「お花、お好きなのですか?」
じっと花に見入っていた武蔵に、ぬいが声をかける。
「いや、それほどでも。美しい花がでしゃばることなく、ただそこにあるといった感じなのでね。
見惚れてしまったんです。どちらかというと、、、」
「どちらかというと、なんでございましょう? 分かりました、花より団子でございますね?」
武蔵の言葉を遮って、ぬいが言う。相変わらずにこやかにぬいが言う。
女将としては失点ものだ。しかし武蔵との言葉の掛け合いが楽しくてならないぬいだ。
「外れです、女将。そりゃ料理も気になるが、ぼくが一番に気にするのは、何といっても女将です。
顔ですからな、旅館の。女将が気持ち良い女かどうか、それを一番に見ます。
そう、旅館の華ですよ」
「あらまあ、怖いことを。で、あたくしは如何でしょう? 及第点はいただけますでしょうか?」
上目遣いで問い掛けるぬい。意識してか、無意識なのか。武蔵の心をざわつかせる。
「ほぼ満点に近いですな。女将としては少々疑問符が付きますが、女として満点です。
気持ち良くさせてくれる。大事なことです、これは。
女将としては満点でも、人間がギスギスしていては大減点です」
「失礼だが、少々改修が必要なようだ。
造りは良いのだから、少し手を入れるだけでずっと良くなる。
庭なんか、実に見事じゃないですか。キチンと手入れがなされている。
山水画風の佇まいは、中々のものだ。詳しくはないけれども、僕は好きです、この庭が。
そして気持ちがこもった接客をつづけていけば、大丈夫! 大繁盛間違いなしですよ」
窓から庭を見ながら、満足気に頷く武蔵だ。
「お恥ずかしゅうございます。」
何が恥ずかしいのか? と、小首を傾げる武蔵に
「主人が石集めが好きでして。
ただゴロゴロと転がっているだけでしたのですが、たまたま寄り合いでお出でになった庭師さんと、主人が意気投合いたしましたので。
社長さまにも、お気に入って頂けましたでしょうか」
「ところで女将。露天風呂は、ぼくの貸切りみたいなものですね?」
「左様でございます、ごゆっくりお入りください」
「女将と一緒できたら、一生の思い出になると思うんだけれども。
どうにも男と言う者は仕方がない。きれいな花を見ると、つい手にとってみたくなる」
女将の顔をうかがいつつ、探りを入れてみた。
「まあまあ、嬉しくなることを仰られて。
あたくしも社長さまと、湯船で差しつ差さされつとまいりたいもので。
ご酒はお強いのでしょ? あたくし下戸なくせに、大好きでございまして。
酔いましたら、介抱してして頂けますでしょうか?」と、色香たっぷりに。ぬいが。
「もちろんです、女将。とことん介抱させてもらいます。
しかし女将、そんなことを言いつつも、案外底なしのうわばみじゃないのかな?
東北人が下戸だと言っても、とてものことに信じられないことだからね。
まあいい、それは今夜分かることだし」
「あらあら、社長さま。今日の今夜というわけにはまいりませんわ。
あたくしも一応は、女の端くれでございます。物事には順序と言うものがございますわ。
それに、心の準備もいたしませんと。ということで、次回のお泊り時にでも。
その折を心待ちにしております」
やんわりと断る様は、実に堂に行ったものだ。
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