日本の心

激動する時代に日本人はいかに対処したのか振りかえる。

頭山満述「英雄ヲ語ル」西郷隆盛(7) 生命も要らず、名も要らず 

2020-06-02 11:15:57 | 頭山 満

   
頭山満 述 『英雄ヲ語ル』
 西郷隆盛(7)
   

 

生命も要らず、名も要らず

 生命も要らす、名も要らす云々は、大西郷の金言として、汎く人口に親炙してをる。

 南洲遺訓に
 「生命も要らす、名も要らす、官位も金も要らぬ人は、御し難きものなり。然れども、此御し難き人に非ざれば、艱難を共にして、国家の大業を計る可らす。斯かる人は凡俗の眼には視られざるものにして、
 孟子に『天下の廣居に居り。天下の正位に立ち。天下の大道を行ふ。志を得れば民と之に由り、志を得ざれば獨り其道を行ふ。富責も淫すること能はす。貧賎も移すこと能はす。威武も屈する能はず』と云ふが如く、道に立ちたる人に非ざれば、此氣象は出でざるなり」と言ふのである。
實に千古の大名言ぢゃ。孔子も「身を殺して仁を爲す」と訓へてをる。

 慾心がっては大事は成就されるものでない。況んや萬代不易廣大無邊の天下の大道を行ふ、一切の邪念を斷ちきってかからねばためぢゃ。


 高山彦九郎なぞ、さしづめ此型の人物ぢゃ。大西郷も高山を景慕してをつたと見え、獄中の作に、

   天歩艱難繋獄身
   誠心豈莞恥忠臣
   遙追事跡高山子
   自養精神不咎人
と言ふのだ。
 盡忠至誠、野趣滿々の高山は自分も大好きだ。

 自分が愛蔵してをる、高山の詩に
   タ蛍朝雪學何事
   萬巻讀書總放心
   開眼明見古人心
   今人可放迂儒〇
と言ふので、最後の一字が難解だが、推と讀むのであらう。
 盡忠氣一本の高山は實に痛快ぢゃ。


 物徂徠か室鳩巣か何んでもその頃の學者が、楠正成と諸葛孔明と對象して、孔明は、玄徳の三顧の禮を待って徐ろに出盧した。

 楠公出かたが早かった、と言ふやうな批評がましきことをしたのを、高山がこっぴどく叱りつけ、「迂愚何するものぞ、皇國と支那と『國體』の違ふことを忘れてをる。玄徳など王様であっても、元來どこの馬の骨かったものでない。日本は『萬世一系の天皇陛下だ。後醍醐天皇は實に神武神祖天皇以來の光輝ある傳統を繼がせ給ふた萬世一系の天皇陛下だ。日本の忠臣否日本の臣民はおしなべて朝廷の一大事に當っては、夢に見ても飛び出すのぢゃ。楠公の出方が早いなぞ何んと云ふ馬鹿げた言葉か。遅い位だ。迂愚の腐儒輩に忠臣の心事が判るか』と言ふのぢゃ。
 眞にその通りぢゃ。
  


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