昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

愛の横顔 ~地獄変~ (壱)法事:前

2024-02-21 08:00:11 | 物語り

(一)法事:前

 その日はいつになく穏やかな日和で、この法事の席に集まられたみなさんの表情も穏やかなものでした。
まあそんな中で、喪主の松夫さんだけは硬い表情をされていましたけれども。
談笑されている方々から、ときおり声を掛けられるのですが、軽く頷かれるだけでございました。
ご心配なことでもあるのかと、わたしと大叔父の善三さんとで話をしていたのです。

「お疲れのご様子ですね、松夫さんは」
「なあに緊張しているんでだろう、松夫の嫁が居ないものだから。
まったく情けない、まったく。なにもかも嫁まかせにしておるんじゃから」
「はあ、そういうことですか。で、いつごろの退院となるのですか?」
「一週間もすれば、と聞いておるけれども」

 そのときでございました。突然に見知らぬご老人が、座敷に上がってこられたのです。
「ごめん」。ずかずかと、上座に向かわれました。
「どちら様でございましたですか?」との、松夫さんの問いかけに
「うるさいわい! あんたこそ、誰じゃ!」と、言い返されます。

「いや、わたしは喪主の……」
「ええい、どけどけ。どかんかい!」
 と、足蹴にでもする勢いでした。そして居並ぶ出席者に、えびす顔で対されます。
「いや、どうもどうも。お騒がせ致しましたな。これはこれは、多数の方にお見えいただいて、ありがとうございますです」
 と、深々とお辞儀をされます。
喪主の松夫さんはといえば、憮然とした表情ながらも隅のほうに座り込まれ、いえいえ、へたり込まれてしまいました。

「♪梅は咲いたか~、桜はまだかいな~♪ あ、ちょいなちょいなと。
ハハハ、のっけから失礼しましたな。わたくしは、名前を梅村正夫と申します。
梅ですぞ、桜ではございませんのでな」
「あはは、こりゃいい。面白い自己紹介だ。あはは、あははは」
 善三さんの笑いが、部屋中にひびきます。そしてあちこちから、笑いが沸き起こりました。

 ご満悦の表情を、そのご老人が見せられます。
よくよく観察しますと、少しお顔が上気しているように見えました。
最前列の方のお話では、少すこ酒の匂いがしたとか。
一杯ひっかけられての、ほろ酔い気分のようでございました。

 笑い声が収まると同時に、座がざわつき始めました。
それはそうです、坂田家の三十三回忌法要で集まった親戚一同でございますから。
 このご老人のことは、誰ひとりとして存知おりませんのでございます。
しかしご老人はまるで意に介されずに、ひと通り見渡されます。
そしてその後、かっと目を見開かれて、怒鳴るようにおっしゃるのです。



最新の画像もっと見る

コメントを投稿