武蔵の訓事後、いっせいに営業が飛びだした。事務職たちも、すぐに電話攻勢にでた。
営業それぞれが今日にはまわりきれない取引先に対して、おまけ作戦をにおわせた。
「こちら、富士商会でございます。じつは、耳よりの情報がございまして。
順次営業がおうかがいしまして、ご説明をさせていただいております。
きょうにもご入用でない商品でございましたら、ご発注の方はお待ちいただけますでしょうか。
ご不信はごもっともでございますが、お客さまにたいする感謝の気持ちをこめたことでございます」
五平と竹田のふたりは別室に入り、仕入先にたいする値引き交渉の段取りにはいった。
血をながす覚悟をしたとはいえ、傷はちいさいに越したことはない。
即金支払いとの条件で、二ヶ月間のみの限定値引きを持ちかけることにした。
資金繰りを危ぶむ五平に対し「銀行から引き出してくる。四の五の言うようなら、奥の手だ。
支店長の金玉をにぎっているからな、俺は」と、意に介さない。
武蔵が意図したごとくに、経営状態のかんばしくない店だけが日の本商会に集まった。
「そうかい、瀬田さんの娘さんとはな。よし、俺も男だ。応援しようじゃないか!」と、判で押したような同情の声をかけられた。
大量の商品を買いこんでみせる店やら、別の店を紹介してやる者もでた。
しかしそれらの共通として、支払期日にほとんどが馬脚をあらわした。
一部の支払いでごまかす店、期日の延期を申しでる店。そしてそのまま雲がくれした店も出た。
結局日の本商会は、ふた月ののちに音をあげた。もともとが無理な価格設定だった。
さらには、納入商品のなかに粗悪品が混じりこんでいたことが発覚して、あっという間に信用をなくしてしまった。
富士商会が画策したという話がちらりと出はしたが、すぐに立ち消えてしまった。
「やった、やった!」と戦勝気分にわく富士商会。
その裏で、日の本商会は悲惨のかぎりを尽くしていた。
資金調達に無理を重ねて、裏筋の金融にも手をだしてしまっていた。
妹三人が、店をたたむと同時に苦界に身を落とした。
しかし長女の社長本人だけが行方不明となった。
どこかの山中で首をつったという話や、北の北海道にわたった、いや南の沖縄に飛んだという噂話が飛びかったが、その実は分からずじまいに終わった。
そしてこのことが、武蔵の将来に大きく関わってくることになった。
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