昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

[舟のない港](三十一)

2016-04-08 10:09:37 | 小説
 といって、男には何もできない。ただ、背中をさすってやるだけだ。
心なしか 苦しさが増したようだ。
体を起こしてしかも両手を後ろ手にしてのことが、悪かったようだ。
とりあえず寝かせたものの、胸の締め付けだけは何とかしてやりたかった。

 誰か女性の手を借りられないかと、ホールを覗いてみたが、皆それぞれに接客中だった。
何かいい方法はないかと考えるが、思い浮かばない。
そんな男に気付いたのか、ミドリが無理に起きあがろうとする。
が、男の支えがなければ 座ってはいられない。
そして動けば動くほど、更に酔いが回った。

「ごめんなさい、こんな事になってしまって。ホントにすみません」
と、か細く途切れ途切れにミドリは声を出した。
男は、黙るように優しく言うと、背広を毛布代わりに掛けてやった。  

小一時間もすると、何とか歩けるようになったミドリは、男に寄りかかりながら外気に触れた。
「あゝ、いい気持ち。こんなに気持ち良く酔えたのって、初めてです。
もっとも、お酒を飲んだの、これで三度目なんです。
一度目は卒業祝いの茶話会、二度目は新入社員の歓迎会でした。
でも、今夜はすごくおいしかったです。
フフフ。武さんには、ご迷惑をおかけしましたけど」
ミドリは上機嫌だった。少し、息づかいが荒い。
「しゃべらない方がいい、その方が楽だよ」


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