昭和の恋物語り

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長編恋愛小説 ~水たまりの中の青空・第一部~(十三) ショックだった

2015-06-01 08:38:06 | 小説
ショックだった。早苗の言葉は、事実だったのだ。
やはり、男が居たのだ。あの灰皿は、その男の為なのだ。
昨日の茂作の言葉が、耳に響いた。
「この方のご主人ですかな?」

この家に上がり込んでいたのだ、男が。
茂作の知らぬ男が、これみよがしに家の中を闊歩したのだ。
悲しいことだが、そのことが引き金となって茂作の痴呆が進行したのかもしれない。
彼は強い憤りを感じた。裏切られた思いが、強くなった。

彼にしても、分からないことではない。
痴呆老人を一人で介護する辛さは、並大抵のことではないのだ。
四六時中、張りつめた緊張感の中に置かれる。
眠りについている時間だけが、解放される。

しかし痴呆老人の睡眠は、昼夜が逆転している場合が多い。
しかも眠りは浅く、すぐに目を覚ましてしまう。
しかし介護する側は、常人なのだ。
日中に活動し、夜に睡眠を取るのを常としている。

都会ならばいざ知らず、田舎においては家人が介護することを要求される。
疲れ果てた母親が、男の胸に安らぎを求めたとして、誰が責められようか。
彼にしても、分かってはいた。
ゼミの教授の言葉が、彼の頭の中でグルグルと回っている。

「世話をする人が何かに安らぎを求めたとしても、それは当たり前のことです。
端から見ると首をかしげるようなことでも、世話をする人にとっては切なることかもしれませんからね」
「不幸にも、痴呆老人が虐待を受けていることもあるのです。
しかしそのことで、世話をする人を責めてはいけません。
休ませることです。できれば、他の人に交代してもらうことが一番です。
本来は、そういったサービスを自治体が提供すべきなのですがね」


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