ほどなく孝道と連れだって帰ったシゲ子が、ほのかのためにと用意していたふかし芋が減っていることに気づいた。
留守をしたあいだに寄ったのかと時計を見やった。
「あらあ、おじいさん。6時半ですよ」
おどろいたような声をあげるシゲ子に、孝道はどう受け止めていいかわからなかった。
それが「もう」なのか「まだ」なのか、孝道にはわからない。
「そうか……」と返事をしつつも、半世紀以上の夫婦生活だというのに、いまだにシゲ子の本音というかこころ持ちがつかめぬ孝道だった。
とにもかくも、残りのサツマイモでその夜の食事とした。
仕事にあけくれた五十年だった。
定年をすぎてなお、技術継承にと七十歳まで後進の指導にあけくれた。
その後はまた自治会の役員に推されて、毎日といっていいほど出歩く日々をおくってしまった。
そのことにひとこと言の愚痴をこぼすこともないシゲ子だった。
いつもにこやかに送りだすシゲ子にたいし、仏頂面で「うん」と短くこたえる孝道だった。
どんな思いでシゲ子がいたのか、孝道には想像もつかない。
シゲ子自身もまた、これまでの人生がどうだったのか、不満があったのかどうか判然としないでいた。
短大卒業後に2度見合いをして、翌日にことわりの連絡がきた。
正確にいえば、乗り気のしないシゲ子が「顔を立ててのお見合いなんです」と告げたことに対する、相手側のせめてのことだった。
しかしさすがに3度目ともなると、仲立ち人も黙っていられない。
「お付き合いもしないで断られるなんて、よほどのことよ。
こんどの方が、あたしが世話できる最後のひとですからね」
と、暗にシゲ子のたくらみに気付いていますよと、告げてきた。
シゲ子の両親は「申し訳ありません。でも、これはご縁が大事ですから」と、やんわりと仲立ち人の連れてくる相手に問題があると、言外につげた。
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