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昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

[淫(あふれる想い)] 舟のない港 (十八)劇場にはいる前に、

2025-03-21 08:00:03 | 物語り

 劇場にはいる前に、コーヒーだけの朝食では持たないと考え、軽く食事をとることにした。
劇場からすこし先に、純喫茶・和がある。
その店名どおりに、和の雰囲気をだいじにしている店だ。
格子戸の引き戸を入ると、和服姿の女性がむかえてくれる。
間口のせまい店内には両側の壁ぞいにテーブルが設置してあり、4人掛けと2人掛けだけの構成だ。

 店内はほとんどどがアベックだったが、ひと組の親子連れがいた。
場にそぐわぬ客だと鼻白む思いの男にたいし、異常なほどに子どもに関心をいだく麗子を見て、男のこころは痛んだ。
早く結婚してやりたいとは思うのだが、共稼ぎを嫌う男には、まだ経済的に無理があ
る。
 しかし、〝俺の思いは麗子もわかっているはずだ〟と考えてはいた。
もっとも、麗子が親子づれに興味をもったのは、男の思いとはまったく別のことからだった。

 〝こんなアベックばかりの店に入るなんて、どういう親子かしら〟。
男の独り善がりで、笑い話に近い。
しかしそんなふたりのすれ違う思いが、この先の行く末を暗示していると思えないでもなかった。
 麗子が熱望した映画「小さな恋のメロディ」は米・英では不人気だったものの、日本での公開は大成功だった。

テーマ曲であるビージーズの「メロディ・フェア」のレコードは飛ぶように売れた。
13歳という年齢でもってその端正な顔つきから、主演のマーク・レスターが大人気となった。
 しかし立ち見客であふれかえっているという切符売りのことばに、泣くなくあきらめた。
不満げながらも別作品を選んだ麗子だったが、Fineという文字が出たときには満足げにうなずいていた。

劇場を出てすぐに、「電話してくる」と、麗子が男の元を離れた。
タバコをくゆらせながら、夕焼けの空を男は眺めた。
映画のラストシーンにも夕焼け空があった。
その下で口づけを交わしながら恋人とわかれる場面で、麗子はハンカチを目に当てていた。
 正直のところ、男には退屈な映画だった。
睡魔に襲われることもしばしばで、あくびを噛みころすことに四苦八苦していた。
もどってきた麗子への「大丈夫だった?」という男の問いには、ただ笑うだけだった。
男のなかに、外泊をさせてしまった負い目から、麗子の親にたいして申し訳がないという
気持ちが、いま、湧きおこってきた。

 送って行こうという男に、麗子はもういちど男のアパートに、と聞かなかった。
アパートに着いたころには、時計は6時近くになっていた。
しばらく映画のことを話していたが、会話がとぎれると麗子は、男の目を凝視し真顔で言った。
「こんどの日曜日にでも、両親に会ってほしいの。
わたしたち…その…結ばれたことだし、両親に正式に紹介したいの。
もちろん、あたしもあなたのご両親に会うわ」と、なかば命令調だった。
以前の麗子に戻ってしまった観のあるそのことばに、男は反発を感じつつも「わかった。」と、答えざるをえなかった。

 すべてを与えた、という自負心が麗子を大胆にさせたであろうし、またこの人以外は愛
せないと思いこんだこと、そしてなによりも早く決めてしまいたい、との打算が働いたのも事実だ。
 男にしても、名実ともに恋人となったことで責任感が芽生えてはいた。
〝幸せにしてやらねば〟とも思っていた。
しかし昨日の今日で、こうまではっきりと宣告されると、やはり若干の反発心がおこった。
ここにきて、男のこころの中に渦巻いていたわだかまりが判然とした。
昨夜、男のこころを重苦しくさせていたものが判然とした。



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