昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

歴史異聞  第一章 『 我が名は、ムサシなり!』(八)決闘、吉岡一門

2020-06-08 08:00:36 | 小説
 洛外蓮台野において。
 静まりかえっている境内は、煌々と輝くかがり火で昼日中のように明るく照らされていた。
そこに、本堂を背にして清十郎が陣取っていた。
当事者以外には秘密にしていたにも関わらず、また冷え込む夜間にも関わらず、そしてまた洛外だというのに十数人の見物人がいた。
門人たちが口々に「見世物ではないぞ」「帰れ帰れ」と叫んでいる。

「騒がしゅうて申し訳ございませぬ。どうやら、ムサシが漏らしたようで。
門人に取り囲まれるとでも思ったのでございましょう。
まさに下衆の勘ぐりというもので」
「いやいや、そうではあるまい。多数の門人だ。中には口の軽い門人もおるであろう。
しかし事を穏便に済ませようと思ったが、これではそうもいくまいて。
ムサシには悪いことをしたかもしれぬな」

 鷹揚な気質の清十郎を知る師範代の梶田に不吉な思いが過ぎった。
「左様でごさいますな。なれど案外にも、ムサシが門人を打ちのめしたからと鼻高々に言いふらしたとも。
しかし清十郎さまと戦うことになろうとは…気の毒な者でございます」
「致し方あるまい。当方に失態があったのは事実のこと。
そのことについては謝らねば」

 あくまで大人(たいじん)としての態度を見せつけようとする清十郎を見るに当たって、思わずもらした。
「相変わらずお優しいことで。
伝七郎さまのお耳に入ろうものなら、烈火の如くにお怒りでございましょう。
いっそ…」
 危うく「お任せになられては」と言いかけて飲み込んだ。

「あ奴は、あ奴だ。剣では、あ奴が上であろう。
さぞかし、二男がゆえに冷や飯を食わされたと思っているであろう。
あの性格さえのお。どこぞの藩の剣術指南役になれぬかと思っているのだが、あの所行では…。
一体なにを考えておるのか」

 空に浮かぶ月を見ながら〝明日には下弦になるのか‥‥〟と、これから始まる死闘のことが頭から消えてしまった。


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