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昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

[淫(あふれる想い)] 舟のない港   (二十九)しかし、ミドリのこころは

2025-06-06 08:00:48 | 物語り

 しかし、ミドリのこころは大きく揺れていたのだ。
会って間もない男に、これほどに熱い想いを抱いてしまった自分が信じられなかった。
男に対する免疫不足かもしれないが、自分の肌を見られたという思いが消えなかった。
 無理をすればひとりで起きられたものを、男の手をわざとわずらわせた。
酔いのせいもあったが、ミドリ自身わからずにいた。
「これが恋なの?」 と自問してみた。
が、ミドリにわかるべくもない。

 タクシーの中ではふたりとも無言だった。
こんやのことは夢まぼろしのごとくに思える。
ついさっきの、口づけ。
ナイトクラブでの酒、ダンス、そしてその前の食事。
どころか、雨宿りをしながら男を待っていたことじたいが、なかったことのように思える。
しっかりとたがいの手をにぎりあいながら、おたがいを感じとろうとしていた。
お互いがおたがいの思いを持てあましていた。

 やがて、男のアパートに着いた。
男は、「ほんとに送らなくていいのかい?」 と念を押したが、ミドリは「大丈夫です」とドアを閉めさせた。
男の差し出すタクシー代も受け取らずに。
たしかに兄の道夫に知られることは、まだミドリには考えられない。
「あいつはいい奴だ」。交際することを認めているかのごとき、道夫のことばを聞いた。
しかし以前にもそう言いつつも、「だめだ、だめだ。まだ早すぎる」と叱られたことがある。

 車を降りて時計を見ると、11時を指していた。
やはり、送っていくべきだったと悔やまれた。
〝まさか男とのデートで遅くなったとは言えないだろう。
といって、送りとどければどうなる。
知らぬ顔をして立ち去るわけにもいかんだろうし…〟
 逡巡するものの、答えは見つからなかった。

〝いまの俺は、先のない男だ。
会社を、いつ辞めることになるかもわからない。
それで麗子は、去っていったんだ。
ミドリにしてもそうだろう、いまの俺の状態を知れば……〟
 いつもなら、そのまま部屋に入りベッドに直行する男だったが、その夜にかぎって郵便受けに目がいった。

白い封筒がはいっている。
切手がないところをみると、直接入れられたもののようだ。
ダイレクトメールかとも思ったが、宛名の字を見ていやな気がした。
麗子からの手紙だった。
なにをいまさらと、破り捨てようかとも思ったが、なにかしら気になり封を開けた。



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