昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

恨みます(八)

2022-05-21 08:00:57 | 物語り

「もしもーし。あ、奥さんですかあ? ぼくです、堀井です。奥さんを一番愛してる、一樹でーす」
「一樹くん? 何やってんのよ、あんたって子は! 
今日は当番でしょうに、まったくもう。で、今どこなのお?」
 甘ったるい声が、一樹の耳に入ってきた。
「実はですねえ、ぼくの奥さーん。カモをですねえ、引っかけられそうなんです。
ホントですよお。寝坊した言い訳じゃないですよお。証拠を聞かせますね」
 水を運んできたウェイトレスに、携帯電話に出るよう手渡した。
怪訝そうな顔をしつつも、手を合わせて哀願する一樹に苦笑いしつつ「もしもし」と、呼びかけた。

「あなた、誰? 誰なの!」
「あ、あたしは、喫茶・ボヌールの者ですけど」
「いいわ、代わって!」。キツイ言葉が飛んだ。
「なんなの、この人」。一樹に頼まれて電話を替わっただけだというのに、と一樹をにらみつけた。
「ごめんごめん。コーヒー、一つね」と、ウェイトレスのお尻を軽く叩いた。
ウェイトレスは「キャッ!」と声を上げながら、満更でもなさそうに戻った。
「はい、はいー!」
「で、そのボヌールがなんなの?」
「ぼくの加代さあん、怒った声もス・テ・キ」
「いい加減にしなさい、一樹。仕事の電話なんでしょ!」

「うん。チカンの女を見つけたの。それで今、会社まで送ってきてね、これから張り込みます。
で、出社がおくれまあす。ということでーす」
 向かい側のビルを凝視しながら、一樹のテンションの上がった声が加代の耳に届いた。
「ホントなのね。寝坊の言い訳じゃないわね! だったら、頑張んなさい。
みんなには上手く言っといてあげる。しっかり営業するのよ」

「お待たせしました」
「ありがとう! ぼくね、私立探偵なの。かっこいいでしょ? 
向かいのビルからね、ターゲットが出てくるのを待つの、これから。よろしくね」
 失笑するウェイトレスに対し、一樹が手を差し出した。
「はあ、ごゆっくりどうぞ」
 そのまま立ち去ろうとするウェイトレスに、
「ええ! 握手してくんないのお?」と、甘ったるく迫った。
おずおずと差し出された手を握った一樹は
「うわあお! きれいな、小っちゃい手だ。
コーヒーのお代わりは、君が持ってきてね。名前は、なんて言うの?」と、すぐには離さなかった。

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 いいか! 二時間でも三時間でも、ぜったいに離れるなよ。
丸一日かかっても、いい。何としても、自宅を突き止めろ。
“約束があったらどうする?”だとお。お前、今何人の客を持ってるんだよ。
まあ、いい。万が一かぶった時には、俺がなんとかしてやる。
“客を取られる?”だと。バカヤロー! そんなことしねぇよ。
日にちをずらしてもらえるよう、話をつけてやるんだよ。
そんな心配より、俺が言ったこと、分かってるんだろうなあ。
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