いそいそと荷物を詰めている小夜子の後姿を、茂作が恨めしげに見ている。
「お父さん、夕べは飲みすぎてない? お銚子は一本までにしてね。
夕食をね、お茂さんにお願いしたから。もし本家でご馳走になる時は、早く連絡してあげてよ。
それから、いくら本家からの頼みだからって、無理しちゃだめよ。
あまり熱を入れるのはやめてね。
村長さんを支持している人たちとのいさかいなんかに、巻き込まれないようにしてよ。
本当を言うと、武蔵は良く思ってないの。
身内に政治家がいるとね、大変なんだって。
手が後ろに回るようなことに巻き込まれないかって、心配してたわ。
あたしも、なんだか嫌な予感がするし。もう本家の言いなりにはならないでね」
身支度を終えた小夜子が、囲炉裏端で背を丸けてお茶をすする茂作のそばで、あれこれと話しかける。。
「ああ、分かってる。わしもそう思い始めたところじゃ。
繁蔵兄さに、そう言おうと思っとる。
頼みに回った家々で話し込むと、まあ文句のでることでること。
いまの村長だって、それなりにがんばっとるのにじゃ。
自分の思うた通りにいかんからというて、あんな言い草はなかろうと思うわ。
それよりの、小夜子や。わしはお前のことが心配での。
あの大正男の大風呂敷が心配での。
大変な額になるんじゃが、大丈夫なんか? 今回かぎりじゃのうて、毎年のことぞ?
そんなに金もうけができるのか?
わしがいうのもなんじゃが。痛い目におうとるわしが、いや、わしじゃから、のお」
不安げな表情を見せる茂作に、きっぱりと小夜子が言い切った。
「心配ないって。商売の方はぜんぜん心配することないの。
あんな顔して、結構こわもてなんだから。
お父さんのこともね、『決して不自由はさせん』って約束してくれたし。
あたしだって、いままでと同じ、ううん。いままで以上の贅沢をさせてやるって言ってたから。
タケゾーはね、口にしたことはきっと守るから」
ニコニコ顔で答える小夜子、そして苦虫をつぶした顔で受ける茂作。
が、その中に少しばかりの安堵の色が浮かんでいる。
「ごめんください、小夜子お嬢さまはお見えですか?」
「あら、幸恵さん」
小夜子が戸口に顔を出すと、幸恵がぺこりと頭を下げた。
「小夜子さま。明日、お帰りになられるのですね?」
突然に土下座をした。驚いた小夜子が、幸恵を起こそうとするが、立ち上がろうとはしない幸恵だ。
「幸恵さん、やめて。一体、どうしたっていうの? 怒るわよ、あたしも」
「ごめんなさい、ごめんなさい。小夜子さまに申し訳なくて」
体を震わせながら、涙声で謝り続ける幸恵だ。
「ひょっとして、幸恵さん。正三さんのことなの?
だったら、あなたが謝る必要なんかないのよ。ご縁がなかったということよ」
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