昭和の恋物語り

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長編恋愛小説 ~水たまりの中の青空~ (九十五) おっぱいね。たーくさん召し上がれ

2014-08-07 09:06:21 | 小説
(一)

赤子の誕生は、小夜子を大きく変貌させるに十分なことだった。
母親の愛情に飢えていた小夜子を不憫だと思う茂作は、小夜子の我がままに付き合うことでしか愛情を注ぐことができなかった。

「母親の温もりを知らぬ小夜子は、ほんに不憫な子じゃ」
と、周囲に対してお念仏のように言い続けてしまった。

そしてそれは、周囲の者の最大公約数となってしまった。
不憫な子というお題目でもって我がままを押し通す小夜子を、誰一人として叱り付けることはなかった。
生まれ持った美貌と相まって、それが許されてしまったのは、小夜子にとって不幸なものだった。

アナスターシア、そして勝子。その二人の死が小夜子に与えた衝撃は大きかった。
武蔵という存在がなかったら、小夜子自身の崩壊ということも有り得たかもしれない。

しかし小夜子の満ち足りぬ思いは、武蔵をもってしても埋め尽くすことはできなかった。
小夜子の物欲を満たすことはできても、奥底に抱える心の渇きは癒えることがなかった。

「はいはい、おっぱいね。はいはい、たーくさん召し上がれ。
たくさんたくさん飲んで、早く大きくなってねえ」

たっぷりと出るお乳が、小夜子の自慢だった。
同室のお母さんたちの羨望の眼差しを、心地よく受ける小夜子だった。

「どうしてひとつずつしか、年齢(とし)は取らないのかしらねえ。
早くお母さんはお話したいのにねえ」

「おぎ、、!」
少しの声に、すぐさまあやしに入る小夜子。
己には与えられることのなかった母の愛を、愛息にはたっぷりと注いでいる。
しっかりと乳房に吸い付く愛息が、小夜子には可愛くてたまらない。


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