昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

長編恋愛小説 ~ふたまわり・第二部~(四十一)の一と二

2012-07-16 23:02:53 | 小説

(一)

ファッションショーを告知するポスターが、そこかしこに見られるようになった。
小夜子にとって、運命の扉を開けてくれたマッケンジーの名があった。

しかし本来ならあるべき、アナスターシアの名がない。
怪訝に思いつつも、日々のことに追われる小夜子だった。

今日の午後に、アメリカ将校のガーデンパーティに出席することになった小夜子。
いよいよデビューを迎えるとあって、緊張感が高まっている。

武蔵の厳命で、着物姿での出席となっている。
二十歳の祝いに誂えた振袖姿を披露することになっている。

「小夜子、小夜子さま、小夜子弁天さま。」と、武蔵が誉めそやす。

小さな美容室ではあったが、最新のパーマネント機があるということで評判の店だ。
英語学校で話題に上ったことから、ひと月ほど前に立ち寄ってみた店だ。

「小夜子さん、お久し振りですね。」
「あら、覚えていてくださったですか? 二回目なのに。」

椅子に座るなり、店主の千夜子が小夜子の髪を慈しみながら言う。

「そりゃもう。わすれられませんよ、このおぐしは。
ほんとステキなおぐしで。」

「ありがとう、お世辞でも嬉しいです。」

“当たり前よね。
アメリカの最高級シャンプーで洗ってるんですもの。
リンスも忘れずにね。”

「とんでもない! お世辞じゃありませんよ。
どんなことをしてらっしゃるんです?
あたしに真似できることなら、教えて頂きたいわ。」

「特別なことはしてませんけど…」
一旦言葉を止め、首を傾げつつ
“どうしょうかしら。
シャンプーのこと、話していいかしら。”と逡巡する小夜子だった。


(二)

「やっぱり、何かしてらっしゃるんですね?」

「してるんじゃなくて、使ってるんです。
一般には出回っていない、アメリカ将校向けのシャンプーを。」

驚きの表情を見せて、千夜子の手が止まる。

「そんなものが手にお入りになるんですか?」
「まぁねえ、主人がGHQに出入りしてるものですから。」

つい、主人という言葉を使ってしまった。

「えっ! もう、ご結婚されてらっしゃる?」
「えっ? えぇ、まあ。」

「お幾つなんですか? 」
「え? あ、あぁ年齢ですか…えぇ、二十歳です。」

何故そう言ってしまったのか、小夜子にも判然としない。
小夜子と武蔵の関係は、他人に説明できるものではない。

「そうですか、ご結婚されてる…」
「それが何か?」

“あたしが結婚してたらどうだと言うの?”

「気を悪くなさらないでくださいな。
お話が、実は来てたんです。

この間お出で頂いた折りにご一緒されていたお客さんが、お嫁さんに欲しいとおっしゃられて。
あぁ残念ですわ。」

と言いつつも、まるで残念がる風に感じられない。
そんな話など、実のところはないのではないか?
話を面白くする為の、作り話ではと思えてしまう。

「いえね。
あたしはね、もう決まった方が見えますよ、って言ったんですけどね。

とにかく聞いてみてくれ、の一点張りで。
そうですか、ご結婚されてるんですか。
それは、それは。

ところで奥様、先ほどのシャンプーのことなんですけれども。
あたくしに回して頂くなんてことは、ご無理でしょうか?」


最新の画像もっと見る

コメントを投稿