昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

水たまりの中の青空 ~第二部~(三百二十二)

2023-02-16 08:00:58 | 物語り

「きょうね、勝利の会社に行ったの。ほんと、良かった。
みなさんがね、すごく歓待してくれてね。うれしかった、あたし。
ほんと、勝利の言うとおりだったわ。
あたしね、母さん。みなさんに好かれてるの、びっくりした。
でね、みなさんがね、あたしのこと美人だって。
加藤専務さんなんてさ『いずれがアヤメかカキツバタか』だって。小夜子さんよ、小夜子さんとよ。
びっくりよ、もう。奥からね、服部君がね、大きな声でね、くくく、ほんとに勝利の言うとおりだったわ。
あたし、がんばるから。しっかりお薬のんで、きっと病気に勝ってみせるわ。
ええ、負けてたまるもんですか。元気になって、退院して、小夜子さんとお食事して、それから、それから……」

 とつぜん勝子の声が小さくなった。あわてて看護婦を呼びに行きかける勝利に、勝子が快活にいった。
「ごめん、ごめん。恥ずかしくなっちゃって。
あたし、恋をすることに決めたわ。お嫁さんになれなくてもいい。
分かってる、分かってる。あたしの体だもの、お嫁には行けないってことぐらいは。
だまって、聞いて。殿方とね、いっしょに映画をみるの。
そしてお食事をして、それから少しお酒をいただいて。いいじゃない、少しぐらいなら。
ひと口だけでも、飲んでみたいわ。ええええ、どうせすぐに真っ赤になっちゃうわよ。
ほんのり桜色も、どう、色っぽいんじゃない? ね、そう思わない? 
えっ? 服部君と山田君のどっちだって? ふふ、だめ。ふたりとも、お金持ちじゃないから」
 キラキラと瞳を輝かせて、空を見つめる勝子だ。
その目には、竹田も母親もそして小夜子も入っていない。
しかし勝子の脳裏には、しっかりと思いえがく男性がいた。
痩せほそったあばらがすこし浮きでている白い裸体をみせた、ただ一人の異性がいた。

「姉さん。服部君と山田君、すごく残念がってたよ。今日にもね、求婚するんだなんて言うんだぜ、山田君。いくらなんでもそりゃ早すぎるんじゃないかって、服部君が言ったけどね。そしたらね、山田君、『あんな美人を男がほっとくもんか。あとの祭りなんてことになったらどうするんだ!』って、かみついてたよ」
 左右の手を母親とともににぎりあいながら、目を閉じた勝子に語りかけた。うんうんとうなずく様に、手をにぎる力をつよめる竹田だった。
「そうね、そうよね。また、お出かけしましょうね。美味しいもの、食べましょうね。あ、あたしじゃないのね。未来の旦那さまとごいっしょなのね。はいはい、分かりました。武蔵にたのんでおくわ、すてきな殿方をご紹介してあげてって。服部や山田には可哀相だけど」
「そいつは困ったぞ。二人には、なんて言えばいい? もう明日にでも、病院に押しかけてくるかもだぜ。ぼく、ふたりに恨まれちゃうよ。いや、ふたりに袋叩きにあうかも。そのときは、姉さんのとなりにベッドを用意してもらおうかな?」
「いやあよ、そんなの。弟がいるようじゃ、殿方たちに寄ってきてもらえないでしょ」
 白い部屋に、明るい笑い声がひびきつづけた。



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