昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

スピンオフ作品 ~ 名水館女将、光子! ~

2024-03-22 08:00:23 | 物語り

(ご報告)

[ 水たまりの中の青空 ]のスピンオフ作品です。

熱海の老舗旅館の女将である光子に光を当ててみたいと思いました。
宿泊業についてはまったくの素人ですので、ひょっとしてまちがった設定となるかもしれません。
もしもそのような事項がありましたら、架空の旅館として見過ごしてください。
また、「女性蔑視だ!」とお考えになる筋立てがでてくると思いますが、当時の世相として書き込みました。
現代には似つかわしくないことではありますが、ご容赦ください。
---------

(一)(光子という女)

 熱海老舗旅館[名水館]女将、合原光子。
大正10年11月生まれの40歳。武蔵が30代半ばと見たが、大抵の者が見あやまる。
特別の若返り対策をしているのではなく、日々を忙しく動き回りつつも気苦労の続いた生活から解き放たれたおかげと、知人友人に答えている。

十四歳の折に名水館の仲居見習いとして入り、同時期に入ったふたり――女将の姪と女将修行の為にとやってきた他旅館の娘――と共に、先代女将である珠恵の厳しい指導を受けた。
姻戚関係の姪っ子は早くに見習いが取れた。
女将に女子が出来なかったことから、女将となるべき自覚を早くから持っていた。
女学校の休みには率先して名水館での下働きを手伝っていた。
見習いからスタートさせるという女将に対して、仲居頭が「基本は出来ていますよ」と進言したが、女将はしきたりだからと受け付けなかった。
もうひとりの娘は女将のきびしい指導についていけず実家の旅館へと半年後に戻った。
光子は「覚えがわるい」となじられ続け、先輩仲居たちの冷たい視線を受けつつも、生来の負けず嫌いの気性で頑張り、一年後にやっと正式に仲居として認められた。

 名水館に来て三年近くが経って、やっと部屋付きとしての仲居の仕事を任されるようになった。
緊張感から時折とんちんかんな受け答えをしてしまうこともあったが、新米仲居として見てくれた客たちの寛大さから、なんとか毎日の仕事をこなした。
そんな中、期せずして二人の仲居としての資質が問われるトラブルが起きた。

 わんぱく盛りとおませな女の子とをそれぞれに連れた親子旅行客を担当することになった。
庭で花火をしたいという客の申し出に対し、「他のお客さまの迷惑になりますから」と応えるふたりに対して「こちらもお客だ」と怒りだしてしまった。
「お待ちください」と下がったものの手立てを思いつかない姪は先輩仲居に助けを求めた。
光子は、通りに面した庭の隅で水を入れた桶を隣に置いてならば良いだろうと思いついた。

 しかしそのことが女将の知るところとなり、旅館内での花火遊びは禁じられているからと、浜辺での花火遊びをお客に納得させた。
その折、客の面前で「ご迷惑をおかけするところでしたよ」と、激しく叱りいさめた。
「わたしたちが強く言ったことですから」という客からの取りなしがあって、ようやく収まった。

「申し訳ございません、しつけが行き届かずにおりまして」と頭を下げる女将に対し、
「いえいえ。ほんとに良く気の付く仲居さんですよ。
ですからこれ以上はお叱りにならないでくださいな。
ごめんなさいね、光子さんだったっけ。
また来年にでも寄らしてもらいますが、その折にはまたあなたについてもらいたいわ」
という優しい言葉かけをもらい、名水館に来て初めて光子が涙した。

「もてなすということは、お客さまの言いなりということではない。
相手に心地よさを感じ取ってもらうということです」。
女将の言に、己の無知さを恥じる光子だった。
そして先輩仲居に助けを求めた姪に対しては何の咎めもなく、仲居頭に頭を振って(この娘はだめね)と無言で告げた。
先輩仲居に相談をしたという点では仲居として評価はされたが、その折に泣きながら客の傍若無人ぶりを切々と訴えたことが、女将としての素質なしと判断された。
結局のところ「将来は女将に」という約束事がなかったことになってしまった。
そのことを知った親の説得によって、そのトラブルからすぐに名水館から去って行った。



最新の画像もっと見る

コメントを投稿