昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

水たまりの中の青空 ~第二部~ (二百五十五)

2022-07-06 08:00:02 | 物語り

  いそいそと荷物を詰めている小夜子の後姿を、茂作が恨めしげに見ている。
「お父さん、夕べは飲みすぎてない? お銚子は一本までにしてね。
夕食をね、お茂さんにお願いしたから。もし本家でご馳走になる時は、早く連絡してあげてよ。
それから、いくら本家からの頼みだからって、無理しちゃだめよ。
あまり熱を入れるのはやめてね。
村長さんを支持している人たちとのいさかいなんかに、巻き込まれないようにしてよ。
本当を言うと、武蔵は良く思ってないの。
身内に政治家がいるとね、大変なんだって。
手が後ろに回るようなことに巻き込まれないかって、心配してたわ。
あたしも、なんだか嫌な予感がするし。もう本家の言いなりにはならないでね」

 身支度を終えた小夜子が、囲炉裏端で背を丸けてお茶をすする茂作のそばで、あれこれと話しかける。。
「ああ、分かってる。わしもそう思い始めたところじゃ。
繁蔵兄さに、そう言おうと思っとる。
頼みに回った家々で話し込むと、まあ文句のでることでること。
いまの村長だって、それなりにがんばっとるのにじゃ。
自分の思うた通りにいかんからというて、あんな言い草はなかろうと思うわ。
それよりの、小夜子や。わしはお前のことが心配での。
あの大正男の大風呂敷が心配での。
大変な額になるんじゃが、大丈夫なんか? 今回かぎりじゃのうて、毎年のことぞ? 
そんなに金もうけができるのか?
わしがいうのもなんじゃが。痛い目におうとるわしが、いや、わしじゃから、のお」

 不安げな表情を見せる茂作に、きっぱりと小夜子が言い切った。
「心配ないって。商売の方はぜんぜん心配することないの。
あんな顔して、結構こわもてなんだから。
お父さんのこともね、『決して不自由はさせん』って約束してくれたし。
あたしだって、いままでと同じ、ううん。いままで以上の贅沢をさせてやるって言ってたから。
タケゾーはね、口にしたことはきっと守るから」
 ニコニコ顔で答える小夜子、そして苦虫をつぶした顔で受ける茂作。
が、その中に少しばかりの安堵の色が浮かんでいる。

「ごめんください、小夜子お嬢さまはお見えですか?」
「あら、幸恵さん」
 小夜子が戸口に顔を出すと、幸恵がぺこりと頭を下げた。
「小夜子さま。明日、お帰りになられるのですね?」
 突然に土下座をした。驚いた小夜子が、幸恵を起こそうとするが、立ち上がろうとはしない幸恵だ。
「幸恵さん、やめて。一体、どうしたっていうの? 怒るわよ、あたしも」
「ごめんなさい、ごめんなさい。小夜子さまに申し訳なくて」
 体を震わせながら、涙声で謝り続ける幸恵だ。
「ひょっとして、幸恵さん。正三さんのことなの? 
だったら、あなたが謝る必要なんかないのよ。ご縁がなかったということよ」



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