細な原則を挙げて明示することは至難でおる。だから各将帥の研究に俟つの他はない。名将と天才について「将帥は、たとえ任命してもえられるものでない」という。中将を大将にしたからといって、にわかに名将になるものでは決してない。安全保障に少々関心があるという程度の政治家を防衛大臣に任命しても、自衛隊を統率できるものではない。ナポレオンは、「騾馬は7年間、ユージン候(名将であった)の許に征戦すと雖も戦略を解しえない」と、凡将達を愚弄したことがある。そこに戦争指導の難かしさがあり、戦況の千変万化があるのだ。日本の政治家は、軍事に関しては、皆、騾馬である。これが戦後の日本が抱える最大の問題であり、悲劇である。 

「夫れ未だ戦はずして廟算するに、勝つ者は、算を得ること多し。未だ戦はずして廟算するに勝たざる者は算を得ること少なし。算多きは勝ち、算少なきは勝たず。況んや算なきにおいておや。吾此れを以て観れば勝負見はる。」  

 
勝敗は戦前すでに歴然たり 
 廟算の廟は廟堂のそれで、朝廷を指す。その朝廷の御前会議で、戦前早くも勝敗の数が判かるというのである。いうなれば七計の比較秤量で彼我の強弱は計数的に結論が出て来る。つまり彼を知り己を知れば、係数の多寡によって勝敗の度が判然する。


 だから「われこれをもって見れば勝負あらわる」という。これは古今東西、戦争に関する名言である。この文で、廟算 →朝廷 →日中政府及び双方の自衛隊・軍と置き換えれば、勝敗の行方が判かる。現在、日本は受動に追い込まれ苦戦中である。 

 謀をもって人の国を取り人の兵を伐つことを謀攻という 
(「孫子 謀攻第三」 から)   
戦争指導の眼目  
孫子日はく、凡そ兵を用ゐるの法、国を全くするを上と為し、国を破るは之に次ぐ。軍を全くするを上と為し、軍を破るは之に次ぐ。旅を全くするを上と為し、旅を破るは之に次ぐ。卒を全くするを上と為し、卒を破るは之に次ぐ。伍を全くするを上と為し、伍を破るは之に次ぐ。是の故に百戦百勝は、善の善なるものにあらず。戦はずして人の兵を屈するは善の善なるものなり。  

 
この文章を下記のように( )に日本、自衛隊、中国、中国軍の語句を入れて読み直してみると、次のようになる。 

 「用兵の法は国力を背景とし謀計をもって敵国(日本)を何等害うとなく屈服し得たなら、それは上である。そうすれば、わが国(中国)はなんら失う所ないばかりか国土と富を増すばかりである。
 しかし、謀計によってわが国(中国)に何等失う所がないにせよ、もし敵国(日本)を破壊したなら、その次ぎである。なぜかというと、拡張しえた土地(日本)は荒らされ、人民(日本人)は損傷を受け、しかもその行為は不仁であり、これを回復するに多くの勢力を要する。ひいては自国(中国)も多少の損害を免れないからだ。 
 敵軍(自衛隊)をそのままそっくり完全な形で屈服させることは上である。わが軍(中国軍)に損傷がないばかりでなく、敵軍(自衛隊)をも合して、更にわが強さを増すからである。

また謀計によりわが軍(中国軍)に損傷がなく敵軍(自衛隊)を破り得たにしても、その破られた敵軍(自衛隊)の量だけわが軍(中国軍)の強さを増すうえにおいて減少することになるから、その次である。」 

 以上の「国を全うし」「軍を全うし」こそ、謀攻の大眼目である。その他はみな、やむを得ざるに出ている。 
 「旅を破り・・・・」以下「伍を破り・・・・」までは、その意義が同じである。以上の理由で「百戦百勝」は善なるものではない。というのは、戦えば必ず敵対するもがおって、彼我共に損害を受けるのに反し、謀計をもって勝てば、敵は多少の損害を受けるにせよ、少なくとも人を殺傷すること少なくてすむ。だから、戦いに勝っても多くの人を殺し、財を費やし、国を災いする法は、善の善とはいえないのである。 
 戦はずして人の兵を屈するは善の善なのである。   

 百戦百勝しても、戦には勝っても強を増さず、だんだんその戦力を消耗し、民心が離散しては意味がない。「戦わずして人の兵を屈し」て わが強さを増し、仁恵を施す謀攻こそ、善の善なるものである。中国は対日工作に腐心しているが、残念ながら、日本側にはこれに尻尾を振って呼応する者が多い。 

●「故に上兵は謀を伐つ」  
 
だから、用兵の上策は敵の「謀を伐つ」ことをもって最上とするのである。これがため仮想敵国の企図する謀略を制し、かつその腹心を潰し、その羽翼を断ち、敵国をしてその威を逞しくしえないようにするのが、第一に着手すべきことである。 


 “腹心”を潰し、とは、首相を支える防衛大臣を潰せばいい ということである。嘘か誠か知らないが、雑誌の広告に、中国艦艇による一回目の 「レーダーの照射 」は瞬時に防衛大臣に報告されたという。報告を受けた大臣は「精査するように」と言ったとか。頭の中が真っ白になり、なす術がなかった。これを「馬鹿な指揮官 敵より怖い」という。
 戦いの勝敗は、“将”の優劣により決まる。、“将”が事に臨んで遅疑逡巡することは敗北を意味する。これも、古今東西の戦史が教えている。 

●「その次は、交わりを伐つ」 
 
その次は、仮想敵国と同盟関係、あるいわ友好関係にある国々を伐って離間し、所謂、遠交近攻の分離により弱体化を計ろうというものである。 

 中国は日本を屈服させるため、対日工作、挑発行動を頻発させているが、目の前の出来事だけに目を奪われてはならない。日米間を離間させ、日欧間を離間させ、日露を離間させ、日本と東南アジアを離間させ、日本と韓国及び台湾を離間させるため政治的、経済的な戦い、宣伝戦を展開している。気付いてみたら、日本は四面楚歌となってはならない。 

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