4時半からの受付で、すでに5、6人の患者が待っていた。
自動ドアの開くのももどかしく、せわしなげに入っていく老婆が、床に敷いてあったマットに足を取られてしまった。
うしろに居たわたしは、思わず「危ない!」と声をあげて手をだした。
しかしわたしが手をだすまでもなく、お迎えの看護師らしき中年女性が老婆を支えていた。
ところが「うしろの人が押した!」と、とんでもないことを老婆が言いだした。
周囲のつめたい視線がいっせいにわたしに注がれたが、受付の看護師が見ていてくれて疑惑が晴れた。
「とんだ災難でしたね。ま、お年寄りのことですし、かんべんしてやってくださいね」
中年女性の話がなかったら、いつまでもわたしの怒りは収まらなかっただろう。
「もういちど、瞳孔をひらく目薬をさしますね」
マスク姿の看護師が寄ってきた。
愛くるしいその目に焦点を合わせようとしたとたんに、ジイと目に刺激がはしった。
看護師の「しみました? ごめんなさい」とのすまなさそうな声に、こころ内で舌打ちしつつも、うんうんと頷くより他なかった。
『目を開けよ!』
とつぜんに神の啓示が降りた。
恐るおそる目を開けると、そこは眩いばかりの、すべてが白くかがやく金色の世界だった。
正面にはなごやかな笑みをたたえられた菩薩さまが、そしてとなりには慈悲ぶかい笑みの観音さまがおられる。
わたしの横には蓮の葉が群生しており、その葉のうえにお地蔵さまたちが鎮座されている。
その奥にはみどりの樹木がそびえ立ち、さわやかな風を送ってくれている。
「山本さん、こちらにどうぞ。まぶしかったら、閉じてて良いですよ。
あらあら、手がつめたいですね。外は寒かったですか?」
目を閉じたわたしの手を取り、診察室前へと連れてきてくれた。
なんという心優しき看護師、いや天女さまか。
そのむかし、水浴びをしていた天女さまの羽衣をかくしたという不心得者がいたけれども……いやいや、そのこころ内、良く分かる。
いっそこのまま道行きを、と思わせるやさしい天女さまだ。
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