「そう、あのむすめね…。あの娘のこと、好きなのね」と、小声で呟いた。
いつもの男なら、そのまま聞きながしてしまう。
しかし、今夜の男はちがった。
このまま無言をとおせば、気性の激しい麗子のことだ。
どんなしっぺ返しをくらうやもしれない。
それこそ私立探偵をつかってでも、ミドリの特定をしてしまうかもしれない。
そして……。考えるだけでもおそろしい。
気色ばんで男は言った。
「な、なにを言いだ出すんだ。
あの人とは何でもない。友人の妹だ。
3人での食事の約束だったんだ。
友人の都合が悪くなってのことだ。
だからふたりだけの食事になっただけだ」
「あら、そう。お食事のできるナイトクラブがあるとは、知らなかったわ」
服を着おわった麗子は、いつもの麗子に戻っていた。
「時間が早かったからだ。ナイトクラブを知らないと言うから、連れて行ったんだ。
だいいち、俺がだれと食事しようと、ナイトクラブに行こうと、きみには関係ないじゃないか!」
男は、語気するどく言った。すらすらと嘘がつけた己に、男は驚いた。
嘘をつく必要はないのだ。
なぜ、弁解がましいことを麗子に言うのか、男にはわからなかった。
「ホントにそうかしら。下心があったんでしょう、貴方に。それで、振られたわけ?」
男の平手が飛んだ。
麗子は、信じられない、といった表情で男を見つめた。
会社内で男の噂を聞き、その真偽を確かめるべく来たのだ。
そして、人事課の友人からの情報が入ったこともあって。
麗子の打算かもしれない、しかし……。
「そろそろ、彼、戻れるかもよ。取引先からの引きもあるようだし。
外部には、体調を崩してのこと、と言うことになっているしね。
実のところは、あの部長のきげんを損ねたことからの、資料部行きでしょ?
『面子をつぶされった!』って、すごい剣幕だったしね。
たしかめたら?、彼の元にも内示ぐらい届いているんじゃない?」
しかしそれらのことだけで来たのではない。
認めたくはないが……。
男を、麗子の元に引きもどせば解決する。
もう一度、自分を抱かせればもどってくる。
いや自分が男の前に立てば、泣いて復縁を迫ってくるはずだ、許しを乞うはずだ、と考えていた。
ところが、まだ帰って来ない。
まさか、という気持ちを抑えることができなかった。
手紙は読んだはずだ。
ならば、小躍りして 待っているはずだ、と信じて疑わなかった。
会社から直帰すれば、六時半には着いている。
遅くとも七時だと思い、麗子は七時半に来た。
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