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誰に落ち度がある?

2005-08-31 19:32:44 | Weblog(日記や雑記)
「毎日かあさん」論争、表現の自由か教育的配慮か (読売新聞) - goo ニュース

 ……個人的にはこの「毎日かあさん」読んでますが、結構好きです。
 読んだことの無い人のための説明は……まあ、上のリンクにあるからいいんですが、言ってみるなら『サイバラ節』って感じの漫画です。
 要するに「ほんの少しの事実+誇張+パロディ」。
 度量が無いと読めないタイプのギャグ漫画です。

 さて、ここで問題になってくるのは、「担当教諭」が「漫画家である西原氏」を「編集者を介さず呼びつけた」点です。
 これが例えば、「漫画家である西原氏」ではなく、「長男の母親である西原氏」を呼びつけたのならば、別に「編集者を介する」必要はないです。ごく普通の「教師」と「母親」の面談ですからね。
 ――が、今回この面談では(紙面から判断するに)明らかに、担当教諭は「作品の内容に対する介入」をしています。
 作家や編集者の世界というのはこの点非常に特殊であり、例え「漫画家である西原氏」が「長男の保護者」であっても、「作品の内容に対する介入」するという事は、編集者――平たく言えば出版社(この場合は新聞社だけれども)を介さずに介入するという、かなり度を越したものです。

 これが例えば「長男のことに対する保護者面談」の際に「あの作品はやりすぎですよ~」みたいに言われたのであれば、まだ理解できます。これは私的な作品の感想ですからね。ですがこの場合、特別に「担当教諭」と言う立場を利用して、西原氏を呼びつけたのであるから、「公権力の横暴」と言われても仕方ないと思います。

 今回のことは、世間知らずの学校側に落ち度があったと言わざるを得ないでしょうね。いくら作者が「保護者」でも、「子供とは関係の無い」作品のことに対して作者を呼びつけるのは、「作者」に対する言論弾圧と言われてしょうがないんですから。

 ―RAMBO[EUROTECH MIX] / MISTER MAXを聴きながら―

4 コメント

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どっちが強いか? (総院長)
2005-08-31 20:12:47
私は、落ち度は間違いなく西原にあると思います。

学校の先生が「モデルにしないで」といったのは、それなりに他の父兄からクレームがあったからでしょう。そして、西原のクラスのほかの父兄たちには、モデルにされたくないと思ったときに、学校に訴えるくらいしかできることはありません。西原のほうは、自分で好きなだけ漫画にできるし、文句言われても大新聞が味方です。立場が圧倒的に強いのです。もし、あなたの隣に、作家が越して来て、あなたの家族について、あることないこと書き立てて、「あることは事実に基づいていて、ないことはフィクションだ」とかって言い始めたらどうします。うっかり喧嘩もできないですよね。
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Unknown (Triple-I@Webmaster)
2005-08-31 22:16:24
> 総院長さん



 どうやら他のブログにも、似たようなことを書き込んでいらっしゃるようなので、(このレスを)読んでくれないかと思いますが。



 とりあえず武蔵野市及び学校側の問題点を指摘しますと、「何処がどういう風に不快であるのかを明示していない」という点と「毎日新聞社を完全に無視した交渉過程」の二つが重要になってきます。



 前者のほうは、あちらこちらの現役弁護士さんのブログで見ることが出来た論旨ですが、訴え出る側がそれを立証しなければなりません。ただ「モデルにされたから不快」と言うだけでは、「作中の何処が不快なのか」を明確に出したことにはなりません。

 それを脇に置いたとしても、この作品から西原氏とその息子さん以外の人物のモデルを特定するのは不可能ですし、さらに言うなら、登場人物と実在の(モデルとなった)人物との接点を示すものは、殆どありません。学校を特定するのはそれほど難しくないにしても、あの絵から個人を特定するのは、まず不可能です。



 次に、出版社や新聞社には「出版コード」というものが存在します。これは「ここまでは差別」「ここまでは差別でない」などと言った事を示したもので、出版されるものは全て、この規則に則っているからこそ出版できるのです。

 と言うことは、出版社を通さずに直接作者に抗議したと言う事は、出版社をないがしろにしていると言うことになります。

 さらに言うなら、出版社への抗議は極めて簡単です。内容証明付きの抗議文を一通送ればいいだけの話です。それすらやらずに作者への抗議をするのは、それは抗議ではない、単純な執筆妨害活動です。表現弾圧、言論弾圧と言い換えてもいい状態です。



 あと、強者、弱者と言う言葉を使うのであれば、「弱者ファシズム」という言葉も知っておいてください。弱者であることを殊更強調し、「自分達が言うことは全て間違っていない!」とするのが弱者ファシズムの論理ですが、あなたの論旨の中枢にあるのは、まさにそれです。
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Unknown (総院長)
2005-09-02 19:18:48
西原は、出版社に守ってもらえると思ってるから、好き勝手になんでもネタにしてるんだろうか。

だから、出版社を通さずに直接クレームがきたら、編集権のなんのといってキレるんだろうか。

出版社に文句がきたら、直接言いに来い、とかって、またキレるんじゃないの?



なんにしても、普通の人は、自分の子供やその友達のことは飯の種にはしないよ。もちろん、西原が普通じゃないのは、みんな知っての通りだけど。



私にも小学生の子供がいる。子供には子供同士の人間関係があって、友達もいれば仲の悪い同志もいる。お金持ちの子とか、PTA 会長の子とかはそれはいて、威張ってる子もいたけれど、「お母さんが作家で、その子の生活を、新聞にどんどん流していく」子はいなかった。そんな特殊な子とうまく人間関係を作っていくことまで、小学生に必要な範囲だとは思えない。

それ以前に、西原の子自体にいい影響があるとは思えない。
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勘違いなさっているようです。 (Triple-I@Webmaster)
2005-09-02 20:52:23
 まず最初に、総院長さんの「続き」と題されたコメントについては、明らかに論旨の無い人格否定発言であったので削除しました。



 ここからが本題。



 このブログでの当初の論旨は「正当な手続きを得ずに作者に抗議したこと」という学校側、PTA側の対応を批判したものです。さらにそこから補足として、幾つかのサイトにあった意見を引用し、問題点の一つとして付け加えたものです。



 さて、学校側及びPTA側の抗議方法についてですが、こう言うことを許していては、(特に実害が無くとも)何か気に食わない論旨を出した人間に対し、直接脅しをかけて封殺することが出来ます。それが例えばこう言ったタイプのエッセイ漫画でなく、通常のフィクションや、或いは正当な取材と研究に基づいた論文に対しても、「こいつはこんな気に食わない事を言っていた。だから作家個人の家に行き、この作家に書くことを止めさせよう」ということが正当化されることになります。

 これが正当化されたら、ルールも何もあったものではありません。出版社、新聞社にある出版コードを度外視して、自分達に気に食わない意見を排除することが出来る事になります。

 少なくとも、抗議する側にもルールがあるのです。それを度外視する抗議姿勢は、秩序を無視した許されない行為です。



 無論、学校側とPTAが正当な方法で抗議し、それに対して西原氏が総院長さんの言うような「こっちに直接抗議に来い」なんて切れるようであれば、無論これは、西原氏に落ち度があります。それは当然の話です。



 後の「ここでするべきではない論点」の話については、ここで評論することではありませんので、どうぞご自分でサイトかブログを起こして、そこで話をしてください。
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