昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

歴史異聞 鼠小僧次郎吉 ~猿と猿回し~(三)誕生!

2023-01-23 08:00:54 | 物語り

そこかしこから拍手がわく。苦笑いを見せつつ、着物のすそをはしょった。
「お兄さん、きっぷがいいじゃないか。男だねえ!」。
小料理屋の二階から声がかかった。
とたんに次郎吉が不機嫌になり、「まっぴらごめんでえい!」と駆けだした。

  真っ直ぐ進むと先ほどの子どもが盗みを働いた八百屋がある。
次郎吉は、いかにもその八百屋の前を通りたくないと言いたげに、わざわざつばを吐き捨てて左へ折れた。
どことて行く宛のない気の向くままの散歩、一見そう見えるように肩をいからせている。
が、次郎吉の心の中では、先ほどの子どもの事を見ていた者には考えもつかぬ、恐ろしい計画が練られていた。
この通りをもう少し歩くと町屋から外れ、大名屋敷の連なる一帯に出る。

 実は、そこが次郎吉の目的の場所だったのである。
子どもの一件は、次郎吉にとって天の配剤とでも言うべきものであった。
いぶしがられることなく、土屋相模守の屋敷前に来られたのだ。
次郎吉の計画は、土屋相模守の土蔵破りであった。
すでに、見取り図はある。昨年、建具職の手伝いとして出向いた折りに、屋敷の腰元といい仲になった。
その腰元の手引きの元、苦もなく侵入する手筈を整えた。

 計画は、ほぼ完全だ。
屋敷内の長局奥向きには、腰元たちだけがいる。
この長局の部屋には、屋敷に居中する家来といえど、むやみに踏み入ることは許されなかった。
その都度、了解を求めなければならない。
否、奥向きよりのお声がかりがなければ、誰も寄りつかない。
したがって、警備の方も手薄だった。

 次郎吉の散策の目的は、逃亡用の道順を探すためであった。
盗みの難しさは、その侵入時ではなく退避時だというのが、次郎吉の持論というべきものであった。
身一つであれば、屋根伝いに逃げることも簡単ではあるが、時として金子箱ごと持ち出す場合もある。
一度、屋根伝いの逃亡の折りに、足を滑らせ金子箱内の金子を落としたことがある。
それ以来、道順を探すのが重要な仕事の一つになったのである。
そう! 次郎吉の意思に反して、金子を落としてしまった。
そしてそれが、〔義賊・ねずみ小僧 〕の誕生だった。


最新の画像もっと見る

コメントを投稿